第13話
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父の遺品を整理していたサミュエルは、ひとつの箱を見つける。
手のひらほどの小箱――だが、かすかに震えていた。
魔術によって、何かが封じられている。
「……父は、何を残したのだ?」
調べを進めるうちに、その箱が“声と想いを記録するもの”であることがわかった。
恐れはあった。
だが、それ以上に、どうしても――父の“声”が聞きたかった。
サミュエルは魔術書を買い集め、貪るように読み漁った。
ありとあらゆる手法を試した。
だが、“声”は決して解放されなかった。
そんなとき、遥か彼方の国に“声の記録”を受け継ぐ民がいるという噂を耳にする。
声の扱いに長け、記録された声を解読する術も秘されているという。
――その地の名は〈フォル・セリウス〉。
サミュエルはすぐに旅立ち、その地に辿り着いた。
そして持ち前の圧倒的な魔力で他を寄せつけず、
やがて一目置かれる“記録の魔術師”となり、王宮に入ることを許された。
王宮に残された膨大な文献を読み解く中、サミュエルはあるひとつの結論に辿り着く。
――記録された“声”を再生するには、“複製者”の存在が必要。
“複製者”――
極めて稀に現れる、声の断片をこの現実に映し出す者。
サミュエルは、その存在を呼び寄せるために、膨大な魔力を放ち続けていた。
ただひたすらに、静かに。
時の流れに身を沈めるように、長く、果てしない時間をかけて。
そんな中――王都では、大きな動きが起こり始める。
そして彼は、ひとりの少年と出会った。
レオニス。
母を亡くし、深い絶望に沈むその瞳に、かつての自分を重ねた。
慰めたかったわけではない。
助けたかったわけでもない。
ただ――理由もなく、当たり前のように言葉をかけていた。
■■
ある日――
サミュエルは確かに感じる。
“世界が変わる”という予兆を。
魔力が、音もなく震えた。
「……来たな。“複製者”」
それは、まぎれもなく――
ユリィナの到来を示していた。
そして――ふたりは出会った
■■■■
「……お前を呼び寄せたのは、レオニスの“母の影”として使うためではない。
俺自身の気持ちに――けじめをつけたかったのだ。
父が残したもの……それを、どうしても知りたかった」
パンをちぎりながら、サミュエルは静かにユリィナに言った。
その声には、いつもの飄々とした軽さはなかった。
ただ、静かに、真っ直ぐだった。
サミュエルのあまりにも過酷な運命に
ユリィナは――涙が止まらなかった。
サミュエル自身が抱えてきたもの。
そして、彼の“父”が背負った罪と、悔い。
その重さが、痛いほど伝わってきた。
ユリィナはそっと手を伸ばし、サミュエルの手を包み込むように取った。
その指先は静かに震えていた。
「聞かなくても……なんとなくわかる。あなたのお父さんの想い」
サミュエルの眉がわずかに動く。
ユリィナは涙をぬぐい、まっすぐにその目を見つめ続けた。
「きっと……真実を知られるのが怖かったのよ。
あなたが、自分をどう見るのか……それが、何よりも」
小さく息を吐き、言葉を紡ぐ。
「だって……お父さんにとって、あなたは――間違いなく、大切な存在だったから。
心から過去を悔いて、あなたを育てた。
そこに愛があったこと……言葉がなくても、ちゃんと伝わってくるの」
微笑んだユリィナの言葉に、サミュエルは目を伏せる。
静かに、記憶の奥に沈んでいた景色が浮かび上がってくる。
新しい魔術を習得したとき、まるで自分のことのように喜んでくれた父の顔。
幾晩も野宿を重ね、共に旅した山の空気。
薪を組み、火を熾し、星を見ながら語った他愛ない話。
自分は、あの人の背を追って歩き続けていた。
父は、自分の誇りだった――
そこにあったのは、悔いなどではなく、穏やかで、あたたかな日々。
「……俺が、真実を知ったせいで……父は死んだ」
ぽつりと、サミュエルがつぶやいた。
「だからずっと考えていた。あの時、知らなければよかったと。そうすれば、父は……まだ生きて――」
息をひとつ吐き、ゆっくり吸い込む。
「……だが、真実を知らなければ……お前とも、レオニスとも出会えなかった。
そのほうが……何十倍も、つらい」
サミュエルの言葉が、ユリィナの胸に深く突き刺さった。
――同じだ。
痛みがあった。
苦しみがあった。
心が擦り切れるような日々も、何度もあった。
それでも、いま。
ここでサミュエルと出会い、レオニスとつながれたこと。
その奇跡が、何よりも――彼女の救いであり、喜びだった。
ユリィナは一呼吸おいて、そっと言葉を紡ぐ。
「サミュエル、私をこの世界に呼んでくれて……本当にありがとう」
それは誰の声でもなく、ユリィナ自身の想い。
心のすべてを込めた、まっすぐな感謝の言葉だった。
彼女は、サミュエルの顔を覗き込み、やわらかく微笑んだ。
「レオニスを助け出したら……お父さんの声、聞かせてね。……約束よ」
しばらくの沈黙のあと、サミュエルは小さく頷いた。
「ああ……ただし、もし箱の中身が俺への恨み言だったら、迷わず叩き壊してくれ」
その言い草に、ユリィナは思わず吹き出す。
「ふふっ、そうね。そのときは、お父さんの声で子守唄を歌ってあげるわ」
「……それは……永遠の眠りにつきそうだな」
互いに顔を見合わせ、声を殺して笑った。
わずかな時間でも、そうして笑い合えたことが、確かにふたりの救いだった。
「――さて、時間だ。始めるぞ」
「うん!」
ふたりは立ち上がる。
その表情は静かに引き締まり、胸には同じ決意が燃えていた。
レオニスを必ず助け出す。
その想いが、今ふたりを突き動かす。
カクヨムにて第22話まで先行公開中です。
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