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私が連れてこられた場所について

◆私が連れてこられた場所について.  山本紅仁子(やまもと くにこ)


大袈裟(おおげさ)戯言(たわごと)で刺激するのは上から許可を得ていませんので無理です。

現状では恥ずかしいと思う私の勉強程度も無学と認めざるを得ません。

親から教えてもらった文字で正直に(つづ)って説明するよう言われました。

上からの指示には逆らえません。こんな文章で説明したいと思います。


「正直に」と言われた以上は、私の気持ちを率直に表すつもりですが

表現に誤りがないとは言えません。元より私は学校で学んでいません。

ここに来てから感情にも色々あることを知りました。五月蠅(うるさ)いのやら

何を考えてるか一切読ませず、何も聞かせてくれない黙殺者(もくさつしゃ)もいます。

そういうことも含めて最初から書いてみようと思います。頑張ります。



私が「(トリデ)」に連れてこられたのは、ちょうど今から一年前になります。


一年前の十月十二日のことです。その年は四年に一度の閏年(うるうどし)だそうで

二月が一日多くなると教えてもらいました。いつもは二十八日なのに

この年は二十九日あるのです。何故そんなことが必要なのか、私には

答えられません。暇なとき図書室で本を調べてみようかと思いますが

現状では楽器を覚える方が大事だと思いますから後回しにするつもり、

図書室の座席にお尻から根を生やしてる人が説明すればいいんですよ。

そのうち根を生やしてる者が当番を務めるかもしれません。期待せず

待って頂けたら…と思います。ご期待に沿えない場合もありますから。


えぇと、私が塞に連れてこられて一年が経ちました。誕生日みたいな

お祝い事はありません。私の頭の中に記念日として刻もうと思います。


一年前の秋のことです。いなくなった祖母を捜しに出かけていた母は

未だに帰ってくる気配を見せないままでした。毎朝の入浴を済ませて

肌を整え、髪を(まと)めて、着替えて、誰が来たって支障なく対応できる

格好してると自分の頭では思っていました。母と祖母は問題なく合格、

笑顔を向けてくれるに違いありません。センスの()()しなんていう

目盛に(さいな)まされる必要なく、ごく自然に生きてこられた幸せ者でした。


これまでの私は、現在の無情を知らずに真の幸せを享受(きょうじゅ)してきました。


我が家の習慣だった毎朝の入浴も現在の問題点の一つに挙げられます。

我が家では浴槽と洗い場が別になってるから心地好(ここちよ)く入浴できました。

洗剤を泡立てて身体の汚れを落として排水溝に流すというのが洗い場、

岩塩や重曹に香料を入れた温かい湯を張った浴槽に浸かる至福の時間。

昨日の疲れと眠りでの垢を朝に流し落とし、一日の活力を得るのです。

この塞の中とは浴室と脱衣所の造りが根本から違うので面倒ですけど

今更幾ら嘆いても仕方ありません。現状を受け入れ、生きていきます。


朝の身支度を整えた後は朝食の準備となります。家を出て、裏の畑へ。


うちの庭の中央に位置する柿の古木には今年も大量の実が生りました。

四角い柿は収穫したら渋抜きの一手間が必要ですけど数日間もすれば

甘くて美味しい柿になるんです。(ヘタ)の部分に強い蒸留酒を付けてやり

袋に入れて待つだけの簡単な手間だから、うちの柿の木が大好きです。

母が街の市に出したら一度うちの柿を食べた人たちには好評らしくて

すぐ買い手がつくのでイヤな面倒のない楽な商売だと笑っていました。


イヤで面倒な商売、必要があるなら面倒な思いをしてでも得なければ

いけないのが人間が社会で生きていくため欠かせないモノみたいです。


金銭は得ても違う物に変わるだけ。短い付き合いで縁が薄いそうです。


畑は小さいです。夏場の野菜を()り終えると(ネギ)(いも)くらいとなります。

その日は、オムレツに入れる芋と葱を私の分だけ頂戴して戻りました。

玄関前の外にある井戸で野菜の土をよく落としてから玄関を開けます。

庭用の履物も家の中に入る前に汚れや埃を掃い落とすのを忘れません。

掃い清めを怠ると家の中にまで汚れが入り込むから良くないそうです。

母も母である祖母に祖母も自身の母に言い付けられてきた習慣なので

欠かさないで続けるのが大事だと思います。いつか子供にも教えます。


台所、汚くしないよう気をつけていても母と祖母の姿がない現在では

完璧(かんぺき)だと褒められる自信がありません。私の目測では判断できなくて

誰かの目や声が欲しいと思いましたけど無理な願いは叶えられません。

皮むきした芋を小さく刻んで茹でて、その間に葱を細かく刻みました。

余して水に浸けた和蘭芹(パセリ)も刻みました。美味(おい)しく頂戴して供養します。

ボウルに最後の卵を割り入れて、茹で上がって潰した芋と葱と和蘭芹、

塩胡椒(しおこしょう)などで味付けして焼いたオムレツを完成させて朝食にしました。


手伝いではなく最初から全て一人で調理して頂戴する一人きりの食事、

慣れてきても寂しいです。家族の声が聞こえない世界に放り込まれて

楽しく愉快に過ごせません。いつになったら母は家に帰るのでしょう?


