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星降る夜

 この俺、坂本浩二(さかもとこうじ)の人生は、二十七年という短い時間で幕を閉じた。


 その内容も薄いものだ。

 夢という夢はなく、ただ与えられた事をこなすだけの毎日。


 小、中、高と流れるままに上がっていき、特にやりたい事もないのに大学に進学。

 食い繋ぐ為だけに会社に勤め、休日は寝るかゲームをするかの変わり映えしない毎日。最後は信号無視の車に轢かれて死んだ。


 誰だって人生の主人公という言葉を耳にしたことがあるが、俺からすればあんなもの嘘っぱちだ。

 物語に主役や脇役が存在するように、この世界にも主人公もいれば、端役だっている。


 とにもかくにも、世界の端役、坂本浩二の人生は終わりを告げた。

 だが、一つ心残りがある。それはあるゲームのヒロインを……



☆★☆★☆



「であるからして、我が校の生徒となったからには、シャルイース学生としての誇りを持ち……」


 ────声が聞こえる。

 聞いた事があるような……やっぱりないような。例えるなら、全校集会の時に校長先生の話を聞いている気分だ。


 そんな眠気しか感じない声を聞きながら、俺は瞼を開いた。

 寝ぼけ眼の瞳に最初に入ってきたのは、全く同じ服装の男女達の後ろ姿だ。


 壇上では、見たことのない年老いたの女性が永遠と話している。

 これでは本当に全校集会みたいだ。


 つい先程、俺は交通事故で死んだ。これは走馬灯というやつだろうか。


 いや、俺の通っていた学校はこんな制服ではなかった。

 ならなんだ? もしやここが天国?


「あっ、やっと起きたね」


 俺が現状を訝しんでいると、右横から囁くような少女の声が聞こえた。

 聞き覚えのある声だ。とても透き通っていて、何度でも聞いていられるような、そんな心地良さがある。


 俺は声の主へと顔を向け────硬直した。 

 俺はその少女に見覚えがあった。


 透き通るような茶色いセミロングの髪。

 快晴の如く曇りのない蒼い双眸。

 見たもの全てを安心させる聖母のような柔らかさを感じる顔が、俺のことをじっと見つめている。

 

 俺が幾度となく求め、そして一度たりとも救うことが出来なかった少女。


 『NEXT BRAVE(ネクストブレイブ)』の────いや、俺の人生の推しキャラ。


 ユリア=アフロディーテがそこにはいた。


 夢? 夢なのか?

 確認するべく、頬をつねってみる。……痛い。


「どうしたの? 急にほっぺなんてつねって」

「えっ? えっと……なんか、夢かなーって」


 しまった。状況に困惑しすぎて…………というのもあるが、どちらかというと、推しに声をかけられたせいできょどってしまい、すごくぎこちない返しをしてしまった。


 訳の分からない返しに、彼女も少しきょとんとした様子だ。かと思うと────「フフッ」と少し笑った。


「えっ?」

「いやごめん。なんか始まる前はもっとキリッとしてたからさ。こんな表情もするんだって思って」


 どうやら開式前はもっとキリッとしていたらしい。

 と笑っている姿がすごく可愛い。なんで俺とおんなじ空間にいるんだろうホント。


 さっきは分からなかったが、この服装は全て『NEXTBRABE(ネクストブレイブ)』の舞台となる学校、シャルイース魔術学院の制服だ。


 そして死んだはずの俺が、何故かこの学校の入学式の中にいる。


 ────まさかこれが異世界転生!


 ゲームの始まりも、主人公がこの学院に入学するところから始まる。そして、()()に立っているユリアから声をかけられるのだ。


 つまり、俺はこのゲームの主人公に転生したのか。

 あのユリア=アフロディーテと同じ世界に!


 これなら生前からの悲願を叶えられるかもしれない。

 それに、すぐ横にユリアがいるというのが堪らなく嬉しい。まさか彼女と学校に通えるなんて。


 俺は()()に立っている彼女に目を向ける。…………ん?


