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交差する想い

 学園の屋上に設置された鐘が、授業の終了を告げる音色を鳴らす。

 これにて午前の授業は終了。昼休みである。


「さて、行くとするか」


 俺は教室を出ると、食堂へと向かう生徒達の荒波を乗り越え、二つ隣の教室へと向かう。


 そこには学年最強の少女、イオナス=フィーネがいるからだ。

 メインヒロインの一人である彼女は、騎士団長の娘ということもあり、覚醒状態の主人公にも引けを取らない実力を持っている。


 しかし、事件の数日前に実家に帰省していたため、事件当日は学校におらず、ユリアは死ぬこととなった。


 だがもし、彼女が事件の日に学校にいたならば。

 その一途の望みに賭け、俺は教室の扉を開いた。


 えーと、彼女は…………


「……イオナス様ならおりませんよ」

「そうか。ありがとう」


 居ないなら仕方ない。昼食を取っているのかもしれないし、また後で訪ねてみよ………………うん?


「なんでイオナス様に会いたいって分かったんだ?」


 声のした方に目線を向けると、そこには見覚えのある少女が一人立っていた。


「レイネ=ユーズベルト……さん?」


 ツキノの使用人が何故こんな場所に?

 彼女は常に主人の側に付いているはず。

 それに何故彼女が俺の目的を知っている?


 次から次へと疑問が溢れてくる。


「……場所を変えましょう」

 

 俺の疑問を知ってか知らずか、眠たそうとしか伝わらない表情でそう告げた彼女は、俺の返答を聞くこともなく歩き始めた。


 まあ着いていくけどさ。気になるし。



☆★☆★☆



 辿り着いた先にあったのは、学院の裏手にある小さな倉庫だった。

 見た目からして、学校の体育倉庫のようだ。ラブコメだと、よく男女二人きりで閉じ込められ、あんなことやこんなことをよくしている。


 まあ、今回はそもそもラブコメではないし、彼女が俺を好いているという可能性も極めて低い。何せ彼女は、どのルートに進むかにもよるが、すぐ後に主人公を好きになる運命が待っているのだから。


「……ここなら、誰の邪魔も入らない」

「分かった」


 思考の読めないレイネに従い、倉庫の中へと入る俺。

 その不気味さに警戒心がなかったわけでもないが、このまま引き返しては後味が悪い。


 相手の思惑に乗っかっているのは確かだが、ここは従った方がいいだろう。


 中は普通の体育倉庫といった感じで、平均台や飛び箱、ボール等が整頓されて置いてある。現代のものと比べても遜色ないぐらいだ。


 この世界はそのベースこそ中世のヨーロッパだが、魔法技術が発達しており、魔法技術を応用した、かなり現代のものに近い道具も多く存在する。


 少し意外なところだと、電車や車だろうか。

 と言っても、電車はまだ王都ギランから魔術都市アークへの一本しか開通していないし、車も存在するにはするが、現時点での技術では大したスピードが出ないため、未だに移動は馬車が主流だ。


 レイネが扉を閉めたことで完全に異世界要素が無くなってしまった。今なら現代日本ですと言われてもギリギリ通用するかもしれない。


「それで、用件は?」


 俺が問いかけるが、レイネはすぐには答えず、何やら思案している。

 ここまでしておいて何もなしは通用しない気もするが。正直俺は滅茶苦茶気になるし。


「……担当直入に聞きます」

「お、おう……」


 二人の間に謎の緊張が走る。

 なんだ? 何を聞かれるんだ?