私には祖母がいなくなった理由が分かりません。気づいたときには…。


我が家では皿を洗う前にお茶を()れて飲むのが習慣となっていました。

食事した胃袋を温めてあげて、食事の用意で疲れた心身を癒すのです。

薬缶(やかん)にお湯を()かします。一人分の量なので普段よりも早く沸きます。


野草を干したり木の実を炒って作った茶葉の詳しい内容を知りません。

香ばしく甘味も感じられ、小さい頃から慣れ親しんだものでしたから

材料を聞いてたら…塞の中でも小さなお茶会が楽しめたでしょうに…。

今頃になって、ああすればよかった。こうすればなんて、全部無意味。

思いの届かない世界に渡ったモノ達を追い求めるのは情けない話です。

この世に私一人しか居ないなら、誰より自分を大切にして生きないと。


消え去ったモノに想いを寄せる時間は無駄です。掃除でもしましょう。



…?!…



ガタガタ、誰かの手で玄関の扉が打ち付けられる音が耳に届きました。

母や祖母なら開けて入ってくるので見知らぬ誰かの手に()るモノです。

旅人や商人などの相手は母が請け負っていたので緊張感を覚えますが

誰かの姿を見て声を聞くことを欲した私の行動は早かったと思います。

「ちょっとだけ待っていてください。こちらから扉を開けますから…」

上り口から声をかけました。今なら同じ行動を選択しない気もします。


「あ、はい…」


扉の向こうから低い声がボソッと耳に入ってきました。旅人か商人。

寝泊まりとかは無理です。今までの母が面倒に対処してきたことを

頭の中で思い返して、なるべく淡々と忙しそうに相手しなければ…。


「開けます。ぶつからないように下がってください」


庭に出るときの下足を出して履いてから、戸口に両手をかけました。

今度は無言だったので諦めて立ち去ってくれたかもしれないという

予感もしましたが開けると宣言した以上、扉を押し開けてみました。


玄関先には一人の男性がいました。灰色の帽子を深く被った男性で

随分と大きな背嚢(リュック)を背負っていると思ったのが私の最初の印象です。

「何か御用ですか? 事情があって旅人さんに施しできませんけど」

母の真似して淡々と突き放す調子で忙しそうに言うしかありません。

知らない人は何をするか分からないから怖い。関わらないのが一番。

祖母からも聞かされていました。知らない人と関わらないでおこう。

不安です。もう何日も一人きりなのですから、私の世界には私だけ。

他にも生きている人がいると分かっただけでも有難いと思いました。



「お腹は()いてない? 朝食は()ったの?」



不精髭の目立つ口元から、そんな言葉が出てくるのが不思議でした。

髪の毛は後ろで束ねられて、目深(まぶか)に被ってる帽子で旅人さんの眼が

こちらから観察できない状態だったことが正直に言うと不満でした。


知らない人には私のことを何でも正直に伝えない。怖いことになる。


母と祖母から聞かされたことが頭を過ったので、言葉に従いました。

「旅人さんは食事したいんですか? うちにはそんな余裕なくて…」

()()ねるような早口で伝えました。このときの旅人さんは私には

知らない人なのですから当然の対応になるんじゃないかと思います。

母と祖母から誰でも部屋には入れないよう(しつ)けられてきましたから。



「いや、そういうんじゃなくて…。その、困ってるんじゃないの?」



背の高い男性の旅人さんは、私を見下ろして観察してる様子でした。

私は玄関の扉を前に立つ小さな門番みたいな気持ちでいましたけど

母が帰って来ない強い不安を知らない人に教える訳にはいきません。

卵が無くなって、次から食べる物が無い事実を()らしてはいけない。

子供が一人で留守番してるという弱味を伝えたら、もう御終(おしま)いです。


旅人さんが悪い盗人(ぬすびと)に変わるかもしれません。家の中には何も無く

有るのは私の身体一つだけ。辛い現実を言ったら負けてしまいます。

家に入ってきた小さな羽虫を潰すように私は盗人に殺されて終わり。



「決して悪いことはしないから、私を信じて正直に聞かせてほしい。

もしかしたら、キミは一人きりで留守番してるんじゃないのかな?」



旅人さんじゃなくて先生は静かな優しい口調を忘れずに言いました。

でも、そのときは未だ何も知らないのですから物凄く怖かっただけ。


旅人さんが悪い盗人にならないよう細心の注意を払いたくても

目深に被った帽子で表情を確認できないのが唯一の不満でした。

無言のまま、旅人さんが立ち去ってくれることを待つだけです。


「ああ、ご両親から注意深く躾けられたお嬢さんなのは分かりました。

しかし、何も言わないのは困る。私を信じて正直に答えてほしいんだ。

もうずっと何日もたった一人で、おうちの留守番してるんじゃない?」


さっきより少し大きな声になり、ゆっくり落ち着いた声で訊かれても

会ったばかりの旅人さんに本当のことを言っていいものか悩みました。

知らない旅人さんを信じていいものか、私には判断できませんでした。


「あ、そうか。…帽子を取らず、失礼しました…」


旅人さんが帽子を脱いで下ろしました。私に見えてる部分は白髪です。

顔立ちや声の感じは年寄りだと思いませんから不思議な雰囲気でした。


「私はスズキヨシノリという者です。ボランティアで色々な面倒を

解決するというか…怪しいでしょうが…キミに害をなすつもりは

ないことに嘘偽(うそいつわ)りありません。どうか正直に話してもらいたい。

おそらく、キミは長らく一人きりでいるんじゃないのかな?」



頭を下げました。涙が(こぼ)れてきて困ったので身に着けている前掛けで

顔を隠し、旅人さんに向かって頭を下げることしかできませんでした。



「偉そうなこと言えないけど、何日も辛かったよね。よく我慢できた」


旅人さんが近づいてくるのが怖くて、玄関の扉に私の全体重を預けて

零れる涙を止めようと愉快な大笑いした出来事を思い出そうとしても

泣けてくるばかりで立ってるのも無理になって、しゃがみ込みました。


「お腹は空いてない? 足りないようなら、パンを持ってきてるけど」

頭を横に振りました。知らない人からは何一つ頂戴しちゃいけません。

「こっちの名前を聞かせたよね? よければ、キミの名前が知りたい」

頭を横に振りました。旅人さんの名前を聞いたけど正解を知りません。

「えぇと、その…。よかったら、井戸の水をもらっていいだろうか?

しばらく歩いてきたから(のど)(かわ)いてるんだ。水筒に分けてほしくて…」


「どうぞ…」


うちで旅人さんにあげられるモノは、井戸の水くらいしかありません。

やっとの思いで出せた声で旅人さんの先生に了承(りょうしょう)の意思を伝えました。


「え?…ああ、ありがとう。本当に助かるよ」


顔を伏せたままで先生に汲み上げられて流れる水の音を確認しました。

その後、話し声が聞こえてました。小型通信機を使って遠くの誰かと

会話してるような()()りといった感じです。他に仲間がいるみたい。



この家に私一人しか居ないと知ったからでしょうか?…どうしよう…。



旅人さんをする先生の足音が近くまで来ました。顔が上げられません。

「もう一つ、キミにお願いがある。大切な荷物と着替えをまとめ…?

そんなに身を固くする必要ないよ。誰も信用できない気持ちも(わか)るが

このままキミを一人きりにはしておけない。トリデには他にもキミと

同じような女子たちがいる。不安だろうけど、家から出る支度をして」



トリデ…。このとき初めて連れられてこられた場所、『塞』の名前を

私は耳にしたのです。砦ではなく塞と表記される私が身を寄せる場所。



気づいたら私の左肩に軽く手が触れる感触がありました。旅人さん…

じゃなくて…私たち全員が大変お世話になっている先生の優しい右手。


「立ち上がって荷造りする元気はあるかな?…お腹が空いてるなら…」

頭を横に振って、立ち上がろうとしました。先生の手が()けられます。

「家の前で待ってるから忘れ物がないよう時間をかけて用意してきて。

手伝いが必要だったら手伝う。では、しっかり荷物をまとめてほしい」

先生の声に見送られる形で玄関の扉を閉めました。床板に座り込んで

泣きたい気持ちを堪えました。大好きな家と別れなければいけません。

母と祖母が姿を消し、身寄りも食べる物もなくなった私はどうしたら

いいのか分かりません。親切な先生の声に従うしかないと考えました。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


