第19話
サミュエルが光となって天へ昇った日から――
数日が過ぎた。
ユリィナは、レオニスに心配をかけまいと気丈に振る舞っていた。
王子の前では笑い、食事もきちんととっていた。
けれど、誰もいない夜の部屋では――そのすべてが崩れ落ちる。
両親を失い、祖母を失い、お腹の子を失った。
そしてまた、大切な仲間までも――。
「もう……誰も失いたくなかったのに……」
声にならない嗚咽が、胸の奥にじわじわと積もっていく。
守れなかった。救えなかった。
自分の無力さが、ただただ悔しかった。
この世界に来たあの日――「家族の分まで私は生きる」と誓った。
何度だって立ち上がってきた。強くあろうと、前を向いてきた。
けれど――
「……サミュエル……」
ぽつりと名前を呼ぶだけで、胸が張り裂けそうになる。
彼は、ユリィナをこの異世界に呼び寄せた張本人。
そして唯一、“ユリ”という本当の名を知る存在。
かけがえのない、心から信じ合える人。
心の奥底に、ぽっかりと深い穴が空いた。
ユリィナはベッドに座ったまま、膝を抱えて顔をうずめる。
そのとき、扉の向こうから控えめなノックの音が響いた。
「ユリィナ様……あの、王子様から……お届け物です」
侍女が差し出した銀の盆には、小さなスープ椀と、折りたたまれた紙片が乗っていた。
驚いたように顔を上げたユリィナは、黙ってそれを受け取り――
そっと紙を広げた。
見慣れた、少し癖のある文字。
レオニスの筆跡だった。
■■■
ユリィナへ
あのとき、たすけてくれたときにいってくれたことばが
ぼくはずっとうれしかった
だから、こんどはぼくがユリィナをたすける、まもるから
ユリィナがいてくれて、ぼくは
ほんとうによかった
レオニス
■■■
紙の文字が、にじんで見えなくなる。
ぽたり、と涙が手紙に落ちた。
「……レオニス……」
声が震えた。
レオニスの手紙は、ユリィナの心に静かに寄り添い、張り詰めていた想いをそっと解いてくれるような、優しい言葉だった。
それは両親を亡くした“ユリ”に寄り添ってくれた祖母のように、ユリィナの心を温め溶かしていく。
「……まだこんなに小さいのに……私より、ずっと……」
歯を食いしばり、スープを抱きしめるようにして膝を折る。
肩が、小さく、小刻みに震えた。
しばらくして、ユリィナはゆっくりと顔を上げた。
「レオニス……ありがとう」
サミュエルも、レオニスも。
血のつながりなんて関係ない。
――たしかに、そこに温もりはあった。
「……これが……“家族”」
胸にそっと手を当てながら、ユリィナは静かに誓う。
「サミュエルはあのとき、私にレオニスを託した。
私は――何があってもこの子を守る。必ず」
ユリィナは、力強く立ち上がった。
■■
ユリィナが再び前を向き、力強く歩き出した頃――
ラージの陰謀は水面下で静かに、しかし確実に動き出していた。
国王の傍に仕え、虎視眈々と狙っていたその座を、今や、ほぼ掌握しつつある。
王妃が居なくなった日からもぬけの殻となった国王は、日に日に衰弱し、
その声すら掠れ、言葉として聞き取ることも困難となっていた。
そんな中で実行された王子暗殺計画――
ラージにとっては最後の一押しとなるはずだったが、
それは失敗に終わり、さらにサミュエルとの戦いで深い傷を負った彼は、内心で苛立ちを募らせる……
ラージは、己の地位を盤石なものとするため、巧妙に周囲を固めていった。
「国王は、もはや政務に耐えられるお身体ではありません……」
「王子殿下も王妃の死を受け入れられず、精神を病まれていると聞きます」
「今こそ、この私が、王座を“お支え”する覚悟を持ってございます」
そう語るラージに、操られた大臣たちはうなずくだけ。
誰ひとりとして、反論の声を上げる者はいなかった。
金と魔術に支配された宮廷は、静かに、しかし着実に毒されていった。
――そして、ついに。
国王の退位と、ラージの「暫定即位」を審議する《諮問会議》の開催が決定された。
その報せが届いた瞬間、ユリィナの胸に怒りが走る。
「……ラージ、本気で王座を奪う気ね」
彼を止めなければならない。
王子レオニスを守るために。
そして、命を懸けて戦ったサミュエルの想いに応えるためにも。
しかし――
「……私には、声を複製する力しかない。サミュエルがいない今、頼れる人なんて……」
自分ひとりでは、ラージのような強大な敵には到底、太刀打ちできない。
無力さが、また心に重くのしかかる。
それでも――ユリィナは拳を握りしめた。
「……弱気になってる場合じゃないわ。力が足りないなら、集めればいい。
――仲間を、増やさなきゃ」
小さく、けれど確かな声で、そうつぶやいた。