 確かユリアは主人公の()()に立っていたはず。ならなんで()()に彼女が?


 彼女の奥にいる人物は誰だろうか。

 覗き込むように、ユリアの奥にいる人物を確認する。


 そこに立っていたのは、まるで少年漫画の主人公のような、派手な黒髪の少年だ。

 背中には剣を背負っており、明らかに他の生徒達と比べて浮いている。


 間違いない。彼は『NEXTBRABE(ネクストブレイブ)』の主人公、セイヤ=バルパス。


 となると…………俺は誰なんだ?

 ちょっと待て。確か最初のイベントで、セイヤとユリアの他にもう一人キャラが登場していたような……。


 そう。確か入学式が終わると同時、ユリアの()()に立っていたキャラがセイヤにいちゃもんをつけ、決闘になるんだ。


 確かチュートリアルついでにセイヤにボコボコにされ、学院中にセイヤの強さを見せつけることになるんだよなー。

 

 確かそのキャラの名は────リゲル=ヴィルヴァレン。


 『NEXTBRABE(ネクストブレイブ)』屈指の噛ませキャラで、物語的にも全くと言っていいほど活躍のない、端役中の端役。


 初戦で負けて以降は、主人公に嫌がらせをしたり、何かすごい出来事が起こると「なんだと!?」とか「マジかよ!」とリアクションするぐらいの出番しかない。


 …………え? 俺ホントにリゲルに転生したの?

 「なんだと!?」とか「マジかよ!」とか言うだけの人生!?

 