私の家にある中では一番大きな(かばん)を出し、着替え等を詰め込みました。



『会ったばかりの旅人さんの言うことを聞いて大丈夫なのだろうか?』



何度も繰返し聞こえてくる誰かの声に悩まされながらの荷造りでした。

このまま母が帰って来ないのなら、泣き続けて飢え死にするだけです。

先生は訊かれても名前を答えようとしない私の空腹を心配してくれて

持ってきたパンを与えようとしました。そして、私の他にも身寄りを

失くした子供達を保護してくれてるみたいでした。場所の名は…塞…。


ボランティアで色々な面倒を解決するという旅人さんを信じてみます。


服と下着の替えは洗えばいいし、たくさんありません。そんなことで

嘲笑われたり、気の毒な目で見られたりするなんて知りませんでした。

多く持っていても、そこから更に細かい篩にかけられて上下の区別が

決められていくのです。いちいち感情を動かしてたら惨めになるだけ。

集められた少ない人数の中で優劣を競おうと躍起(やっき)になってる人がいて

それが周りに物凄い不快な気分を与えてるのに本人は気づいてません。


すみません。話が()れました。母と祖母がいた頃は一番お気に入りの

暖炉と長椅子がある陽当(ひあ)たりの良い部屋の柱に備付(そなえ)けられた古時計を

見上げたら正午(しょうご)近くなので荷造りを終えた形です。キリがないから…。


背負うのも肩に提げるのも難しい大鞄を()()るようにして

玄関の扉を開けました。井戸の脇に灰色の帽子を深く被った

先生が待っていてくれました。外の通りを眺めていた先生は

物音に気づいて振り返ったので、動きを止めて会釈(えしゃく)しました。


「ちょうどいいタイミングで出てきてくれたね。もうすぐ迎えが来る」

再び帽子が目を隠してしまいましたが、穏やかで落ち着いた先生の声。

長く伸びて纏められた髪から零れた前髪は真っ白になって煌いてます。

白というより透明という無色かもしれません。全ての色を映し出す色。


「戸締りはした? 念のために書置きをした方がいいかもしれないね」

家の鍵はないし、先生への返事は黙って頭を横に振るしかありません。

「あの…。いや、もうすぐ迎えの車が来る。車内で話した方がいいか。

荷物は十分に持った? 実を言うと私は極度の近眼だから役立たずだ」

被った帽子で鼻と口しか見えなくても自嘲するような作り笑顔でした。



先生がそう話して間もなく、黒い車が私の家の前の通りまで来ました。



タクシー、祖母が若い頃には営業していたと聞いたことがある乗用車。

車体に初乗り料金が表示されていますが、硬貨(こうか)紙幣(しへい)は持ってません。

「字が普通に読めるのなら誤解(ごかい)されそうだね。お金に関しては大丈夫。

こっちは手当たり次第、とりあえず走れる車に乗り換えてるだけだよ」

再び先生は軽やかに上がった口の端に重さを感じる笑顔を向けました。


そう聞いた途端、ガタッと勢いよく運転席のドアが開く音がしました。

「この家、悪くない…というか最高だよな。普通の生活感ある家屋敷」

私たちの前に姿を現したのは先生より大柄な男性でした。黒縁眼鏡を

かけています。このとき私はまだ何も聞かされてないので先生よりも

何歳か年下、先生のお弟子さんみたいな立場の人だと思っていました。



「柿だ、いいなぁ。アレ、絶対に美味(うま)いと思う。美味しいんでしょ?」



私たちじゃなく柿の木を羨ましそうに眺めながら話しかけてきました。

「あ、渋抜きしたのが何個か残ってます。ちょっと待っててください」

家族が帰らなければ無駄になってしまう果実、それなら全部あげます。

「あー、その前に一つお願いがあるんだよ。そう急がなくても大丈夫」

扉に手をかけた私に申し訳なさそうな感じの声がしたので振り返ると

「初対面で図々しいとは思うけど勘弁(かんべん)してほしい。トイレを貸りたい」

気配なく真後ろに立っているとは思いませんでしたが声に出しません。

「あ、はい。中に入って右奥にあります。お先にどうぞ。遠慮なく…」

玄関を開けて眼鏡をかけた大柄の男性を促すような調子で言いました。

「ありがとう。助かる。人が暮らしてた温もりのある家に上がらせて

もらえて光栄の極みだ。ごめん。可及的速やかに用事を済ませるから」

大きな運動靴を面倒そうに脱ぐと軽く小走りになって右奥のトイレへ。


「キミには幾つに見えてるか知らないが、私と彼は揃って高齢者だよ。

彼は長いこと持病に苛まされて、久々に動いている所為(せい)か小用が近い。

きっと車の運転をしてもらっているから、故意に上げてるんだろうね」


この時点では先生の運転手さんが何を上げてるか知りませんでしたが

玄関から少し離れた場所に立つ先生が本当の胸中を隠すような笑顔を

向けていました。私からは心の奥底から笑ってるとは思えない帽子で

眼を隠した複雑な表情です。単純に見れば口の両端の上げられた笑み。

高齢者といっても白髪の目立つ先生だって祖母よりは年下に見えます。


疑問を挟んでも無意味な気がしたので、黙って柿を取りに入りました。


渋抜きした柿は一階にある祖母の部屋の押し入れの中に入れてたので

真っ直ぐ祖母の部屋へ向かいます。もし数えたら五個くらいの柿の実。


梯子(はしご)を使わないと柿の実が取れませんので、一人じゃ危険だと思って

今年は殆ど収穫しないままでした。熟しきったら野鳥が(ついば)むでしょう。


食糧を得る。生きるために必要な行動は決して楽ではない大変な労働。


黙って押し入れを開け、渋を抜いた柿が入ってる袋を取り出しました。

中に湿気が籠らないよう左右の戸は幾らか開けた状態にしておきます。



「わぁ、スッゲェ! 鋳型(いがた)(まき)ストーブがある。美しい昔の原風景だ。

羨ましい。こんな家で普通に暮らしてみたい。ごく普通の日常生活を」



トイレを済ませた男性が暖炉と長椅子がある部屋を覗いてるようです。

金銭もありません。女性の衣服を盗られても男性に着るのは無理です。

売るにしても市場が(すた)れた現在、中古品の買い手はどこにもいません。

暖炉(だんろ)を見て、幼児か少年みたいな(よろこ)びの声を上げただけのようでした。


まだラジオの放送があった数年前、私はどうだっていいような事柄に

いちいち大袈裟に驚いたり喜んだりしてたと母が話してくれた思い出。


幼少の頃、心配という強い不安に苛まされることなく過ごせたのは

母と祖母がいてくれた御蔭だって気づきました。どうもありがとう。



また逢える?…もう逢えない?…目の前には二つの分岐に別れた道…。



私は右か左を目指して前へ進まないといけないようです。少なくとも

生きていなければ、母との再会は果たせません。強く生きていきます。


トイレに行き来して仕切る扉のない一間の出入口から居室を目にして

古い暖炉が男性の興味を引いたのでしょう。家で暮らしてきた私には

幼少から変わり映えしない見飽きた風景でも、今日初めて見た彼には

「美しい昔の原風景」と評したくなる室内だったと良い方に(とら)えます。


心を動かす。誰にでも起こる動き、それを意図した途端(とたん)に難しくなる

理不尽なバケモノ同様に変化するというのが私は不思議でなりません。


意図せず自宅内に入れた人なのに、家の中を見て心を動かした不思議。


心を動かす。特に喜んでもらうことは簡単ではないことを知りました。

塞で暮らして一年を迎えた現在の心境は…ここに表したくないです…。


祖母の部屋は家の奥に位置します。そこにいても聞こえた大きな声を

思い出すと、やっぱり笑ってしまいます。外にいた先生にも聞こえた

そうです。斎藤さんに関する出来事は思い出し笑いの宝庫といえます。


この時点では自己紹介もしてない二人ですが

現在、お互い最初に思い出し笑いする話です。

知らない人には些細な出来事に過ぎなくても。


母や誰かが家に入って、何か探し物をするなら台所のテーブルの上に

置いてあるノートを手に取る筈です。そこにメッセージを残しました。



『もう逢えなくても、私はトリデで元気にしてると安心してください』



「こんな居心地好い屋敷から引っ立てるよう連れ出すのは残念だけど

あ、火種はきちんと始末した?…しばらく戻れなくなると思うから…」


余程うちの暖炉が気に入ったらしくて座り込んで観察してる様子でも

私の足音に気づいた眼鏡の男性が背を向けたまま話しかけてきました。

「火種の始末は使った後、済ませてます。火起しの道具も隠しました」

本当に必要で探してる人が訪れたら気の毒ですけど、私には家が大事。

調理のとき使う刃物も知らない人には()られない場所に隠しています。


帰れる家のある幸せが周囲の嫉妬(しっと)憎悪(ぞうお)を生むとは知りませんでした。


「きれいに片付けられてるし、本当に住みたくなる屋敷だと思ったよ。

この薪ストーブで身体を暖められるなら雪片付けも頑張れるもんなぁ。

名残惜しいけど、いつかきっと帰れると信じて今は避難場所(ひなんばしょ)へ急ごう」


衣擦(きぬず)れくらいの物音しか立てずに近づいてきた眼鏡の運転手さんを

先頭にして私の家から出ました。いつの日かきっと帰れると信じて。


「冬用の靴や替えの靴があるなら全部持っていった方がいいだろうね。

長靴やブーツ、そんなものがあると冬場は楽だと思うし、忘れないで」

井戸の側で待っていた先生に言われて、玄関の収納場所に仕舞ってた

冬用の靴や普段は勿体無くて履けない少し上等な靴も取り出しました。

「とりあえず車のトランクに入れて運ぶから、袋か何かに入れといて」

続いて眼鏡の運転手さんに言われたので、古い麻袋に詰め込みました。


私が玄関で荷造りしてる間に着替え入りの鞄は運転手さんの手で車の

トランクに詰め込まれていたようでした。先生と斎藤さんは基本的に

静かな人だと思います。滅多なことでは大きな声を上げない性質です。

よく喋る性質でもありません。余程のことがない場合、黙して語らず。

このときは「眼鏡の運転手さん」とだけ認識していた斎藤さんが家の

薪ストーブを見て歓声を上げたことは私たち三人の秘密となりました。


「白い袋からオレンジ色が透けて見える。新鮮なフルーツは貴重だし

塞に到着してから、みんなで分けて食べよう。今から楽しみにしてる」


塞には何人いるのか、数個の柿がどんな風に分けられるのか疑問でも

出会って間もない人に馴れ馴れしく質問することは出来ませんでした。


「あー、そうだ。肝心なことだった。えぇと、まだ名前を聞いてない

女の子は自動車でドライブした経験があるの? たぶん、ないよね?

1時間以上は車に乗るから慣れてなきゃ大変かも。トイレは大丈夫?」

トイレに行きたい感じはありませんでしたが、そういう話を聞いたら

念のためトイレに行って済ませておいた方が良さそうな焦りを感じて

恥ずかしいですが運転手さんにトイレに行くと伝えることにしました。


玄関へ向かう途中、さり気なく先生を見たけど地面を向いていたので

表情は分からず仕舞いでした。きっと声をかけたら口の両端を上げた

品の良い笑顔を作り、優しく穏やかな声で相手してくれるのでしょう。


必死になって取り繕って向けてくれる重苦しい笑顔、哀しく映ります。


家を出て帰ってこない母、住み慣れた家を出て行く私、もしかしたら

母も先生たちと出会って保護されていて、塞で休んでるだけなのかも。

そこで再会できるかもしれない。馬鹿げた空想で心を誤魔化しました。

本当に母が保護されていたら先生たちに私の名を教えている筈なのに

そこまで思考の羽を広げることの出来ない幼稚な小鳥が私の現実です。


「車、助手…前の席に乗って。ヒツジの先生は後ろの座席で休むって、

何日も歩き続けたから疲れたんだろう。もう横になっちゃってるんだ。

それは兎も角、お腹は空いてない? 俺は少し前に済ませているけど

車酔(くるまよ)いとか考えちゃったら、到着後に食べた方が良さそうな気もする。

そっち、ミントは平気? この飴玉は酔い止めも兼ねてのプレゼント」


私が用を済ませて玄関を出たら先生の姿はなく、眼鏡の運転手さんが

一気に捲し立てると、両端を捻った小さな白い包みを差し出しました。


「そっちより先に塞で暮らしてる女の子たちが手作りした飴玉だから

そんなに不安な顔しなくても大丈夫だよ。薄荷(はっか)の飴、嫌いじゃなきゃ」

私の知らない女の子たちが手作りした飴だそうです。受け取りました。

「良かったら食べてみて。不味くはないと思う。毒も入ってないから」

運転手さんの作ってない笑顔を信じて言われるままに封を開けました。

飴色というんでしょうが鼈甲(べっこう)みたいな色した飴を私の口に入れました。

爽やかと表現すべき清涼とした空気と自然な甘味を口内に感じました。

「その紙は回収するよ。ゴミになった物を始末するのも仕事の内だし」

手を伸ばしてきたので、中身を開け空になった白い薄紙を渡しました。

「最初は緊張するのも無理はないし、そのうち逆になる気がするけど

車に乗って。お客様を乗せるための車だし、それなりの乗り心地だよ」

最初に家の扉を叩いた先生と同じ、少し寂しげな、それでいて正直な

印象を覚える運転手さんの声に促され、車の前の席に手をかけました。

「あ、ごめん。いや、ドアの開け方も分からないお嬢様じゃないよな。

自分のことは自分でやらなくちゃダメ。俺たちなんて役に立たないし」

私が座席に着いて間もなく、運転手さんが運転席を開けて座りました。

車を動かすための丸いハンドルや鏡などに見惚(みと)れていると、後ろから

運転手さんから『羊の先生』と言われた先生の鼾が聞こえてきました。

大きな背嚢を背負って歩きながら近所の一軒一軒を声かけてまわって

一人で留守番してた私を見つけて、先生は安堵したのかもしれません。

背嚢を下ろして足元に置き、外した帽子で顔の半分を隠していました。


「車の中、慣れないと嫌なニオイするかも。大丈夫? 酔いそうなら

寒くても窓を開けて外の空気を入れる。あ、シートベルト着けれる?」

運転手さんにシートベルトの引き出し方から説明を聞いて実際に席の

シートベルトの装着を済ませてから、ようやく乗った自動車が静かに

動き出しました。後ろで膝を立てて横になってる先生は発進したのも

疾うに気づいてない睡眠状態。中央に設置された料金メーターなどが

気になってしまいますが、代金は取らないと後ろで寝息を立てている

先生の言葉を信じるしかありません。運転手さんの邪魔もできません。



タイヤが地面を踏んで進む音が耳に入ってくるのと家から離れていく

現実を捉えるしかありませんでした。晴天、眩しい白雲、動く景色…。



勿体無い、今年は収穫しきれなかったオレンジ色の四角い柿の実たち。


「十月だもんな。木の葉も秋の色に染まってきて、もうじき雪が心配」

独り言みたいな感じで運転手さんが呟きました。秋の次は寒い冬です。

大人になっても嫌な季節に変わりないのでしょう。冬は春を待つ時間。


雪が降る頃になると入浴する時間を夕食後にして

冷えた身体を十分に温めてから眠りに就きました。

畑仕事がないので、母や祖母は編み物や縫い物が

冬期の仕事になります。お金持ちから頼まれると

良い稼ぎになるそうで忙しく針を動かしてました。


私が目を閉じると胸かどこかに浮かんでくる光景。


まだ私は誰かに着せられるような出来映えの品は作れなくて残念です。

現在は私に教えてくれる母もいない現状なので独学していくしかなく

幾つか襟巻(マフラー)を作ってみましたが誰かに贈るのも勇気が必要なんですね。

自信たっぷりにプレゼントして相手の迷惑になったらと考えると怖い。

余計な心配と笑われても誰かに喜んでもらうのは簡単じゃありません。


絶命日まで出て行けない収容所へ送られていく気持ちが分かりますか?