「あなたはて…………」

「て?」


「て……天気がいいですね」

「帰るぞ」

「ちょ……ちょっと待って!」


 倉庫の扉を開けようとする手を、レイネが慌てて止める。

 そうなるならさっさと言えばいいのに。


「で、本当の用件は何なんだよ」

「……担当直入に聞きます」


 なんかさっきも同じようなこと言ってたような……。


「貴方はて……」

「て?」

「て……転生者ですか?」

「えっ?」


 まさかの言葉に、素っ頓狂な声を上げる。

 なんで彼女から転生者という言葉が? 怪しい。


「で、どうなんですか?」

「そうだなー」

「はい」

「そう……そう言えば今日っていい天気だよなー」


 ふっ、我ながら神回避だ。

 俺が本当のリゲルじゃないってバレると面倒だからな。ここはシラを切らせてもらおう。


「帰りますよ」

「ちょっと待って!」


 倉庫の扉を開けようとしたレイネを、俺が慌てて止める。

 いや、バレると面倒だが、ここで帰られると色々とモヤモヤとしたものが残る。


 ふとした時に「あの質問の意図ってなんなんだろう……」って考えてしまって悶々とした日々を過ごすことになってしまう。


 これは観念して告白した方がいいか。


「そうだよ。俺は転生者だ」

「そう…………よかった〜。私の異世界生活終わったかと思ったわ〜」


 あれ? あなたそんな話し方でしたっけ?