 俺はこの人生でも端役なのか……。そういう運命なのかもしれないな。


 だが、この世界なら生前叶えられなかった夢を叶えることが出来る。


 それは悲劇のヒロイン、ユリア=アフロディーテを救うことだ。


 『NEXT BRAVE(ネクストブレイブ)』、略して『ネクブレ』。

 異世界の学校、シャルイース魔術学院を舞台にしたRPGであるが、複数いるヒロインから一人を攻略するというギャルゲー要素も含まれている。


 しかし、ユリア=アフロディーテを攻略することは出来ない。何故なら、彼女は序盤で死んでしまうからである。


 平民にも関わらずこの学校に入学してきた主人公、セイヤではあるが、貴族達はそれをよく思わなかった。

 周りが冷たい対応をする中、手を差し伸べるのがユリアだ。


 誰よりも優しく、誰よりも強い心を持っている彼女の行動はメインヒロインそのもの。

 誰もが彼女と共に繰り広げる冒険に心を躍らせ始めた時、プレイヤーの心をズタズタに引き裂くイベントが発生する。


 それが天使の襲来だ。

 突如十人の天使が姿を現し、人類のデリートを宣言する。

 そして『第一の天使』メタトロンが学園に襲来するのだが、そこで一人の犠牲者が発生してしまうのだ。


 それがユリア=アフロディーテ。

 主人公を守る為に身代わりとなった彼女は、そのまま帰らぬ人となる。


 結果、それがトリガーとなり主人公が覚醒、全ての天使を倒し、世界を守り抜く事を誓うのだが、そんなことはどうだっていい。


 ユリア=アフロディーテはもうすぐ死ぬ。

 ただの一度の間違いなく、どんな選択肢を選ぼうと彼女の死は揺るがなかった。


 それもそうだ。彼女の死こそが物語の始まりだ。

 この衝撃の幕開けは、多くのプレイヤーの心を鷲掴みにした。



 ────俺以外は。



 ああ、許せる訳がない。


 俺はただ生きていて欲しかった。なんでもないことで笑って、悲しいことで泣いて、許せないことに怒って、ちょっと変な仲間達との学園生活を楽しむ。


 それだけで良かったのに。

 彼女に幸せな人生を送ってもらうこと。それが俺の生前からの悲願だ。


 そして主人公ではないが、俺はそれを成せる立場にいる。

 このチャンス、逃すわけにはいかない。


「以上で、第五十八回シャルイース魔術学院入学式を終了します」


 司会の髪をひとつ結びにした女性がそう告げた。

 どうやら入学式が終わったらしい。

 本来のシナリオなら、ここでリゲルがセイヤにいちゃもんをつけるんだが……ボコボコにされるの嫌だな。やめとこう。


「リゲル様、リゲル様」


 と考えていると、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、少しまんまるとした短髪の男が俺に耳打ちしてくる。


「あれが例の平民ですよ。平民がこの学院にいるだけでもありえないのに、厳粛な式であんな格好。もう許しておけません」


「え、えっと…………」


 あまりの気迫に言葉が詰まる。

 いや、まあ確かに入学式に剣を背負ってくるのはアレかなとは思うんだけど、一応理由もあるし……。


 なんて言葉を考えている内に、その男がセイヤに「おいお前!」と怒鳴り込んだ。

 それにより、周りの生徒達の注目がそこに集まる。


「ここは選ばれし貴族だけが通うのを許された神聖な場所だ。決してお前みたいな平民風情が出入りしていい場所ではない!」


 我が物顔で、偏見の塊な文句を繰り出す短髪男。

 それはゲームでのリゲルの台詞そのままだ。


「それになんだその格好は! ここが神聖な式の場だと知っての狼藉か!?」

「なんだと!? これは親父から託された大切な……」

「はっ、平民の持つものなどたかが知れてる」


 そう言うとセイヤの表情が憤怒に変わる。

 背中の剣は亡き父の形見。それを侮辱されることが今の彼には一番堪える。


 今奴は、セイヤの逆鱗に触れた。

 ゲームだとリゲルだが、どうやら今回はこの小太り男が噛ませになるらしい。


 やれやれ、主人公に手を出すから────


「ですよね? リゲル様」

「えっ?」


 突然の出来事に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

 今、俺にふらなかった? 俺も巻き込まれてる?


「お前みたいなのがリゲル様と同じ学舎に通うなど、到底許されることではない!」

「ちょっと君! そんな言い方ないんじゃない?」


 たまらずユリアが割って入る。まずい、ゲーム通り彼女がセイヤ側についた。

 なんとかしてこの場を収めないと。何か、何かないか?


 うん? 胸ポケットに何か入っている?

 取り出すと、それは綺麗に折り畳まれた布だった。


 思い出した。確かこれを相手にぶつけると、決闘するという合図────


 後ろから重圧を感じ、俺の身体はバランスを崩した。

 俺は咄嗟に左足を前に出し、体勢を崩すのを阻止したが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 俺の手を離れた布は、ひらひらと宙を舞い、綺麗にセイヤの胸元へと衝突した。


 空気が一瞬にして静まり返る。そして……


「決闘だ!」

「入学初日から決闘だぞ!」

「ヴィルヴァレン家の嫡男と噂の平民が戦うみたいだぞ!」


 野次馬達が一斉に騒ぎ出す。

 辺りは完全にお祭り状態。事故ですなんて言える雰囲気ではない。


「本当にいいの?」


 とセイヤに問うユリア。

 だが父親の形見を悪く言われてブチギレているセイヤからすれば、それは愚問だ。

 元々戦いに自信があることもあり、これを好機としか思っていない。


 案の定、「大丈夫だ。アイツを倒すだけでいいんだからな」と、敵意を込めた視線を送ってくる。


 ユリアさん、お願いだから俺に聞いてくれ。俺は全然大丈夫じゃないから。

 しかし願いは叶わず、俺達は第三闘技場に移動することになった。



☆★☆★☆



 第三闘技場。その形は日本にもある一般的なホールと変わらない。二階に客席があり、その下のコートで試合が行われるのだ。


 コートでは今、俺とセイヤの二人が向かい合っている。

 因みにユリアはセイヤ側の席だ。ゲーム本編でもそうだったし、今回の流れからしてもそこにいるのは当然なのだが…………なんか彼女と敵対してるのがものすごく歯痒い。


「リゲル様ー! あんな奴一瞬で蹴散らしてやってくださーい!」


 事の元凶は真後ろの席で俺へのエールを送っている。

 あの豚野郎! 絶対に許さねえ!