車内で言葉を交わした記憶さえ思い出せないのが堪らなく寂しいです。

自分の隠れ場所と呼べる部屋を自信を持って誰かに見せる気力もない。

与えられた窓から見える景色、思い出せる夢もなくて消えて去りたい。

歓迎会みたいな話も思い出せない。本当に情けないのが私の現実です。



心を逸らすことも出来ない処世術を教わらなかった狭くて小さな現世。



仲間、挨拶、仕事、叫び出して逃げたい、そう思っても逃げ場はない。


「苦悩と不具合は尽きることない。生きている限り付き纏う重たい鎖。

それでも心の向きを明るい方に向けて遣り過ごして、笑顔を忘れずに

無暗に刺激を求めないで、平穏無事な日常に感謝して生きていこう!」

自分を哀れんではいけません。この二人に私は救ってもらったのです。


車から降りて見上げた、初めて見た大きな建物、そこが『塞』でした。

塞は繁華街(はんかがい)の跡地だそうです。ここは所謂(いわゆる)ショッピングセンターの跡。


たくさんの自動車が停められているのは駐車場だからで、殆どの車は

故障して、二度と動かない状態なのだそうです。ガソリンと呼ばれる

燃料が尽きてしまった車も多く、人間で例えれば死んだのに似た状態。

放置しておくしか手立て無しです。腐り落ちていく果実なのでしょう。

大きかったり小さかったり色や形は様々なのは人間と変わらないけど

死んだモノです。当然でしょうが動いたり反応することはありません。


死体が動いて人間を襲うのは絵空事、空想の産物でしか有り得ません。


塞の駐車場は「自動車の墓地」ということです。悲しい場所なのです。

かつては賑わっていたけど、その賑わいは既に通り過ぎてしまった昔。

先生と斎藤さんの二人のどちらが口にしたかは忘れてしまいましたが

盛者必衰(しょうじゃひっすい)」という四文字を私は塞の駐車場で教えてもらったのです。


塞の出入口近くの場所は保護者の皆様方が普段使用する駐車スペース。


そこに一人の少女が立っていました。私と同年代なら背の高い人です。

ほっそりとした身体つきに腰まである長い髪の毛を伸ばしていました。

ロング丈のシャツワンピースは上質なインディゴデニムと呼びたい色、

それに焦げ茶のロングカーディガンを羽織ってたように記憶してます。

私たちの乗った車を待っていた少女は、銀縁の眼鏡をかけていました。


「あ、えぇと、彼女は『アサオ・シオリ』といって、塞の部屋割りで

そっちの同室者になるんだよ。大人以外は全員同じ年くらいの女の子

ばかりいるから…だからこそ面倒くさ…大変な思いもするだろうけど

実のお姉さんだと思ってシオリを頼ったら親切にしてもらえると思う。

塞にいる女子たちの中では優秀な女子だと認識されて人望も厚いから」

三人が車から降りる前にボソボソと運転手さんが説明してくれた言葉、

女の子ばかりいる塞の中を『面倒くさい』と言いたかったみたいです。

確かにバケモノの皆様方さえ憂鬱にさせる問題女子ばかりいるのが塞。

私の名前を尋ねた先生も移動の車内で寝息を立てて、運転手さんから

彼是となく訊かれもしませんでしたから、私は『そっち』呼ばわり…。



大変な思いをして塞から出て行きたくなるのは一日も経たないうちに。



塞と呼ばれる場所で一年ほど生活した現在の心境を素直に吐露(とろ)すれば

自宅で泣き疲れて飢え死にした方がマシな選択だった気もしています。

『心から信頼できる存在が一人もいない』それが私に与えられた現実、

いいえ、山本紅仁子という舞台の中では弱い立場に据えられた者には

自分の気持ちをありのまま言える存在を作ることが出来ませんでした。


「休息が済んだら呼ぶ。次の場所に向かう。いつもどおり車を出して」


羊の先生は私を見ず、運転手役を仰せつかっている斎藤さんに伝えて

塞とは離れた位置に建つ保護者たちの休息場所へと向かったのでした。


私たちを保護する大人たちは見た目が女性と言える存在の方がいても

全員男性なので保護されてる少女たちと同じ屋根の下で眠ることなど

出来ないそうです。塞内には保護されてる少女…私たちを守る役目を

仰せつかっているイタチの先生がいて…私も塞に入ってすぐ栞さんに

連れられて挨拶しましたが、特別な言葉を貰ったりはしませんでした。


無礼を承知で白状すると、鼬の先生は物凄く容姿の良い変わり者です。

以前は評判の良い教師として知られていたらしいのですが、現在では

担当科目を教える生徒もいないために心が塞がってしまったみたいで

鼬の先生は必要な時に必要な言葉しか言わない少女の守護者を寡黙(かもく)

