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叶わぬ願い

 懐かしい雰囲気を感じた倉庫を脱した俺は、再び(いち)のCへと向かう。

 さっきはイオナスがいなかったが、昼休み終了間近の今であれば、流石に教室に戻っているだろう。


 特に貴族は規律に厳しい。一秒の遅刻も許されない貴族にとって、授業に遅れるなんて言語両断だ。

 その証拠に、まだ五分前にも関わらず、廊下には人っこ一人いない。


 日本の学校とは大違いだ。


 俺も用件を済ませて早く自分の教室に帰らねば。

 教室の扉を勢いよく開き、イオナスがいないか確認する。


 彼女は特徴的な髪色をしているので分かりやすいはずだが…………いないな。

 仕方ない、クラスの人に聞くしかないか。


「あの、イオナスさんがどこにいるか分かりますか?」

「えっ!? えーっと、そうですね……」


 近くの女生徒に話しかけると、何やら驚いたように話し始めた。

 ヴィルヴァレン家はそこそこ位が高いので、ビビってしまうのも無理ないか。


「イオナス様は稀に……時々……結構授業を受けられないことがあるので、今回もその休憩スポットにいるのではないでしょうか?」


 なるほど、サボりか。

 イオナス=フィーネは、貴族にしては珍しくサボり魔だ。

 学校に幾つかサボりスポットがあり、そこで彼女の思うがままに過ごしている。


 となると、今から行っては間に合わない。仕方ない、次の休み時間まで待つか。

 

「ありがとう。助かった」

「いえ……」


 俺はイオナスの教室を後にし、(いち)のAへと戻る。

 

 教室に入ってすぐに目が入ったのは、授業の準備をしているツキノとレイネだ。


「レイネ、貴方一体どこに行ってましたの?」

「……申し訳ありませんお嬢様。道に迷ってしまって……」

「もう入学して二週間ですわよ。もう少ししっかりしなさい」


 相変わらずの母と娘のようなやり取りだが、今見ると凄まじい胡散臭さを感じる。

 レイネが転生者だと知ってしまったからだろう。なんなら昼休みに姿を消したのは俺を呼び出したからで、微塵も道になど迷っていない。


 それにしても余計な情報を知ってしまったな。

 この二人のやり取りは結構好きだったのだが、これからは純粋に見れる気がしない。


 それなのにレイネとは利害が一致しないし、本当に良いことが微塵もない。

 つい先程敵対関係になった転生者への愚痴を心の中で呟きながら、自分の席に座る。


「リゲル様にしては珍しいですね。時間ギリギリに着席されるなんて」


 横の席に座っている豚野郎から声をかけられる。


 すごく慕ってくれているのは分かるが、俺はリゲルではないので、その態度で来られると反応に困る。


「ま……まあな……」


 ぎこちない返事を返し、授業の準備を始める。

 リゲルが意外とマメな奴で助かった。時間割がバッグに入っている。



☆★☆★☆



 この学校には『四王』と呼ばれる存在がいる。

 生徒はおろか、教師すら圧倒する力を持つ最強の生徒達だ。


 彼らの力なら、メタトロンを倒すぐらいなら可能だろう。しかし、何故か偶然たまたま、天使襲来の日に全員がこの学校にいないのだ。


 メタ的な話をすれば、覚醒した主人公より強い味方がいないと今後のストーリー上困るけど、そんなのが学園にいれば主人公が覚醒するよりも先にメタトロンを倒してしまうので、何かと理由をつけて排除したのだろう。


