表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
声の複製者  作者: 鵺@n-nue


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/34

第10話

【毎日12時20分更新予定です】

ユリィナとサミュエルは王子の痕跡を辿り、街にたどり着いた。




その時には、すでに夕陽は地平線へと沈みかけていた。




石畳を冷たい風がすり抜け、王都の外縁に広がる広場には、帰路につく商人や旅人たちがまばらに残っている。




市場の片隅――古びた屋台が肩を寄せ合う通りの端で、ユリィナたちは足を止めた。




王子の足取りは、この場所で完全に途絶えていた。




「……レオニスの“意識”が、ここで途切れたということね」




きっと泣き疲れて、眠ってしまったのだろう。


ユリィナはそんな情景を思い浮かべながら、胸に静かな痛みを覚えていた。





広場から伸びる細い路地。その入口には、かすかに馬車の轍跡が残っていた。


だが、それも数メートル先で唐突に消えている。馬の蹄も、車輪の傷跡も、何一つ残されていない。




ユリィナは視線を落とし、そっと唇を噛む。




(もし私が、本当の母親だったら……レオニスの匂いも気配も、感じ取れたのかな)




自己嫌悪にも似た想いが胸に差す。


けれど、その思考を遮るように、後ろから静かな声が届いた。




「この辺りに、地理と裏事情に通じた“耳”がいる。ただし、信用には値しない男だ。……だが、情報には価値がある」




サミュエルの声は、いつもの飄々とした調子ではなかった。


沈み込むような低音が、その場の空気を引き締める。




彼は躊躇なく、屋台が並ぶ裏路地へと足を踏み入れる。




その先に待っていたのは、ひときわくすんだ佇まいの薬草店だった。




色褪せた布屋根。


風にさらされた乾燥ハーブと瓶詰めが、乱雑に積み上げられている。




そして、店に漂う空気にはどことなく“緊張”があった。




「ロスはいるか?」




サミュエルの声に反応して、店の奥の扉がゆっくりと開く。




「……何の用だ?」




現れたのは、片目の濁った中年男だった。


声は重く低く、全身から用心深さが滲み出ている。




サミュエルは無言のまま、懐から革袋を取り出し、卓上に置いた。


金貨がぶつかり合い、静かな店内に、澄んだ音がひとつ落ちる。




「王子が、この街で姿を消した――見た者はいないか?」




ロスと呼ばれた男は袋を手に取り、金の重みを何度か確かめるように転がし、椅子に崩れ落ちるように腰を下ろす。




「……子どもひとり、か。昨夜、宿場通りを走り抜けてった小型の馬車があったと聞いてる。やけに慌てた様子でな……だが、それっきりだ。――そのあと、ぱたりと姿が消えたって話だ」




「どこで消えた?」




サミュエルの声が鋭くなる。




「さぁ、な」




ロスは視線をユリィナに移すと、意味ありげに口元を歪めた。




サミュエルはさりげなくユリィナの手を引くと、彼女を自分の後ろにそっと隠す。




「まぁ……あの酒場のやつらなら見てるかもしれねぇな……だが、あいつらは用心深い。普通に訊いたところで口なんて割らねえよ」





「話しを引き出すには?」




サミュエルの問いに、ロスは肩をすくめた。




「“治安官”セラフィンだ。この街はあいつが睨みを利かせている。あの店の連中も痛い目をみてるから、黙ってはいられないだろう。いっそ本人にでも頼んでみたらどうだ?」




その言葉に、サミュエルはふっと笑った。


皮肉とも満足とも取れる、薄くて意味深な笑みだった。




「……なるほど。良い情報だ」




サミュエルは短くそう告げると、懐からもう一袋の金貨を取り出し、無造作にロスへと放った。


袋はテーブルの上に軽い音を立てて落ちる。


ロスはそれを片手で受け取り、無言のまま懐へと滑り込ませた。





ふたりが裏路地を抜けて表通りに出た頃には、空はすでに藍色に染まり始めていた。




遠くの空に、ひとつだけ星が瞬いている。


まだ夜になりきらない、薄闇の時刻――。





「……治安官に協力を頼みましょう!」




ユリィナが希望を帯びた声で口を開く。


だが、サミュエルは鼻先で笑った。




「この街の治安官は、正義の仮面を被った商人にすぎん。動くのは“正義”じゃなく“金”だ。そしてその金は――もう、向こうが握っている」





足を止めたユリィナの表情に、影が差す。




「じゃあ……もう、打つ手がないってこと?」




夜風がふたりの間を吹き抜け、沈黙が落ちた。


だが次の瞬間、サミュエルはゆっくりと振り返り、面白そうに彼女を見た。




「いや――まだ切り札がある。俺がどこにでもいる三流魔術師じゃないってことを、今夜は心から感謝するといい」




「えっ……?」




困惑したまま、ユリィナは小さく首を傾げる。


サミュエルの表情は、まるでいたずらを仕掛ける少年のように明るかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