務めてくれるだけの…こうは言いたくないけど追跡無双(ついせきむそう)のバケモノ…。


それでも鼬の先生がいてくれる御蔭で誰も悪いことが出来ないのです。


「ここでの生活や細かい決まりみたいなのはシオリから聞いてほしい。

シオリが一番の適任者だと思うし、お互い仲良くなって損はない筈だ。

じゃあ、俺もバケモノ寮に戻って過ごす。後のことはシオリに任せる」

後部トランクから荷物と柿の入った袋など取り出して直置きしました。


「あの、待ってください。柿の入った袋、運転手さんに差し上げます。

多くの人たちに分けられる量じゃありませんし、うちの柿の木を見て

食べたいと言ったのは運転手さんですから、遠慮なさらずにどうぞ…」

柿の袋を持ち上げて、半ば押しつける勢いで受け取ってもらいました。

「え、いいのかな。あ、でも、そういえば…今日は…俺には少しだけ

特別と呼べる日だったっけ。天使からの贈り物だと思って頂戴するよ。

ありがとう。プレゼントなんて百年以上なかったから、青天の霹靂だ」

元タクシーだった自動車を施錠した斎藤さんは『バケモノ寮』と呼ぶ

別棟の集合住宅に向かって、ゆっくりとした歩調で進んで行きました。



十月十二日、塞に連れて来られた私にも特別と呼べる日となりました。



保護者さん一同は揃ったように相手の返事を聞かないのが悪い癖です。

そして、保護者であるバケモノ同士が仲良くする素振りも見せません。

前を歩いてる羊の先生を追い駆けて並んで歩くのは子供染みた真似で

絶対無理、恥ずかしすぎて出来ないと笑って誤魔化(ごまか)していた斎藤さん。


長いこと散々話をしてきて会話のタネも尽きた荒野に似た関係の二人。


バケモノと自嘲する保護者さん一同の中で一番の信頼関係を築いてる

羊の先生と斎藤さんのコンビ、師弟関係に似た良い友人とのことです。

決して鞄を持つことのない羊の先生の三代目鞄持ちを務めているのが

運転手の斎藤さんだと聞きました。元気で健康そうに見える病人さん。



「はじめまして、こんにちは。お腹空いてませんか? 昼食時ですし

まずはゆっくり食堂で過ごしましょう。朝昼夕の食事は大切ですから」



栞さんは私に挨拶してきましたが、返事など期待してない様子でした。


くるりと背を向けて塞の出入口に向かって歩き出したので何も言えず

栞さんの後ろに付き従うような形になりました。…初めて入る場所…。

塗料の()げかけた重たい鉄の扉を引いて、先に私を通してくれました。

肌寒く感じた通路。節約のため空調機器を朝夕の冷え込む時間帯のみ

運転してると聞いたのは、そう感じてから数日ほど過ぎた頃でしたが。


「荷物、多くて大変ですね。盗む連中はいませんから、今のところは

そこに置いて、後ほど部屋に運ぶとしましょう。塞では面倒なことは

後回しにしとくのが基本だと覚えておいてください。まずは食堂へ…」

ボロボロに傷んだ古鞄や靴の麻袋を出入口の近くに置くよう言われて

不安もありましたが従うしかありません。引き摺るのも重たいですし。


約二十年前のモノに溢れた時代なら、郊外のショッピングセンターは

休日を楽しく賑やかに過ごすため…幸せに満ち溢れた場所だった(はず)…。


不快な目盛で個人を仕分けしたり篩にかけられたりしない平和な日常。


たとえ私の空想にしか過ぎなくても絶対「あった」と心から信じたい。

以前の塞は、買い物に来た大勢の家族連れで賑わう場所だったのです。

季節や流行に合わせた音楽に家族や友達、誰かが親しげに交わす声が

大きく耳に入るんです。喧騒を嫌う性分の人なら避けたいと思う場所。

もちろん真っ先に奪われるのは目で、季節や行事に合わせて彩られた

飾り付けが心に奇妙な活気を与えてくれたんじゃないかと思うんです。


ここは何より買い物をしてもらうために建てられた場所なんですから

きっと何かしらの購入意欲をそそるよう(あつ)えられてる気がしますけど

具体的には全く想像つきません。こんな大きい建物の中に入ったこと

ないのですから仕方ないと思って頂けますよね。思い出があったなら

寒くて辛い塞であっても温もりと共に呼び起こせるのかもしれません。

もし母と祖母と三人で普通の買い物客として出かけることができたら

心の中に幸せな思い出として残せたと信じます。翌日、疲れが出ても。


それは兎も角、塞での案内役を務めてくれる栞さんは結構な長身です。

私の身長は栞さんの肩にも届きません…。私が低身長と分類されます。

足の長さも違うんで気を抜くと小走りになって後を追い駆けていた私。


同じ年頃の同じ性別の者たちが集まると悲惨な巡りあわせとなる者が

現れるみたいです。上手く立ちまわれる者とハズレ(くじ)を引く不運な者。

天に残るか地の底か、視えない篩に投入されて叩き落とされるのです。

でも、篩から落ちたら駄目とは思えません。落ちないのは単に頑固者、

お菓子作りで粉を篩うのを考えたら、落ちた方がいい場合もあります。


善悪も時と場所によって違うと思います。善のグループに入ってたら

安心していいとは思えません。引っ繰り返すと「悪」に転じるだけの

不安定な分類に過ぎないのですし。ちなみに私は多数決なんて大嫌い。


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思い返すだけで惨めな気持ちになる過去の出来事を綴るのは止めます。



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全ての生き物は「今」という現実に縛られて生きていくだけ。


バケモノや目に視えない細菌も今を漂って生きているのです。

タイムマシンで過去や未来へ移動できたとしても実際は「今」

今という一瞬の中に囚われるのが現世に生きる全ての命です。


あらゆる優劣、善悪、上下も一瞬の通過点にしか過ぎません。



浅尾栞は現在の私と共に歩んでくれる友となってくれました。

現在に至るまでの経緯を綴るのは遠慮しておこうと思います。


それに今ちょっとした喧嘩の最中ですし…考えるのは拒否…。


全て残らず逐一(ちくいち)報告するのは、私に向いてないと知りました。

無理なことを頑張る気力はありません。今日という一日を

私の心を連れて生きていくことが私として生まれた責務、

面倒事は避けて…なるべく笑顔で過ごせますように…。

それだけが今を生きる原動力となってくれています。


食堂まで下りる気がしないので、階段を上ることにしました。



塞は三階建てのショッピングセンター、今朝は屋上を目指します。

屋上も駐車場だったみたいで、数台の車が動かず眠っている状態。

もちろん動かせない車に興味ありません。朝の光を浴びたいだけ。


ショッピングセンターなので本来の状態なら自動ドアで開くのに

非常用の重い鉄扉から出入りするしかない構造なのが玉に瑕です。


屋上に出ると空の下に立つ気分が味わえます。清らかな朝の空気。


誰も見てないのをいいことに普段は寝床のある部屋で行っている

腕全体を使った肩廻しや腿上げの運動をしました。ゆっくり首や

腰を廻す運動も見られると格好悪いと思いながらも完了しました。


空は紙や布じゃ表現が難しい独特の清潔感、気高さを感じる色彩。

首を上げると一面の空色、優しく心身を癒してくれる気がします。

本日の雲は少しばかり下の辺りに広がっていました。白と薄灰色。

この雲たちは雨を降らさずに遠くへ流れていくのだと思いました。

知らない場所から訪れ、いずれは新たな場所へ発つ不思議な旅団。


太陽は東の空、目に良くない強烈な発光は浴びるだけで十分です。


一階にある食堂では騒々しい日常が繰り広げられてるのでしょう。

そこから外れて過ごす時間は贅沢であり、(ずる)いとも評価される筈。

でも、今朝は食事当番じゃないんですから無視したって構わない。

誰とも顔を合わせたくない…栞さんと険悪じゃ孤立無援と同じ…。



何より今日は十月十二日、塞に来て一年を迎えた私だけの記念日。



あまり汚れの目立たない南側の手摺(てす)りに(もた)れ、遠くを眺めました。

近くには通称バケモノ寮が建っています。保護者たちが住む宿舎。

元県営住宅だった建物だと誰かが話していたのを聞いた記憶が…。

彼らも食事は塞まで来て摂るようですが、私の実家の扉を叩いた

羊の先生は滅多に顔を見ることがありません。生き残りを探して

旅を続けてると聞きました。ここは亡びつつある世界だそうです。

私の家があった場所は東西南北どの向きかも分からなくて寂しい。


オレンジ色、柿の木は今年も変わらず実りを迎えたのでしょうか?


「昨日、ベニの自宅を見まわりに行ってきた。全部は無理だけど

大きな袋いっぱい程度は柿を収穫してきたんだよ。今は渋抜き中」



…?!…



私の左隣に斎藤さんがいました。一体いつから来てたんでしょう?

「ベニ」本来はクニコという私の名前を独自の愛称で呼ぶのです。

呼び始めたのは斎藤さんでも一年経ったら塞で暮らしてる全員が

私をベニと呼ぶようになりました。紅色は好きだから構いません。


一人で独自の体操してた姿を見られてたら物凄く恥ずかしいけど。


「斎藤さん、おはようございます。来てたの気づきませんでした。

大きいのに気配を消すの得意ですよね。初めて会った日も背後に

立ってて、ちょっぴり怖いと思いました。今だから言えますけど」

見た目は三十代前半?といった印象の自称バケモノの斎藤さんに

朝の挨拶と正直な気持ちを添えて伝えました。長身で標準よりも

少々脂肪が付いた感じの体型は病気の薬が効いてる証拠とのこと。


「ああ、大昔は俺がよく標的にされたイタズラだよ。悲鳴あげて

驚いたから、仕掛ける側は愉快だったろうな。ベニは女子なのに

(きも)()わってる。群れないのがいい。名作漫画の『孤立せよ』だ」


孤立。栞さんと決裂したら終わり、私は一人になってしまいます。


斎藤さんは塞の一階の食堂には姿を現しません。持病があるので

自炊してると聞いてます。私たちの保護者さんたちが寝起きする

バケモノ寮は元々普通の集合住宅ですから何とかなるのでしょう。


元はショッピングセンターである塞、生活の場には適してません。


一階にある食堂も元はファミリーレストランだったスペースです。

調理場や洗い場は狭苦しさを覚えます。設計ミスで作られた場所。


ここよりもホテル跡地の方がずっと住み心地良いと思うんですが

現在この世界に生き残ってる女子たちを孤立させないかのように

不自由や面倒の多い元ショッピングセンターで私たちが工夫して

暮らす様子を少し離れた位置から保護者となる自称バケモノさん

一同が見守ってくれている感じ。誰も口煩く立ち入ってきません。

正直な気持ちを打ち明けてしまうと…そこが寂しくもあります…。



私は常に(いさか)いや面倒が絶えない塞の生活を一年も耐えたのでした。



「ベニん家の畑、アスパラや茗荷(みょうが)なんかも自生した状態だもんな。

来年には時期が来たら何人かで収穫に行こう。貴重な食材になる」


貴重な食材。数年前まで人の多い場所に人と物が自然と集まって

市場みたいになって、そこから必要な品物を得られたそうですが

多くの大人や若者の姿が消えていきました。世界は寂れた終末期。

塞から離れた空き地に芋や葱など植えていますが収穫量も少なく

作業を指導してくれる先生もいないので、実家より寂れた畑です。



「あの…」



視界は塞周辺の景色に向けたまま斎藤さんへ質問しようとしたら

「ベニの家の中に変化なかった。生きてる人間の侵入の痕跡なし」

質問を読み取った答えが返ってきました。私の母と祖母はどこに?


