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声の複製者  作者: 鵺@n-nue


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第14話

【毎日12時20分更新予定です】


酒場のざわめきが外まで響いている。




サミュエルはユリィナの肩に手を置き、言い聞かせるように言った。




「演技の時間だ。気を抜くな」




そう言って手をかざし詠唱すると、足元に淡い光を帯びた魔法陣が浮かび上がる。


風が巻き起こり、ユリィナの髪と衣服を優しく揺らす。




彼女の姿がゆっくりと変わっていく。


硬質な制服。胸元に輝く治安官の紋章。


鋭く引き締まった目元と、凛然とした輪郭。


そこに立つのは、まぎれもない“セラフィン”だった。




「……すごい。まるで本人みたい……」




ユリィナは自分の変わった姿に戸惑いながらも、目の奥に静かな決意を灯した。




「嘘を、真実に変えるぞ」




サミュエルの言葉に、ユリィナは唇をきゅっと引き結び、力強く頷く。




そして――




一歩。


また一歩。


堂々とした足取りで酒場の扉へ向かう。





意を決して扉を押し開けた瞬間――


濃い酒と煙草と汗の臭いが鼻を突いた。




がやがやとした喧騒。


乱雑に並べられた机と椅子。


酔っ払いたちの低く濁った笑い声。




この場にいる誰もが、どこかに“裏”を抱えている。


まるで荒くれ者の吹き溜まり――そんな印象を受ける空間だった。




(こんな場所、“ユリ”だった時でも来たことない……)




ユリィナの手のひらに、じんわりと汗が滲む。


だが、彼女は腹をくくった。


王子レオニスのため――いや、自分自身のために。





次の瞬間、ユリィナは店内の空気を裂くように声を張り上げた。




「王都治安官のセラフィンだ!」




その声は、鋼のように硬く、威圧的だった。


店内のざわめきが一瞬にして止む。




「事件の捜査で来た。協力を拒む者は容赦しない――昨夜、見慣れぬ馬車を目撃した者は名乗り出よ!」




店の空気が凍りついた。




全員の視線がユリィナに突き刺さる。


誰もが、“本物”のセラフィンが来たと思い、息を呑む。




数秒後、店の隅にいたひとりの男が、酒の盃を手にしたまま顔を伏せた。


その肩が小さく震えている。




「……昨夜、森の古い倉庫に、小馬車を見た。……そ、それだけだ……」




男の声はかすれていた。




「詳細を言え!」




ユリィナの言葉は、鞭のように鋭い。




「べ、別に何も……知らねぇ! 俺は関係ねぇ! ただ、見かけただけで……!」




男は必死に首を振る。目が泳いでいる。




「おい! この“倉庫”について知る者は、他にいないのかッ!」




ユリィナの怒号が酒場に響く。


空気が再び強く張り詰めた。




すると、まるでその緊張に耐えきれなかったように、別の男が震える声で口を開いた。




「……二日前から、妙な連中が出入りしてる。常に誰かが見張ってて、近づけなかった。でも、昨夜遅くに人の出入りがあったらしい。荷物を運んでたって噂もある……」




(それだわ……!)




ユリィナの目が鋭く光る。


背後ではサミュエルも静かに頷いていた。




「わかった。協力に感謝する。だが……今後、余計な口を利けば、処罰の対象になると肝に銘じておけ」




そう言い残して、ユリィナはゆっくりと背を向けた。


店内の緊張が徐々にほどけ、騒がしさが戻ってきた。




サミュエルが無言で隣に並び、扉を押し開けた。


ふたりは静かに外へと足を踏み出す。




夜風が肌を撫でた。




サミュエルは一度だけ深く息を吐き、口の端をわずかに上げた。




「――上出来だ。まさか、声ひとつであの連中を押し切るとはな。肝が据わってきたじゃないか」




彼の言葉に、ユリィナはほっとしたように肩の力を抜き、小さく笑った。




「……手も足も、まだ震えてるけどね」




自嘲気味にそう言いながら、自分の手を見下ろす。


指先はわずかに震えていた。


けれど、それでも――今、自分がやるべきことに迷いはなかった。




(大丈夫。私は、やれる。……必ず、見つけ出すから)




自分に言い聞かせるように、彼女は唇をきゅっと結ぶ。




王子レオニスの笑顔が、胸の奥に浮かぶ。


あの細い肩を、ぬくもりを、もう二度と失いたくはなかった。




サミュエルはちらりと彼女の横顔を見やり、何も言わずに歩き出す。


その後ろ姿に、ユリィナも静かに続いた。




夜の静寂の中、ふたりの足音だけが響いていた。





■■





ユリィナとサミュエルは、街の隅にある大きな木の影で足を止める。




「すぐに倉庫を調べましょ!」




そういうと、ユリィナは急いで倉庫の方向へ歩き出した。




だが、サミュエルは低く言い放つ。




「――焦るな」




その一言が、鋭く胸を突く。




「相手が何人潜んでいるかもわからない。何より――レオニスに危害が及んではならない。慎重に動く必要がある」





ユリィナは、思わず唇を噛んだ。




――“ユリ”の記憶が脳裏によみがえる。






……あの病室。




夫・まことの話を聞いて、ベッドから飛び出した瞬間。


止まらなかった感情、抑えきれなかった怒りと哀しみ。





あの時……冷静に判断できていたら……




もっと違うやり方をしていれば。


なにより、私がもっと思慮深ければ……





死なずにすんだかもしれない。


私も、お腹の子も……





今もその後悔は、胸の奥に巣くうように消えずに残っている。


あの瞬間の自分を、許せずにいた。





そして、今――


また、あの時と同じ道を踏もうとしていたのだ。




焦り、感情に流され、突き進もうとしていた。


あのときの自分と、何も変わっていない。




(……繰り返さない。もう二度と)




誰かを守りたいなら、ただ怒るだけじゃだめだ。




サミュエルの言葉がなければ、また同じ過ちを踏むところだった。


ユリィナは静かに息を整えると、目を閉じ、心を澄ませた。




(常に冷静でいなきゃ……レオニスを、必ず助け出すと決めたのだから)




開いたその瞳には、迷いはなかった。




「……ごめんなさい、サミュエル。焦ってたわ」




彼はふっと笑う。




「いいさ。焦る気持ちもわかる。ただ――勝つには頭を使わねばならん。感情で動くな。お前はもう“ユリ”ではない。今は“ユリィナ”なのだから」




その一言が、胸に深く、優しく響いた。




サミュエルは、“ユリ”だった私を知る、唯一の人。


そして、この世界へと私を導き、“ユリィナ”として生きる道を示してくれた人。




彼に出会ってこの世界で生きていくと決めた――あの日の決意が、静かに蘇っていく。





――今度こそ、守ってみせる。




ユリィナは頷いた。


ふたりは静かに歩き出す。


石畳の先には、夜に沈む倉庫と、まだ見ぬ敵が待っている。





彼女たちは、王子レオニスを救い出すための作戦を、慎重に、しかし確実に、練り始めたのだった。

カクヨムにて先行公開中です。

https://kakuyomu.jp/works/16818622176804863790

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