「おい平民! リゲル様が勝ったらこの学園から出て行け!」


 指を指し、また勝手に話し出す豚野郎。


「はっ! ならこっちが勝ったら、親父の形見を貶したこと、取り消してもらうからな!」


 意気揚々と返すセイヤ。

 俺の知らないところで勝手に話が進んで行く。


 俺は何もしていないのに、結局ゲームと同じ展開になってしまった。

 絶対にシナリオ通りに進むようになっているのか?

 いや、流石にないか。

 ないと信じよう。


 俺はやたら豪華な装飾の剣を構える。

 この決闘では特殊な結界を張っているため、人が死ぬことはない。だから本物の武器で戦いは行われるのだ。


 刃物を持つのは怖いし、向けられるのはもっと怖いし、なんなら今からボコボコにされることが確定しているので戦いたくない。


 でもこうなったからにはやるしかない。

 俺はセイヤへと目線を向ける。

 両者構えを取って睨み合う中、無慈悲なゴングが鳴り響いた。


「うおぉぉぉぉぉぉ!」


 がむしゃらにセイヤへと向かっていく俺。

 セイヤはそんな俺の動きを見るや、手に持っている剣に炎の魔力を流し込んだ。


 魔力に反応し、剣が赤く光り輝く。

 ゲームで何度も使ったので分かる。アレは────


「爆炎剣」


 溢れ出る炎の魔力を纏い、剣を俺へと振り下ろす。

 身体に車でも降ってきたんじゃないかと思う程の重たい衝撃が走り、そのまま俺の身体は地面に叩きつけられた。


 結界のおかげか、なんとか意識は保った俺。

 だが身体は地面にめり込み、その痛みから、とても一人で動けるような状況ではない。


 たったの一撃で撃沈。

 俺がど素人だからというのもあるが、そもそも修練の量や才能がケタ違いだ。


 これが主人公と噛ませキャラの違いか。負けると分かっていた勝負だというのに、何故だか悲しい気持ちになる。


 立ち上がれない俺を見かねて、手を差し出すセイヤ。


「ほらよ、これでチャラだ」


 と言って笑顔を向ける。

 確かゲームでは、リゲルが差し出された手を弾き、取り巻きにコートの外まで連れて行ってもらうんだよな。


 今差し出されたから分かるが、リゲルって本当に屑野郎だな。普通手を差し出してもらって、弾こうとか思わないって。


 俺は上半身を起こし、右手を差し出した。……が、

 だが、身体を支えていた左手が少し滑り、身体が若干傾き、気がつけば、差し出されたセイヤの手を弾いてしまっていた。



 …………………偶然なのか?



 助けに来た取り巻きに連れられながら考える。

 俺がゲームのシナリオからズレようとする度、必ず元のシナリオ通りになるよう修正される。


 決闘を避けようとふれば野次馬に押されて決闘を仕掛けてしまい、握手しようとすれば左手が滑り相手の手を弾く。


 まるで、世界が転生者()という歪みを正すように。


 これらの出来事は偶然なのか? それとも、シナリオには抗えないというのか?

 そんなはずはない! もしそうなら、彼女は……

 俺は茫然としながら、スタンドに座るユリアへと視線を送る。



 彼女は────死の運命から逃れられないじゃないか。



☆★☆★☆



 シナリオから脱れられないなんて、そんなことあるはずがない!