こんな疑問を感じても既に無意味です。…消え去った母と祖母…。


塞に連れてこられた女子たちは私と同じ、家族を失くした身の上。

自称バケモノさんたちの話では華やいだ文化と人混みで賑わった

時期もあったらしいそうですが、現在は終着駅へと向かう列車に

乗せられてると喩えるのが相応しいようです。塞は動かない列車。


「生きるって、不平不満や悩みが尽きないんだよ。王侯貴族でも

その立ち位置に於ける不遇に胸を悩ませて生きていくんだろうし

生まれてきた体も両親や先祖から受け継いできた血肉だろうから

草木が冬場に姿を消すのを見習って、地面に還すしかない代物だ。

記憶だけかな。死んじゃったら考えられるのかも分かんないけど

自分のモノと呼べるのは、好き嫌い、喜怒哀楽といった心だけ…。

自分自身と共に成長してきた掛け替えのない自分だけの相棒が心。

心を鏡みたいに磨き上げ、全てを映し出す光になれたなら最高だ」


栞さんとの現状を伝えようとしたら知ってるかのような鷹揚(おうよう)な声。


「遠い昔になる学校の生徒だった頃、同じクラスに編入してきた

同級生にも家族がいたんだ。ある日、その家族を犯人に奪われた。

これは俺の推測にすぎない話なんだけど、犯人は暖かい部屋の中

幸せな家族団欒の光景を目にして、凄まじい狂気に囚われたんだ。

スタックした車を助けてもらうのと交換にお母様を()るつもりが

殺害、結局その場にいた家族全員の命を奪ってた恐ろしい出来事。

その犯人を知ってる。でも、犯人は強く悔いて、今でも生きてる。

歩いてる。ひとりぼっちで震えてる命を助けたい一心で扉を叩く。

俺だったら怨み辛みが胸に焼きついて苦しんだに違いないけれど

彼…シンちゃんは違ったんだ。いつも瞳を輝かせた笑顔で周りの

手伝いに励んでたんだよ。自分の中にある暗くて深い絶望の闇を

決して覗こうとしない人だった。空のイメージにピッタリの存在」



しばらく二人で朝の空を眺めていました。栞さんも来なかったし。



「だけどさ、俺は彼から兄…実際は俺が彼より二歳年下だけど…

まるで実の兄みたいに慕われてたんだ。お互いが高齢になるまで

年始の葉書程度でも繋がり続けてたっけ。それなのに何故なのか

彼の口から家族の名を聞いたことがなかった。彼には宝物だから

他の誰にも教えたくなかったんだと思うよ。彼だけの秘密の宝物。

ご両親に祖母、弟と妹がいるとは聞いてても名前を知らないんだ。

家族全員が視えない風になって、シンちゃんの側にいたんだろう。

不思議と賑やかだった。一人で歩いてても数人が歩いてる気配で。

シンちゃんの姿を見たら、ベニもそう感じるんじゃないのかな?

俺には霊感なんてないけどさ、学校時代に…いる…と感じたから」


朝の陽射しの下、淡々と物語を聞かせるかのようにして遠い昔の

友達について話してくれた斎藤さん。家族を殺されたという友達。

そのシンちゃんと栞さん、不思議と似ているような気がしました。

家族については話してくれないし、浅尾栞という名前も遠い昔に

有名だった女性ラジオパーソナリティの名前だと聞かされました。


偽名で塞の暮らしを続けている謎多き同室者が唯一の友達でした。



一年前、一人きりで朝食を摂った後に玄関の扉を叩かれたのです。

それが塞に私を連れてきた羊の先生、送迎車を運転した斎藤さん。

この二人が生き残りをレスキューする役目を務めてくれています。

私の後にも一人、トラブルメーカーな女子を塞に連れてきました。


他にも鼬の先生など数人の男性が私たちの保護者を務めています。


掃除班と呼ばれる三人が近隣の家屋で倒れた遺体の後始末をして

埋葬なさっていると聞きました。斎藤さん曰く、狸猫と熊猫と虎。

大人たちの関係も複雑みたいです。好き嫌いの感情に苛まされて

険悪状態に陥りながらも表立っては波風立てず取り繕ってる模様。


約一年かけて少しずつ世の中の現状を把握していったところでは

罪を犯した者が裁かれる世の中を社会が実現しようとした途端に

世界は荒寥とした真の姿を見せ、御伽話の魔法が解けたのでした。


現在の世界は停滞してしまったみたいです。

そして…あらゆる生き物が少しずつ姿を…。

停滞した世界は次第に腐敗していく様相を

見せつつあります。今では美しいと思って

眺めていられる景色は頭上に広がる空だけ。



「そうだ、ベニは死後の世界に行ったら家族に再会できると思う?」



私の目を見ての質問でした。いきなり『死後の世界』と言われても

返答に困ります。怪談話は塞に来てから何度も聞かされていますが

私自身は経験してません。見聞きしてない現象を信用する気には…。


今日という一日を無難に過ごせたら十分です。死後の世界だなんて

死んでから考えます。あ、でも、人間が亡くなったら考えることも

無理になりそうだと思うんですけど…。一体どうなるんでしょうね?


「予想通りの無言か。ま、()ってみなきゃ分かんない世界の話だし

逝くという表現も不釣り合いな此の世と全く違う時空かもしれない」


斎藤さんは再び視線を上空へ向けました。どんな答えを期待しての

質問だったのかが私には疑問です。無言は予想してたみたいですが。



「恐ろしいことに遥か遠い昔の俺は何人も送った。所謂、()()へ」



とんでもない告白を更々と言ってのけて、耳に入れた方が衝撃です。


「斎藤和眞の器じゃ万引きって窃盗行為も未経験だよ。逆に何度も

自転車を盗まれてさ、その度に口惜(くや)しくて情けない気持ちになった。

当時はバスもなかったし、タクシー代を財布から出す余裕もなくて

街から村の三十キロ近くをマラソンした思い出がある。きつかった。

奪われる方は辛いよな。奪う側に立ってた時には味わえない苦痛だ」


自転車、塞には何十台も並んでる錆びて傷んだ状態の誰かの忘れ物。

現在では長距離を移動する必要もないから駐輪場で朽ちていくだけ。


「因果応報ってヤツと思ってる。処罰されるに相応しい罪を重ねた

最悪だった俺の魂に何度も繰返し与えられた自転車盗難の憂き目…。

街のショッピングモールの駐輪場で自分の自転車を盗まれて、すぐ

モール内のホームセンターで自転車を購入したこともあったっけ…。

多少融通が利く程度には小遣いを持たされてたから我儘できたんだ。

玩具や衣類とか他の連中より満たされていた子供時代だったんだよ。

大人になって不治の病を発症した俺だけど、夕闇の世界で笑ってる」


朝の静かな晴天の下、この世界を『夕闇の世界』と喩える斎藤さん。

もうすぐ世界は日没しそうですから…妥当な表現かもしれません…。


「そうそう、十月十二日はベニが塞に来た記念ってぇのもアレだが

まあ、特別な意味のある日と言って差し支えないんじゃないのかな。

頑張ったね。色々辛いだろうけど、生きて笑える瞬間を大切にして。

俺も十月十二日は、少しだけ特別な気分を懐かしむことに決めてる。

本日を以て俺は百三十二って年齢になっちゃった。どうぞよろしく」


私の前に立ってる長身で体格の良い男性の見かけは、百を引いたら

ちょうどいいと私には思えます。白いパーカーにグレーのボトム…。

普通の若い服装に見えます。羊の先生より年下に見える格好と表情。

羊や鼬の先生をはじめとする皆様方が同い年だと聞かされましたが

バケモノの皆さんたちの年齢を初めて知りました。外見と実年齢が

合わないのがバケモノの証かもしれません。目の前にいるバケモノ?


「早朝、日の出と殆ど同じ時刻に生まれたって祖母から聞かされた。

生まれた時間に起きてたこともあるけどもさ、朝の支度で慌しくて

のんびり穏やかに日の出を眺めて過ごせたのは今年が初めてなんだ」


地上は沈みゆく泥船の様相なのに、空は嘘みたいに澄みきってます。


太陽が動いて、雨や季節によっては雪も降らせる白雲が流れていく

季節という変化を与えてくれている天上の世界、清らかな光の世界。


「今日が誕生日でしたか。去年は病気のことを知らなくて柿の実を

押しつけ大変失礼しました。そうだ、今年はもう少しマシな品を…」

我が家で唯一の財産だった渋抜きした柿の実を贈ってしまった失敗、

糖尿病の人に糖度の高い果実を贈ったのは体に毒だと反省してます。

これから寒くなるし、暇潰しに編んだ襟巻でも贈ったら防寒の役に

立つかもしれません。塞では毛糸という資材には事欠かないのです。

「あ、気にしないで。お爺ちゃん、誕生日プレゼントは遠慮しとく。

でも、去年の柿は美味しく食べさせてもらった。ベニ、ありがとう」

私の母親よりも年下に見える不思議なバケモノさんが微笑みました。

保護者の皆様方は揃って自分を『お爺ちゃん』呼ばわりするのです。

「何よりも欲しい贈り物が決まっちゃった今は、その時を待つだけ。

掃除班の連中が灰になるまで燃やしてくれたら肉体を地面に還せる。

インビジブル、しばらく思い出を抱えて彷徨うのかもしれないけど

胸の奥にある記録も全て残さず還すよ…。()の世の生命の理に従う」



羊の先生の運転手さんを務める斎藤さんが何より欲しい贈り物は…!



「膵臓のβ細胞が壊れちゃったら再生できないのと似てるかな。

人間の脳細胞も限界があるらしいよ。長いこと生き続けるのも

限界があるんだろうな。異世界じゃ恐ろしい時間を生き続けて

全て投げ出す心境で生きてきたけれど、この世界はバケモノを

消し去ってくれる夢の世界だと理解できて、今は心から幸せだ」

屋上の手摺りを両手で掴んで、うれしそうに空を眺めています。

後もう少し待てば、懐かしい友達と再会できるような心地の人。


元は書店だった図書室に置かれた本で目にした記憶があります。

灰色の脳細胞だと嘯いても、壊れて失くしてしまう生存の指針。


「臆さず往けば自ずと何を為すべきか知るんじゃないかと考えてる。

血肉の縛りから解かれ、晴れて自由な身の上になれるって最高ッ!