 結果天使襲来の日にメタトロンに太刀打ち出来る存在が残っておらず、ユリアが死んでしまう羽目になる。


 ゲームではまだ接触出来ないが、ゲームから外れた存在である俺なら、彼らに何とかして学園に残ってもらい、メタトロンを倒してもらうことが可能かもしれない。


 俺はそう信じ、『四王』の一人、イオナス=フィーネの元へ向かった。


 イオナスは父が王国の騎士団長を務めるエリート家系の出身だ。そのため、幼い頃から他の貴族以上の英才教育を受けてきた。


 結果、学院でやる内容をかなり前に習得してしまい、退屈さ故に授業をよくサボるらしい。


 そんな彼女のサボりスポットが、校舎裏にある二十メートル程のデカイ木だ。

 その幹で昼寝をするのが日課らしい。よく落ちないな。


 俺がその木の前に着くと、絶妙なバランスで昼寝をしている一人の少女を見つけた。


 三つ編みにされた、綺麗な水色の髪を持つ少女だ。

 間違いない。イオナス=フィーネ……この学年最強の剣士だ。


 大木でスヤスヤと寝息を立てていた彼女は、俺の接近に気付いたのか、パチリとその目を覚ます。


「何か用?」


 言って身体を起こすイオナス。

 髪色と同じ水色の瞳で、視線を向けてくる。


「イオナス=フィーネさんだよね」

「そうだけど。キミは?」

「俺はリゲル=ヴィルヴァレン。あんたに頼みがあってきた」

「ほ〜う?」


 イオナスの口角が少し上がる。

 彼女は楽しいことに飢えている。どうやら自分に頼み事をしてくる人間に、少し興味が出たようだ。


「ボクにお願いって何かな?」

「近々実家に帰る予定があるよな?」

「うん。あるけど、なんでキミが知ってるの?」


 彼女の視線が、怪訝なものに変わる。

 まあそうなるよな。そんなプライベートな情報、他人の俺が知っているわけがない。


「たまたまそういう話をしているところを聞いたんだ」

「ホントに〜? すっごい嘘くさいけど…………まあいいや。で、それが何か?」


 どうやら流してくれたようだ。

 そこを突かれると言い訳が出来ないので、非常に助かる。


「出来ればその日にちをズラしてもらうことって出来るか?」

「…………何の為に?」


 眉を顰めるイオナス。

 ごもっともです。


 ただ、ここで天使が襲撃してきますなんて言っても一蹴されるだけだ。今の時点では、あんなのお伽話でしかない。


 かといって、最もらしい理由もないんだよなー。


「理由は言えない。でも、約一ヶ月後の学校にイオナスさんがいてくれないと困るんだ」

「うわ〜怪しい。流石にそれでお願いを聞くのは無理かな〜」

「どうしてもか?」

「どうしても」

「ホントにどうしてもか?」

「ホントにどうしても」

「ホントのホントにどうしてもか?」

「ホントのホントにどうしても」

「これでも駄目か?」


 そう言って俺は正座し、地面に頭をつける。

 土下座。日本人に許された懇願の最終手段。今の俺に考えられる、最後の手だ。


「頼む!」


「…………そのポーズの意味は分からないけど、気持ちは伝わったよ」


 頭を擦り付けているため、真っ暗な俺の視界にそんな声が聞こえた。


「じゃあ!」


 バッと顔を上げる。

 だが、彼女は申し訳なさそうな顔で幹を降り、


「でもごめん。その日はお父さんの誕生日なんだ」


 そう言って俺の横を通り過ぎる。


「だからキミの期待には応えられないや。ごめんね」


 そのまま去っていくイオナスの後ろ姿を、俺は見ることが出来なかった。


「クソ、やっぱ運命は変えられないのかよ……」



☆★☆★☆



 俺は知っていた。イオナスが父の誕生日を祝う為に帰ることも、彼女がそれを楽しみにしていることも。


 だから覚悟はしていたつもりだったが、やはり心にくるな。


 だが諦めるわけにはいかない。俺は残りの『四王』に協力を仰ぐため、学園長室の扉を叩いた。


 残りのメンバーは今、この学校にはいない。

 超古代の遺跡の調査するため、学園長の推薦で、国の調査チームに同行しているからだ。


 そのチームが帰還するのが襲撃の日の一週間後。誰か一人でもいいので、一週間前倒しで帰還出来れば、メタトロンを倒せるかもしれない。


「入りなさい」


 部屋の中から声が聞こえ、俺は扉を開ける。


 中にいたのは、入学式でも見た年老いた女性だ。

 丸渕眼鏡をキラリと光らせ、鋭い眼光で俺を見つめている。


「一年生のリゲル=ヴィルヴァレンです。この度は学園長にご相談があり、お伺いしました」

「ほう。それで、その相談は?」

「はい。タイミヤ地区で発見された遺跡の調査に同行している、ベイパー=トラスト、カリス=ダイナム、ミーシャ=クリスタルの内、どなたか一人でいいので、都市への帰還を一週間早めて頂きたいのです」


「それは何故?」


 疑わしそうに聞く学園長。

 案の定、意味が分からないといった様子だ。


 だが、イオナス同様、天使の話をしても信じてもらえないだろう。

 俺は即座に床に頭をつけ、土下座のポーズを取る。


「なんです、そのポーズは?」

「お願いします。どうしてもその日に『四王』の力をお借りたいのです」

「正統な理由もなく連れ戻すことは出来ません。彼達を引き戻して何をするのです?」


 土下座も虚しく、当然の質問を返される。

 彼女にも断られれば、本当に打つ手がなくなってしまう。


 ここは一か八か、天使の話をしてみるか。

 これを話せば、俺が未来に起きる出来事を知っていることがバレてしまうだろう。

 だが、ユリアを救えないよりはマシだ。


 俺は立ち上がり、懐疑的な目を向ける学園長を見つめる。


「今から一ヶ月後、天使が襲来し、一人の少女が犠牲になります。ですが、『四王』の力があれば撃退することが可能です」

「だから彼達を呼び戻して欲しいと?」

「はい」


 即答した俺の姿を暫く見つめる学園長だったが、やがて大きなため息を吐きこう綴った。


「冷やかしなら帰ってちょうだい。私も暇じゃないの」


 どうやら俺の気持ちは微塵も届かなかったようだ。

 あのクソババアめ、少し期待しちゃったじゃねーか。


「今、失礼なことを考えているね?」

「いえ、滅相もございません」

「……そう」


 それっきり、無言になら学園長。

 これは完全に駄目だという合図だ。

 俺は振り返り、扉を開く。


「……本当に駄目でしょうか?」

「ええ、呼び戻すことは出来ないわ」

「…………分かりました。失礼します……」


 そのまま部屋を出る。

 手を離すと、背後でバタンという音が聞こえた。

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