 保健室で傷の治療を終えた俺は、それを証明するべく廊下を歩いている。


 ゲームならこの後、セイヤはヒロインの一人、ツキノ・ユーズベルトと会うはず。それを阻止出来れば……。


 目線の先にドリルのような縦ロールの金髪頭が見える。間違いない。ツキノ=クレイドルの後ろ姿だ。


「ツキノ様!」


 俺の声を聞いたか、振り返る金髪お嬢様。


「これはこれは負け犬家のリゲルさん。私に何かご用でも?」


 真っ赤に燃える赤眼で、鋭い視線を睨みつけるツキノ。

 彼女も貴族思想が強く、平民の入学を快く思っていない。


 だからこそ、さっきの決闘で俺が負けたことに随分とお怒りのようだ。

 まあ、その平民に後々惹かれていくことになるのだが、今はどうでもいいことだ。


 彼女とセイヤを接触させない。それで運命を変えられると証明する。


「ツキノ様に見せたいものがありまして」

「見せたいもの? 何故貴方がわたくしに?」


 訝しげに問いかけるツキノ。

 そうだよな。そう思うよな。


 だが、見せたいものなんて考えていないし、その理由も当然考えていない。でも、このままではセイヤ達と会ってしまう。


「ついてきてください」

「ちょっ! お待ちな……」


 俺はツキノの腕を掴み、校舎を出る。

 確か今は、ユリアが校内を案内しているところだ。

 ゲームでは時間が足らず、校庭を案内出来ずに終わる。つまり、ここにいればセイヤ達と接触することはない!


「ちょっと貴方……リゲル=ヴィルヴァレン!」


 ツキノは名前を叫び、俺の手を振り払う。


「レディをいきなり連れ出すなんて、どういう教育を受けていますの貴方は!」


 怒気の籠った声で、苦言を漏らすツキノ。


「…………」


 今更になって自分の取った行動を思い返す。

 セイヤ達から遠ざけることに必死で、相手への配慮が足りない行動をしてしまった。それでは彼女が怒るのも当然だ。


「すみません……強引に連れ出したりして」

「ホントですわ。この公爵令嬢ツキノ=クレイドルにこんな愚行。恥を知りなさい!」

「すみませんでした!」


 俺は即座に腰を九十度折り曲げる。

 彼女が公爵家だからというのもあるが、ただただ俺の身勝手に巻き込んで申し訳がない。


 ただ、これで証明が出来る。決められたシナリオを変えることが出来るということが。


「それで、見せたいものとはなんなんですの?」

「えっと……それは…………」


 しまった。連れ出すのに必死で何も考えていないんだった。

 でも、何もありませんというのも申し訳ないし、何か近くにちょうどいいものとか……あれなら!


「あそこの花壇です!」


 言って校庭の端にある花壇を指差す。

 花壇の花を紹介する為に大した関わりのない公爵令嬢を連れ出すのは大分不自然だが、この際仕方ない。ユリアを救えないよりはマシだ。


「花壇? あんなものの為にわたくしを呼び出したんですの?」

「アハハ……あまりにも綺麗だったもので……」


 あきれ顔のツキノに、苦笑いを浮かべる俺。

 なんだか納得いっていない様子だが、ここは強引に押し切ろう。

 