 急に態度が変わったレイネ。さっきまでシャキッと直立していた体勢は崩れ、跳び箱の上によっこらせと座る。


「えっと……二重人格?」

「あんた鈍すぎ。あんな質問した時点で、答えは一つしかないでしょ」


 表情の見えなかったさっきまでとは打って変わり、高圧的な態度でそんな言葉を吐く。

 質問? ということはもしかして……


 異世界人なのかを聞くということは、少なくとも異世界人が存在することを認知しておく必要がある。そしてこの性格の変わりよう。それはある一つの答えを示している。


 それはつまり────


「お前も転生者なのか!?」

「正解よ。ってか答えるまで遅すぎでしょ」


 言って肩をすくめる。

 さっきまでのふんわりとした話し方とは打って変わり、やたらと刺々しい言葉遣いのレイネもとい転生者。


 恐らく転生者本来の性格がこっちなのだろう。今までのは全て演技か。


「お前こそ聞くのチキってたくせに」

「あ、あれは万が一転生者じゃなかった時が怖かったから……」

「ほら、チキンじゃねーか」

「慎重と言いなさい慎重と! バカで愚鈍なあんたよりはマシよ!」


「何を!?」

「何?」


 罵詈雑言を交わしながら睨み合う俺とレイネ。その間には、緑と赤の稲妻がぶつかり合っているような幻覚が見える。


「……辞めましょう。昼休みが終わっちゃうわ」

「そうだな。用件はこれで終わりか?」

「いえ、まだあるわ」


 まあこれで終わるわけないよな。

 自分の他にも転生者がいるという事実は、凄まじい情報アドバンテージだ。


 ただでさえ今の自分の状況が分からないのだから。


「で、あなたはどういうつもり?」


 顎に手の平を当て、不服そうな表情でそう発するレイネ。


「と言うと?」

「あんた、イオナスに会おうとしてたわね」

「ああ、それがどうした?」

「リゲルがイオナスと対面するのはかなり先のはずよ。でもあんたは、イオナスへの接触を図った」


 確かにそうだ。リゲルとイオナスの初対面は、セイヤと仲良くなったイオナスが、何故かセイヤ達のクラスの授業を共に受けた時。


 どうやら彼女も、相当このゲームをやりこんでいるようだ。


「それがどうした」

「大問題よ。それが原因でシナリオが逸れたらどうするの?」


 レイネが声色を強くする。


「この世界は限りなく『ネクブレ』に近いわ。ただ、一つだけゲームと違う箇所がある」

「俺達だな」

「そう。私達がシナリオから逸れた行動をすればする程、ゲームの世界から離れていってしまう。私が大好きだった『ネクブレ』の世界から!」


 感極まって拳を強く握りしめるレイネ。相当好きなんだろう、『ネクブレ』のことが。


「少しだけとか考えちゃいけないわ! 少しでもゲームからずれたら、それだけでキャラの関係値が変わってしまうかもしれない。私達はその役割に徹するべきなのよ!」


 身振り手振りで訴えかけるレイネ。

 要するに余計なことはするなということだ。

 オタクでよくある、『壁になりたい』というやつだろう。自分達は干渉せず、ただキャラクター達が生活する様を鑑賞する。


 レイネに転生した人物は、そういうタイプのオタクだったのだろう。


「だからこれからは、リゲル=ヴィルヴァレンからかけ離れた行動は控えて頂戴。分かった?」


 恐らく単純なオタク趣味ではあるが、彼女の言動は真っ当なように思える。

 俺達はこの世界にとっての異物だ。そんな俺達が勝手な行動をすれば、その分元のシナリオから逸脱する可能性が高まる。


 だが────


「そうするとユリアはどうなる?」

「ユリア? ああ、あなたユリア推しなのね。……なるほど、そういうこと」


 レイネは跳び箱から飛び降り、俺の顔を覗き込む。


「あなた、ユリアを救おうとしてるんでしょ」

「そうだけど?」

「だからイオナスを探してたのね。彼女がいればメタトロンを倒せるから」


 得意顔で俺を見つめるレイネ。その顔が、無性にムカつく。


「ユリアも良いわよね〜。あの非現実的なぐらい聖人なところとか、滅茶苦茶芯がしっかりしているところとか」


 目を輝かせて言葉を紡ぐレイネ。その様子から、本当に『ネクブレ』を愛しているのが伝わってくる。


「でも分かってないわね、あんた。ユリアは死んじゃうからこそ良いのよ。誰よりも優しかった彼女が死ぬことで、あのセイヤの覚醒が映えるんじゃない!」


 レイネの言葉に、俺は顔を俯ける。

 ああそうだ。ユリアは皆に愛され、そして殺される為のキャラクターだ。プレイヤーからの愛を一身に受け、そんな彼女が死ぬことでプレイヤーに感情移入させ、主人公、セイヤの覚醒を最高のものとする。


「だから余計なことはやめなさい。ただシナリオ通りに進めればいいの」


 至極当然といった顔で俺を促すレイネ。

 彼女の意見を聞いてよーく分かった。



「やっぱりお前嫌いだわ」



「は?」


 俺の放った一言に、一気に表情が険しくなるレイネ。俺の言葉が理解出来ないといった風だ。


 確かに彼女の言ったことは正しいのだろう。オタクとしての見解としても、この世界を考えての見解としても。


 俺達は世界の異物。なら出来るだけ元の世界からずれないように行動するべき────なわけあるかよ!


「俺の知るユリア=アフロディーテは、誰よりも優しくて、誰よりも強くて、誰よりも純粋で────そしてただ幸せな日々を願う普通の少女だ!」


『この幸せな日々がずっと続きますように……かな?』


 俺の脳裏に、昨夜の彼女との会話が思い出される。


「ユリアは物語のスケープゴートじゃない! 俺達と同じように生きる人間だ!」


 オタクとしてはそれが正解なのかもしれない。

 世界としてはそれが正解なのかもしれない。


 だが、そんなものどうだっていい。


「たとえオタクとして間違っていようが、たとえ世界として間違っていようが、それで一人の人間(ユリア)が死んでしまうのなら────俺は間違いでいい!」


 反論されるのが想定外だったのか、気圧されるレイネ。その表情がみるみる苛立っていくのが見える。


「なら勝手にしなさいよ! どうせあんたにどうにか出来ることじゃないんだから!」


 そう吐き捨て、倉庫の扉を勢いよく開く。

 せっかく同じ転生者に会えたというのに、また一人になってしまった。


 もしこれが前世なら、もしかすれば良きオタク友達となっていたかもしれない。……やっぱり無いかな。なんかあいつムカツクし。


 レイネが見えなくなったのを確認し、俺も倉庫を出る。

 イオナス=フィーネに、協力を仰ぐ為に。

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