示された突破口
俺達がやってきたのは、やはり体育倉庫だ。
放課後とはいえ、人通りはチラホラとある。そんな中であんな話をするわけにはいかない。
「それじゃあ早速本題に入りましょうか」
倉庫に入るなり、昼休み同様跳び箱に座ったレイネは、偉そうな口調で続ける。
「この世界には修正力のようなものがあり、シナリオから外れようとしても、その力によって修正される。……これで間違いないわね」
「……ああ、多分間違いない」
「なるほどね。なら今までに起こったことを教えてちょうだい」
「なんでお前に話さなきゃならないんだよ」
「い・い・か・ら・!」
レイネから圧をかけられ、今までの経緯を話した。
それを聞くなり、笑いを堪えるように口元を押さえ出す。
「それで? 十歳以上歳下の女の子に泣きながら話したんだ。……歳下の……女の子に……」
耐え切れなくなり、ゲラゲラと笑いだすレイネ。
「ふざけてんのか?」
「ごめんなさい……イヒッ……あまりにも……フフフッ……面白くて…………」
尚も笑い続ける性悪メイド。
ぶん殴りたい、その顔。
「ああ〜面白かった〜。なるほどね、それでそんなに頑張ってるわけか」
「気が済んだかよ」
「そうね。『四王』の協力が得られないとなると、かなり彼女を救うのは難しくなるわね」
顎に手を当て、何やら思案しだすレイネ。
おかしい。俺の言葉への返答もおかしいが、それよりもおかしいのはその態度だ。
これではまるで、レイネが俺に協力しているみたいではないか。
「ちょっと待てレイネ。お前は俺の敵だろ?」
「ああ……頑張ってるみたいだし、今回ぐらいは助けてあげてもいいかなって」
そう涼しげな声で言ってくるレイネ。
そんな彼女の様子に、疑心感を抱かずにはいられない。
レイネの目的はこの世界を改変しないこと。そして俺の目的はこの世界を改変し、ユリアを救うこと。
本来相容れないはずのレイネが、何故か俺の目的を手伝っている。
「何? 私が手伝ったら何かまずい?」
「いや、そんなことはねーけど……」
「なら問題ないでしょ。ほら、さっさとやるわよ」
なんだか腑に落ちないものを感じながらも、俺は平均台に腰を下ろす。
「『四王』からの援軍がダメなら、あなた自身が強くなるしかないんじゃない?」
平然とそう言ってのけるレイネ。簡単に言ってくれる。
「それが出来ないから困ったんだろ。リゲルが中途半端に鍛えたところで、越えられる戦力差じゃない」
「あるじゃない。あなたでも強くなれる場所が一箇所だけ」
言うと、レイネは小さく笑みを浮かべた。
「ユンリッシュ────」
「ユンリッシュ道場だろ?」
「ちょっと! 私の台詞取らないでよ!」
俺が遮るように言うと、レイネが不満げに声を上げた。
「ユンリッシュ道場は考えた。でも、あそこは馬車でも二週間はかかる。往復すれば一ヶ月。襲撃の日には間に合わない」
俺が否定すると、レイネが大仰に肩をすくめてみせた。
「分かってるわよそんなこと。でも、この世界にはそれを縮められる発明があるじゃない」
「まさか────電車か!?」
王都ギランから魔術都市アークへ開通している魔力列車。それを利用すれば、大幅な時短が可能だ。
その言葉に、レイネはニヤリと唇の端を上げた。
「電車を使えば一週間程で着くはずよ。往復込みでも、二週間の余裕があるわ」
「でも、この世界の電車は簡単に乗れるもんじゃない。実際ゲームでも、使えるようになったのはゲームの中ば────」
「あなたバカなの?」
俺が反論しようとすると、最後まで言わせることなく罵倒が飛んできた。
「あなたは今、リゲル=ヴィルヴァレンなのよ。ヴィルヴァレン家なら、列車のチケットを手に入れるぐらい世話ないわ」
「……っ!」
確かにレイネの言う通り、ヴィルヴァレン家なら列車のチケットを手に入れることが可能だ。
だが、それにも一つの問題が付き纏う。
「一ヶ月も学校をサボるなんて言って、当主が許すと思うか?」
「そこは土下座でもなんでもして手に入れなさいよ。今までも散々してきたでしょ。土・下・座」
嫌味を交えながら意見してくるレイネ。非常にムカつくが、その内容はとても真っ当だ。
今まで何度も頭は下げた。上司に、取引先に、そしてこの世界でも。
細い糸ではあるが、通せる可能性がある糸。それを掴まないなんて選択肢はない。
「これが主人公セイヤなら、この方法は使えなかったわ。シナリオの修正力により学園から動くことは出来ないし、そもそも彼は平民だしね」
そう言ったレイネは跳び箱から飛び降り、平均台に座る俺を見下ろすように言う。
「でも、あなたはリゲル=ヴィルヴァレンよ。大した出番もなく、中途半端に地位が高いあなただからこそ、ユリア=アフロディーテを救うチャンスを得た」
リゲル=ヴィルヴァレンはストーリー中の出番をほとんど終えた。つまり、俺にかかる修正力はもうほとんどない。
「絶対に掴みなさい、そのチャンスを。そして見せて頂戴。────ユリアも生きてるハッピーエンドを」
「ああ────任せろ」