容姿や性別から解放される。細けぇ執着心は全部忘れていい世界だ。

死後の世界があると仮定しても、特に逢いたいと思う存在がいない。

そう考えると虚しい気分になっちゃうけど、誰にも執着したくない。

何もかも全てを透かす明るい光になりたいなぁ。なれるとしたら…」



自分の生まれてきた日に死を想い、朝の清らかな光を目指してる人。



隣りに立つ人が百三十二歳の誕生日を迎えたバケモノなのが不思議

というより全く信じられません。保護者一同が百三十二歳だなんて

嘘だと詰め寄りたくなるけど嘘を暴く真似も出来ません。黙ります。


「あ、ユーフォー? あの辺に謎の飛行物体を見た。飛行機なんて

世界中の空から消え去った筈なのにおかしいなぁ。ベニも空を見て」


斎藤さんが指差す方向に目を向けました。鳥も飛んでない青空です。

「変だよな。白い翼の天使が見えたのは確かに嘘じゃないんだけど」

斎藤さんとは違う声なので、左を向いて姿を確認してしまいました。



…?!…



白いシャツに黒いズボンという格好をした私より少し年上くらいの

男子が立っていました。漆黒(しっこく)の髪と喩えるのが相応しい容貌でした。


「え、あ…?…すみません。えぇと、貴方は?」

塞にいるのは鼬の先生以外は女子だけですから

不審な人物には絶対の厳戒態勢で(のぞ)まないと…。


「頭から危機信号を発信するのは止めといて。鼬センセと親衛隊が

屋上まで来たら面倒だもん。バケモノの斎藤が化けてみせてるだけ」


声は全く違いますが、喋る口調が斎藤さんなのは間違いありません。


「バケモノである証明とはいかないだろうけど、まともな存在だと

言えないモノだと理解してほしい。ご覧のとおり自在に化けられる。

実は屋上にも瞬間移動(テレポート)で現れたんだよ。べつに信じなくていいけど」

瞬間移動なんて漫画やアニメなど虚構にある能力としか思えません。

「本当ごめんな。この世界はバケモノを封じるために作られた牢獄。

その牢獄世界も終焉の幕が下ろされようとしている気配だ。だから

生き残ってる者たちを助けるために、俺たちバケモノは行動してる。

おそらく、もう数日もすれば交渉班が戻ってきてくれる筈なんだよ。

生き残り女子を別世界へ渡らせてもらえるよう頼んでるらしいけど

舞台の袖裏の連中の意思は掴めない。どうなるのかは未だに(やぶ)の中」

左に立つ男子は(うれ)いを感じる眼差しでした。でも、私たちのことを

真剣に考えてくれているのは伝わってきます。別世界なんて想像も

できませんが、本気で私たちを助けたいのだと思います。信じます。

「ありがとう。耳で聞かなくてもベニの気持ちを肌で感じ取れたよ。

消え去る前の一仕事だと思って全員で頑張ってみせる。これは本当」

身体の向きを変えて、少年姿の斎藤さんが右手を伸ばしてきました。

「この牢獄世界に同じく生きてきた仲間だと思って全力で守るから

約束の印として握手してほしい。イヤなら、無理強いはしないけど」

向き合った男子の眼差しに不安が浮かんでいました。塞には私より

容姿の優れた可愛い女子がいるのに、私なんかでいいのでしょうか?

心は不安で薄曇りですけど待たせるのは失礼です。手を出しました。

「改めまして、今後もギターのご指導をどうぞ宜しくお願いします」

普通に温かい手、姿の違う斎藤さんに握手しながら頭を下げました。

「え…ああ、この世界にいる限りは普段通りに焦らず進行させよう」

こちらの手を包んでいた力が弱まり、自然と二人の手は離れました。


どの指も短い不器用な私が演奏するなんて恥ずかしいと思うギター。

何故か私の担当となった楽器です。他に適任者がいると思うのに…。


「聞きづらい話だけど、ベニの父上は既に天国へ逝ったのかなぁ?」

白いシャツの男子は少し寒そうな表情で疑問を投げかけてきました。

「分かりません。母や祖母から父という言葉を聞いたことがなくて」

綻びを繕わず、そのまま素直に伝えるしかありません。事実ですし。

「そうかぁ、ごめんな。こっちも正直に言わせてもらうとするけど

一年前に初めて見た瞬間、驚きを感じていた。ベニは似てるんだよ。

髪の色と顔立ちが学校時代の同級生に。瞳の色は違うけど、名前も

同じ一文字が使われてるから、ちょこっと気になる存在だったんだ」

黒髪が映える白シャツ姿の斎藤さんは自分の右手を見つめてました。

「で、握手させてもらった。ベニの父親を探れるかと思ったんだが

ベニの母上殿しか知らない情報となるみたいだな。影も浮かばない」


父親と出会わなければ、母も私を生むことが出来ないと知ってます。

影も浮かばない父という存在。でも、私が気にする必要ない話です。

私は母と祖母と同じ瞳の色で良かったと思いました。普通の茶色で。


「さっきから何度も謝る必要ないですよ。一人きりで困っていたら

うちの扉を叩いた羊の先生と斎藤さんに救助して頂いたも同然です。

塞という避難シェルターまで案内してもらって、私は感謝してます」

取巻く環境以外は十分なんです。不平不満は堪えなきゃいけません。


頭を下げ、数十秒の沈黙。陽射しが秋でも頭髪に温かく感じました。



「これは例えばの話、ベニが追い詰められて断崖絶壁(だんがいぜっぺき)に立った瞬間

そのときベニが心に思い浮かべた願いを俺が叶えてやる。約束する」



生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされた状況、私は何を思うでしょう?


海に行った経験もない私には断崖絶壁なんて言葉でしか知りません。

昔のテレビドラマが収録されたDVDを塞の女子たちが夕食の後に

集まって愉しそうに観てるのは知ってるけど、仲間に加われません。

誰彼が格好良いと燥いでる浮ついた空気の中に入ったら窒息しそう。

そんな暇があるならギターのコードを指で押さえて早く覚えなきゃ。


「私の願いを叶えてくれるって夢みたい。お気持ちだけで結構です」


頭を上げたら、今朝見たのと同じ服装の斎藤さんが立っていました。

白いシャツと黒いズボンを着た漆黒の髪の少年、あれって私の幻覚?

驚いた表情を見せたり質問するのも恥ずかしいので黙っておきます。

自称バケモノの斎藤さんが化けてみせたのは、朝に見た白日夢です。



「斎藤、もうその辺にしておけ。誰かを惑わすような文言(もんごん)を吐くな」



右側から鼬の先生の声がしました。右を見たら鼬の先生と親衛隊の

隊長を務める関口さんが先生の背後に控えるよう付き従ってる状態。


屋上駐車場の出入口に立つ二人、いつから見張られてたのでしょう?


「悪魔と取引するって訳じゃないんだ。そんなに怖がる必要ないよ。

俺はベニの思いを汲んで空に伝えるだけ。天が叶える願いだからさ」

私に小声で囁いて聴かせた言葉。生きるか死ぬかの瀬戸際で願いを?


「しつこい。僕の耳には全て聞こえてる。昔から治らない悪癖(あくへき)だな」

辺りに響いた鼬の先生の声、斎藤さんへ向けて放つ矢のようでした。

決して大声とは言えないのに伝えたい相手へ確実に届く不思議な声。

「鼬の先生、アルコール依存から立ち直って本当に良かったですね。

あ、そうだ。俺が夢の中で豪華な酒宴にご招待いたしましょうか?

肝機能に影響なく好きなだけ酒を飲み干せる、天にも昇る夢ですが」

放たれた言葉を物ともせず、ゆったりと落ち着いた斎藤さんの声は

余裕の窺える笑顔と共に鋭い槍を鼬の先生へ向けて投げ放ちました。


「楽しみに夜を待つとしよう。陳腐(ちんぷ)で馬鹿げた夢の宴など打ち砕く」


大きな盾を構えて言葉の槍を受け止めた鼬の先生、保護者一同では

若々しくて格好良い容姿なので親衛隊みたいに付き従う女子たちが

いるのも当然です。隊長の関口さんは鼬の先生の側から離れません。

不愉快な噂話を流されても全然気にしない強靭(きょうじん)な神経の持ち主です。


「わあ、漫画の主人公みたいな発言。親衛隊がいるだけありますね。

それじゃキラワレモノの悪役は引っ込むとしまーす。良い一日を!」



そう言った斎藤さんは手摺りを(また)いで、そのまま落ちていきました。



ここは三階の屋上です。普通じゃないバケモノ的演出で姿を消して

怪我でもしたら…。急いで手摺りの下を覗いてみたら、斎藤さんが

バケモノ寮へ向かって普通に歩いて帰っていく様子を目にしました。


白シャツを着た黒髪の少年は斎藤さんだと信じていいのでしょうか?


下の駐車場を確認して、鼬の先生たちを見たら既に二人の姿はなし。

私が朝の晴天の下に一人で残される形となりました。お腹、空いた。

心を切り替え、普段どおり栞さんに朝の挨拶をすることにしました。


澄みきった朝の空を見上げてから出入口を開け、階段を下りました。



『キラワレモノ』



私は保護者の皆様方の一人も嫌いだなんて思ったことはありません。

去り際の斎藤さんの声が胸に刺さりましたが、食堂へ向かいました。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


「斎藤さんの誕生日かぁ、物凄く素敵な情報を入手できて良かった。

十月十二日、十月十二日、私の脳内にも忘れないようメモは完了!