 俺は花壇へと足を進める。

 もうそろそろユリアの校内案内が終わる頃だ。少ししたら適当に切り上げ、教室に戻ろう。


「ここが花壇で────」

「ここが花壇だよ」


 俺が紹介しようとした後で、聞き覚えのある声が聞こえた。

 俺が最も愛する声で、今は最も聞きたくないその声が。


 馬鹿な……そんなはずがない。きっと空耳だ。

 恐る恐る後ろを振り返る。そこには、見覚えのある男女の二人組が立っていた。


 誰もが魅入るような絶世の美少女と、背中に剣を背負った少年。

 ユリア=アフロディーテとセイヤ=バルパス。どうしてこんなところに……シナリオ通りなら校庭にはこないはず…………。


「あっ、ツキノさんにリゲル君」

「なんだ、ワカメ野郎じゃねーか!」

「ど……どうしてここに……」


「あー、ほら、私達は中等部からずっとこの学院にいたけど、セイヤ君は高等部からだからさ。校内を案内してたんだけど、最後はここがなって」


 俺が無意識のうちに漏れ出した問いに、平然と答えるユリア。

 間違ってはいない。ゲームでもそういう理由で主人公に校内を案内している。ただ、ゲームではツキノに絡まれ、校庭を案内する時間がなくなって…………。


 そうか、ツキノを連れ出したことで、校庭を案内する時間が出来てしまったのか。


「貴方が噂の平民ですわね」

「だったらなんだ?」

「よく聞きなさい。ここは貴方なんかが通っていい場所じゃないんですの……」


 何度も聞いたツキノとセイヤによる口論。それと全く同じ内容の会話が、俺の横で繰り広げられる。

 どんどんと血の気が引けていくのが分かる。


「あっ、そういえばワカメ頭!」

「リゲル君だよリゲル君」

「そうだリゲル! 勝ったんだから、ちゃんと謝れよな!」


 そう言ってふんぞりかえるセイヤ。

 これもゲームであった内容だ。教室に戻ったセイヤが治療を終えたリゲルと再会し、このイベントが起こる。


 だが今回は校庭で会ってしまったので、そのイベントが前倒しで発生したのか。


 だがこれは好機だ。

 このイベントでは、最後までリゲルは謝罪することなく終わる。つまり、ここで俺がセイヤに謝罪すれば、シナリオを変えることが出来る。


「すまな────」

「するわけないでしょう。平民なんかに」


 横槍を刺したのは、ツキノ=クレイドルだ。

 しかも、それはゲームでリゲルが発したのと同じ台詞。


「なんだと!?」

「わたくし達と平民は生きる世界が違うのです。だから謝る筋はございませんわ!」

「それは違う。貴族だとしても、約束は守るべきだよ!」


 御託を並べるツキノに対し、反論するユリア。

 同じだ。ゲームと全く同じ展開だ。


「話になりませんわね。わたくし達はこれで失礼しますわ」


 ツキノが俺の腕を掴み歩き出す。

 不味い。このままイベントが終わってしまう。

 早く謝罪しないと。シナリオは変えられると証明しないと……。


「セイヤ!」


 引きずられながら呼びかける俺に、反応を示すセイヤ達。

 今だ。今なら言える……。


「ご……ご『キーンコーンカーンコーン』」


 俺の言葉はチャイムの音にかき消され、なす術もなく校庭から遠ざかっていく。

 何も出来なかった。その無力感に頭を埋め尽くされながら、俺は教室へと戻った。



☆★☆★☆


 

「ということで、これからは高等部としての責任を持ち、一層勉学に励むように」


 そう言い残し、クラスの担任ジェールズ=バーパは教室を去った。

 それを皮切りに、次々と席を立つクラスメイト達。


「リゲル様、我々も帰りましょう」


 ホームルームが終わったにもかかわらず、一向に立つ気配がない俺を見かねたのか、隣の席に座っている豚野郎から声をかけられた。


「いや、今日は一人で帰る」

「でも……」

「今は一人にしてくれ……頼む……」


 俺の言葉に戸惑った表情をした豚野郎だったが、やがて「分かりました」と言って去っていった。


 帰りも一緒ということは、彼は恐らくリゲルの取り巻きなんだろう。

 少し申し訳ない気もしたが、気持ち的にも今はそれどころではない。


 何度もシナリオを変えようとチャレンジしたが、一度として変えることが出来なかった。いや、正確にはすぐに修正されたと言う方が正しいか。


 つまり、俺がどれだけ足掻いたとしても、運命を変えることは出来ない。ユリア=アフロディーテは確実に死ぬ。


 せっかく『ネクブレ』の世界に来れたのに。せっかくユリアと同じ世界にいるというのに。その結末がこれかよ!


