第20話
「力が足りないなら、集めればいい――仲間を、増やさなきゃ」
だが、現実は厳しかった。
すでに城内はラージの息がかかっており、
王子とユリィナに手を貸そうとする者など、一人としていなかった。
そんな時……
レオニスが、ぽつりとつぶやいた。
「母上には、弟がいるんだ。名前は……クジ。宮殿で一緒に暮らしてたんだよ。
僕ね、クジのこと、大好きだったんだ」
「……弟?」
ユリィナは思わず問い返し、目を見開いた。
レオニスは小さく頷いて、記憶を探るように言葉を続ける。
「うん。すごく優しくて、面白くて、魔法も使えて……でも、母上が亡くなったあと、突然いなくなっちゃったんだ。どこに行ったのか、誰も教えてくれなくて……」
レオニスの声には、寂しさと戸惑いが滲んでいた。
ユリィナは眉をひそめ、すぐにある可能性に思い至る。
「……もしかしたら……ラージが城から追い出したのかもしれないわ」
王妃の弟であれば、王子にとって重要な後見人となり得る存在。
ラージが目を付けないはずがない――むしろ、真っ先に排除対象となる人物だ。
そう考えたユリィナは、さっそく行動に移った。
城内の侍女たちにさりげなくクジの行方を尋ねて回る。だが――
「申し訳ありません。……お許しがなければ、お話しできません」
誰もが口を閉ざし、視線を逸らすだけだった。
城の空気は、それほどまでにラージの支配に染め上げられていた。
ユリィナは唇をかみしめた。
――ならば、私の力を使うまで。
■■
彼女は、静かに計画を立てた。
「――もし、サミュエルなら、どう動く?」
そう自問しながら、冷静に、慎重に。
そして一歩ずつ、着実に準備を進めていった。
まずはレオニスに頼み、
王宮騎士団長ダントの執務室の前に、ひとりの侍女を向かわせる。
この時間、ダントは必ず剣の稽古に出かけている。
その日課を逆手に取った作戦だった。
ユリィナは先んじてダントの執務室へ向かう。
周囲を素早く見回し、誰もいないことを確認すると――
喉に手を添え、ダントの声を頭に描く。
「……ごほん。開け」
――ガチャリ。
鍵はあっけなく解錠された。
ユリィナは静かに中へと入り込み、扉を閉める。
気配を殺しながら、そっと本棚の陰へ――
物音ひとつ立てぬまま、そこに身を潜めた。
ほどなくして扉がノックされ、控えめな声が響く。
「ダント様、お呼びでしょうか?」
ユリィナは深く息を吸い――
そして、完璧に模したダントの声で応じた。
「そのまま扉の前で聞け。王子レオニス様とユリィナを、王妃の弟君――クジ殿のもとへ案内せよ」
「……はっ、承知いたしました」
侍女は深々と頭を下げると、疑う素振りも見せずに足早に立ち去っていった。
足音が遠ざかるのを確認し、ユリィナはそっと胸をなで下ろした。
■■
そして――数日後。
ユリィナとレオニスは、手配された馬車に乗り込み、静かに城をあとにした。
向かう先は、かつて誰も語りたがらなかった存在。
王妃の弟、クジ――
ラージの陰謀を暴く鍵となる、ただひとつの希望だった。
街を抜け、山道を越え、やがて馬車は深い霧に包まれた森の外れへとたどり着く。
そこにぽつんと建っていたのは、苔むした石造りの小さな小屋。
まるで世界から隔絶されたような静けさが漂っていた。
「……ここが、クジの住まい……?」
レオニスは不安そうにユリィナの手を握る。
その小さな手の震えを、ユリィナはそっと両手で包み込んだ。
扉をノックしてしばらくすると、静かに開かれる。
現れたのは、明るい雰囲気をまとう若い男性。
どこかレオニスの面影があった。
「久しぶりだな、レオニス……それに、ユリィナだな。俺はクジ、遠慮はいらない入ってくれ」
まるで訪ねてくるのをあらかじめ知っていたかのように、クジは落ち着いた様子で二人を迎え入れた。
その気取らない態度に、ユリィナは思わず拍子抜けする。
クジは、レオニスの顔を覗き込んだ。
「……レオニス、こんなに大きくなって……。姉さんに、よく似てるな」
そっとレオニスを抱きしめ、頬を優しく撫でるその手に、ユリィナの胸が熱くなる。
どれだけ時を隔てても、そこには確かに家族としての温もりがあった。
ユリィナは、ラージが王を操り、国を自分のものにしようとしていること――を語った。
クジは目を閉じ、深く長いため息を吐いた。
「……やはり、そうか。姉さんは、ラージの企みに誰よりも早く気づいていた。
そして……“もしものときは、レオニスを守って”と、俺に言ったんだ」
その言葉に、ユリィナは黙って頷く。
「けど……姉さんが亡くなってから、俺はラージの魔術によって城を追われた。
あいつの張った強力な結界のせいで、近づくことすらできなかったんだ……」
クジは手元の杖に視線を落とす。
使い込まれた木製の杖。
そこには細やかな装飾が彫られ、長年の年月を物語っていた。
「でも、ようやく完成した。――ラージの結界を破るための、特別な道具が。
今こそ……レオニスを守る時だ」
その言葉には、力強い信念が感じられた。
「クジの魔法道具は、すごいんだよ!」
レオニスがぱっと顔を輝かせて言う。
「ありがとうな、レオニス」
クジは微笑み、杖をひと振りする。
すると、空中にきらきらと光の星が浮かび上がり、細かな粒となって舞い踊った。
レオニスは笑顔でその光に手を伸ばす。
「……俺が突然いなくなって、レオニスはきっと不安だったろう。
そばにいてやれなくて……すまなかった」
そう呟いたクジは、ふとユリィナへ視線を向け、頭を下げた。
「――ありがとう。
レオニスに寄り添ってくれて、本当に……感謝してる」
その声には、まっすぐな想いが滲んでいた。
ユリィナはしっかりと頷く。
「クジ……私たちに、力を貸してほしいの……」
クジはためらいなく、当然のように頷いた。
「もちろんだ。姉さんが遺したものを、今度は俺たちが繋いでいく番だ」
ラージの陰謀に立ち向かうための、新たな絆が生まれたのだった。