私も糖類ゼロの贈り物を用意したし、早速バケモノ寮へ行きましょ。

大丈夫よ、保護者全員の部屋番号は私の脳内にメモしてあるから…」


栞さんと私の部屋といっても現実は薄ら寒い一階の倉庫。

ドアで仕切られてる分だけマシと言えるかもしれません。

他の女子たちはカーテンやパーテーションで仕切ってて

大声や陰口といったトラブルが絶えないみたいですから

採光用の小窓が一か所ある狭い部屋だって文句なしです。


黒とグレーのミックスヤーン毛糸で編んだ襟巻をシルバーの袋に

詰め込んで、袋の開け口は上品な印象の青いリボンで縛りました。

洗濯OKの素材でチクチク感もなく合わせやすいんじゃないかと

思う長めの襟巻。受け取った本人が何を思うかまでは知りません。


斎藤さん本人は「誕生日プレゼントは遠慮しとく」と言ったけど

真心からの行動を踏み躙る行動は選択しないと私には思えました。



そんな訳で、栞さんと斎藤さんの部屋を訪ねることにしたのです。



栞さんは二本の飲料瓶を二巾の風呂敷で上手に包み込んでました。

中身は期限切れじゃない強炭酸のミネラルウォーターらしいです。

珍しい物など現状では入手困難なのですから塞の一階に備蓄した

物資から選ぶしかありません。中でも貴重な飲料水なんですけど

基本的に水分補給は塞から少し離れた湧水を利用しているのです。

時間が経過すると苔のニオイが気になる汲みたてなら美味しい水。


斎藤さんがバケモノ寮と呼ぶ現在は私たち生き残りの保護者を務める

大人の皆様方が生活する集合住宅、私は立ち入った経験がありません。

塞に収容される女子の中では一番の古株と噂されてる栞さんの背中を

追うような形で歩きました。今朝、屋上駐車場に出た際も肌に感じた

空気の冷え、秋の次に控える寒い冬の存在を感じずにはいられません。


栞さんの服は去年と同じデニムワンピにロングカーディガンのコーデ。

長身で何を着ても似合う人は服装に気を遣う必要なくて羨ましい限り。

私は散々ダサいと言われ尽くして、現在は実家で暮らしてた頃の服を

着ないようにしてます。基本的に短い足を出さないよう配慮した服装。

ショッピングセンターの売り場に残された服を自分で直して着てます。

実家で暮らしていた頃のような野暮ったい服は二度と身に着けません。



手肌に触れる風、秋冷えが身に沁みる頃と喩えるのが相応しい午前中。


挿絵(By みてみん)


そろそろロング丈のブーツを履いても構わない時期になったようです。

彼是と考えながら栞さんに(なら)って白い外壁のバケモノ寮に入りました。

中は少し薄暗い感じです。元県営住宅と聞かされた建物の廊下を歩き、

栞さんの後に続いて階段を上っていくだけです。無駄口を挟みません。

何階まで上がったんだろうと疑問を感じたところで玄関脇の呼び鈴を

押す栞さんがいました。表札は出ていませんが「503」と玄関扉に

白いプラスチック板に黒い数字が表記されたプレートが貼られてある

部屋に斎藤さんが暮らしてるみたい。栞さんが慣れた調子で挨拶して

用件をインターホン越しに伝えた後、ゆっくりと扉が開けられました。


栞さんにも漆黒の髪が印象的だった少年の話をしたけど聞き流されて

やっぱり少年は私の見た幻覚だったと無理に納得するしかありません。

本人が化けたと話してたのは私の耳に残っていても細い黒縁の眼鏡を

かけた斎藤さんとは全くの別人でした。どうすれば瞬く間に体格から

服装まで変身できます?「幻覚を見た」と思い込んだ方が気持ちも楽。


今朝の服装から眼鏡を外し、特売品を購入したと思ってしまう質感の

黒いダウンベストを羽織った斎藤さんが現れた途端、飛びつきそうな

勢いで栞さんが贈り物を手渡していました。その後に続いて渡すのは

気後れしてしまいます。プレゼントの袋を手に持って後退(あとずさ)りしました。


「ベニちゃんから聞かせてもらいました。今朝、生まれたそうですね。

一世紀を超える長い間に(わた)って生き続けるなんて大変だったでしょう。

解ったような言葉は贈れません。これは『日頃の感謝の気持ち』です。

ほら、ベニちゃんのマフラーがメインなんだよ。黙ってないで早く!」

栞さんが首を捩じって促したので、今朝の出来事は忘れて襟巻の袋を

斎藤さんに渡しました。迷惑なゴミに変わったとしても日頃の感謝の

気持ちを形に変えて贈るしかできません。照れる気持ちを胸に抑えて。


「いらないって伝えたんだけどなぁ。でも、わざわざ本当ありがとう」


若草色の風呂敷包みと銀色の袋を一緒に抱えた斎藤さんの返礼の言葉。

栞さんの風呂敷包みの中身は斎藤さんが好んで飲んでたという炭酸水

だから飲んでもらえる筈。私の手編みの襟巻は箪笥の奥に仕舞われて

忘れ去られる運命がお似合いかもしれません。今朝、屋上で見かけた

黒髪に少し寒そうな白いシャツ姿の少年が首に巻いたら似合いそう…。


「折角来てくれたんだから熱い飲み物でも出したいところなんだけど

ちょっと前に掃除班から呼び出しがあったんで手伝いに行かないと…。

車を出すんで二人を送るよ。その程度の礼しか出来なくて申し訳ない」


塞では掃除班と呼ばれる三人から仕事の手伝いを頼まれたようでした。

タヌネコ、クマネコ、トラオ、と渾名で呼ばれても平気らしい三人組。

保護者の皆様方は揃って一桁の年齢の頃から性質その他を熟知した仲、

それでも基本的に本名を名乗りたがらない様子。「飽きた」とのこと。

「スズキヨシノリ」一年前、羊の先生が自分をそう名乗ってましたが

大人同士では「モッチー」或いは「反則氏」と渾名(あだな)で呼ばれています。

こちらが聞く必要ない話題でしょう。世話して頂いてる身の上ですし。


斎藤さんは私と栞さんからの贈り物を急いで部屋の中に置いてきたら

眼鏡なしの状態で玄関の扉に施錠しました。栞さんが何も言わないし

私が口煩く喋るのも気が引けたので、三人でバケモノ寮を出ることに。


車の運転するのに眼鏡がなくても大丈夫なのでしょうか? 少し心配。


薄暗いから足元に気をつけながら足を運ばないと足を踏み外しそうな

階段を宿舎玄関まで下りないといけません。栞さんは聞き取りやすい

落ち着いた美声で彼女が一番気になる存在である羊の先生の誕生日を

聞き出そうとしていました。生まれてきた以上、誰にでもある誕生日。


誰かに話すつもりはなくても、こんな私にだってある特別な一日です。


「羊の先生の誕生日は誰に訊いても答えられないと思う。先生本人に

訊いても教えてくれそうにない機密事項なのかも。俺が知ってるのは

バケモノの身内じゃ五人しかいないよ。二人は随分前に亡くなってる。

筆名に使ってたから記憶にも留まっている九月十日と三月七日の日付。

九月十日の翌々日は元親友の生誕日だから、どうしても忘れられない。

それは兎も角、誕生祝いなんてバケモノの皆様方は誰一人喜ばない…

いや、ごめん。俺は有難く頂戴した。生きてる限りずっと大事にする。

温かな思い出をもらったんだし、今まで生きてて良かったと思ってる。

シオリは普段から羊の先生に敬意を払い尽くしてるんだ。それで十分」

しつこく食い下がろうとしてる栞さんに内心は辟易(へきえき)してるでしょうが

表に出さず、正直に本当のことを答えてくれたように聞き取れました。


学校という場所で一緒に勉強してきた仲間たちでも知らない部分は

あって当然のように思えます。現に私は栞さんの本名を知りません。

どこから来たのか家族についても聞いたことがなくても同じ部屋で

寝起きするようになって一年が過ぎました。不思議な私のお姉さん。

羊の先生の大ファンであるのは、塞の女子で知らない者はいません。


今朝、屋上駐車場で色々と聞かせてくれた斎藤さんが何よりも望んでる

贈り物を知ってしまった以上、口を(つぐ)むだけです。叶えるのは絶対無理。


時間の方から迎えに訪れ、イヤでも受け取らないとならない運命。


バケモノ寮の駐車場に出るとシルバーのワゴン車を指差しました。

ワゴン車に遠くで仕事を済ませた掃除班の仲間を乗せるようです。

運転手さんの指示に従って、栞さんと後部座席に乗り込みました。

車だと数十秒も経たずに着く距離です。車の燃料が勿体無い距離。

それでも行き先の途中として送迎してくれる厚意に感謝しないと

失礼になってしまいます。喜んでもらえる結果となる行動を選択。

いつか車の運転を覚えたら役に立つと喜んでもらえるでしょうか?


「あの人、病気だから送迎程度しか役に立たないでしょ。

いつも()ねてるし、私たちにも卑屈(ひくつ)()びてる調子で

お気の毒としか言いようがない。今頃、羊の先生は

どこか遠くの町を一軒一軒訪ねて歩いてるのにね」


シルバーのワゴン車が視界から消えて、栞さんが退屈そうに言いました。


親切に送ってもらったばかりです。栞さんだから発言できるのでしょう。

羊の先生について新たな情報が得られたら違う言葉を向けたでしょうね。

集団に放り込まれると損をする位置に立たされる者が必ず現れるのです。

私と斎藤さんは同じ損な位置に立たされてるようです。比較された上で

優劣だの評価されて、耳に入れたくない言葉を聞く人生を受け入れます。


嫌な思いをする誰かが必要なら私を選んでください。役に立ちたいから。


「昼食の当番ですし、少し早いけどソースの下拵えに入りましょう」


現在は我が家となった塞に入るよう同じ当番の栞さんを促しました。

沈みゆく泥船に似た大きな建物、どこにも動かない列車に乗ります。



動かない列車が終着駅へ到着する日まで逃げ出さずに旅を続けます。

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