 生前、俺は彼女が死なないルートを探るべく、何度もこのゲームをプレイしてきた。

 それが俺の生き甲斐だったから。ユリア=アフロディーテが全てだったから。


 例えなんの変哲もないつまらない人生だったとしても、彼女がいるだけで幸せに思えた。彼女の存在が救いだった。


 だが、そんな世界は存在しなかった。


 何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何何何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度何度プレイしても、彼女が生きている未来なんて存在しなかった。


 この世界に来ても、それは同じだ。ただ俺は、彼女が死ぬイベントを待つことしか出来ない。


 気がつけば俺は拳を信じられないくらい握りしめていた。見てはいないが、顔も酷く歪んでいるだろう。


 せっかく彼女を救える立場にありながら、俺には力がない。


 例え彼女を救おうと足掻いても、世界はそれを容易く修正してくる。


 最初から、俺にどうこう出来る話じゃなかった。俺はこの物語の端役なのだから。


 いつの間にか、教室には俺以外、誰一人としていなくなっていた。

 空も紅くなってきてるし、そりゃ誰もいないよな。


 …………俺も帰るか。


 足元に置いてあった荷物を持ち、教室を後にする。


 憧れの『ネクブレ』の世界に転生したっていうのに、ビックリするぐらい興奮しない。

 それどころか、これからユリアが死ぬところを見なければいけないと考えると、むしろ陰鬱なぐらいだ。


 ゲームで何度も見たユリアの死。あの時ですらあれだけ心が痛んだのに、それを現実で見たのなら…………想像しただけで吐き気がする。


 さっきまで天国だと思っていたのに、一気に地獄に叩き落とされた気分だ。

 このまま何もしなければユリアは死ぬ。ただ何かしても修正されてユリアが死ぬ。


 こんな最悪な二択あるか? いや、実質一択か。

 学校への登校も、授業終わりのチャイムも、全て絶望へのカウントダウンのように感じる。


 そう考えれば、彼女と一緒にいられる空間、それそのものが億劫だ。


「……学校辞めるか」


 ふと俺の頭に、そんな言葉が浮かび上がる。


 だがそうすれば彼女の死を見なくて済む。

 アフロディーテ家は名門のため、実家にいても訃報は入ってくるだろうが、同じ学校に通うよりは遥かにマシなはずだ。


 貴族故、不登校が許されるかは分からないが、まあなんとかなるだろう。多分。

 少なくとも、彼女の死を回避する方が明らかに難しい。


 それに、リゲルは伯爵の位を持つヴィルヴァレン家の跡取りだ。

 余程大きなミスをしなければ、人生の成功は約束されているも同然。


 なんだ、リゲル=ヴィルヴァレンも結構当たりじゃないか。なんなら死ぬ気で頑張ってようやく報われる主人公よりも全然良い。


「よーし、そうと決まれば、この異世界生活を全力で楽しむぞー!」


 おー! と両腕を上げると、窓の外に一人の少女の姿が見えた。

 夕暮れの陽に照らされながら、噴水を見つめる妖麗な少女。


 間違いない。ユリア=アフロディーテだ。


 あのクラス最後の一人は俺だと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 それにしても、あんなところで一体何してるんだ?


 好奇心のままに歩み出そうとしたが、それを理性が引き止める。

 俺は彼女を見捨てようとしているのだ。話す資格なんてあるのだろうか。


 それに、彼女はこれから死ぬ運命だ。親しくなれば親しくなるほど心苦しくなる。

 …………帰ろう。今はそれが一番だ。


「あっ、やっぱりリゲル君だ!」


 !!


 その声に反応し、咄嗟に声の方へ向いてしまう俺。

 その方向には、やはりユリア=アフロディーテがいた。


 俺の反応を見るなり、嬉々として俺へと駆けてくるユリア。


「ど、どうしたんだ?」

「今帰り?」

「……そうだけど……どうかした?」

「いやー、大した用じゃないんだけどさ……」


「……うん」

「……やっぱなんでもない」


 そう言って苦笑する彼女。まるで天使のような愛らしさだ。

 って、それに誤魔化されてたまるか。


「えー、そこまで言ったなら聞いてよ」


 こんなことされれば、気になって夜も眠れない。絶対にコレだけは聞き出さなければ。

 それにしても用とはなんだろうか。少なくともゲームのイベントではそんな物はなかった。


 恐らくゲーム本編外の話。この世界にとっては存在していて、プレイヤーの俺では知る由もなかった彼女の話だ。気になる。


 彼女と話してはいけないと分かっているのに、身体がこの場を離れることを許さない。

 ホント、正直な身体だ。


「……分かった」


 彼女は少し呼吸を整えると、俺の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「何かあった?」

「えっ?」


 予想外の問いに、酷く動揺する。

 そんな表情の機敏を感じ取ってか、ユリアが少し詰め寄ってくる。


「すごく酷い顔してる」

「悪口?」

「違うよ。決闘に負けた辺りからかな、明らかに君の表情が変わったの」

「そ、それは……」

 

 寄り添うような視線を俺に向けてくるユリア。

 うっかり話してしまいそうになるが、こればかりは話すわけには行かない。

 何かいい返しを考えなければ。

 

「…………」


 上手い返しが思いつかず、無言になる俺。

 何か答えなきゃいけないのに、何も言葉が思いつかない。そもそも彼女にどんな顔をすれば…………


「……ちょっと着いてきて」

「へっ?」

「大丈夫。ここからそんなに離れてないから」


 そう言ってユリアは、俺の手を引いた。



☆★☆★☆



 ユリアが向かった先は、学院の裏手にある山の頂上だった。

 空はとっくに夜に染まっており、都会では見えない数の星が、俺達を照らしていた。


「そんなに離れてないって言わなかった?」

「距離的にはそんなに離れてないでしょ? まあ登るのは大変なんだけど」


 してやったりという顔をするユリア。これは確信犯だな。可愛いからいいけど。


「それで、ここで何するの?」


 辺りを見回しても木や岩があるだけで、目新しいものは見受けられない。

 星空も登る時に散々見たからな〜。確かに綺麗だろうけど、今更見てもという感じだ。


「もうそろそろだよ」

「そろそろ?」


 ユリアが上を向くのに釣られて、俺も目線を上へと向ける。

 目の前に広がるのは無数の星。その中を、一筋の光が駆け抜けた。


「あっ……」


 それに続くように、次々と光の線が星の波を駆け抜けていく。

 まるで夜空というキャンバスに絵を描くような。そんな幻想的な光景に、しばらく意識を奪われていた。


「クリス先生の言った通りだ。ホントに星が降ってる」

「……これを見せる為に?」


 ユリアは答えるように、コクリと首肯した。


「知ってる? 星降る夜に願いを祈ると、そのお願いは叶うって言い伝えがあるんだよ。だから君も祈りなよ。きっと、少しは楽になるよ」


 まさか、その為に……。

 俺はユリアへと顔を向ける。


 その横顔は女神のような、聖母のような、そして無邪気な子供のようにも見える。


 ああそうだ。俺の知っているユリア=アフロディーテは、誰よりも優しくて、誰よりも強い心を持っていて、そして誰よりも純粋な、そんな少女だ。


 ────目頭が熱くなった気がした。


 それを感じると同時、一粒の水滴が頬を伝う。


「………………俺、叶えたい夢があったんだ」

「…………」


 ああ、駄目だ。言っちゃ駄目なのに…………。

 一度溢れ出したが最後、堰を切ったように、俺の言葉は止まらない。


「でも現実は上手く行かなくて。俺には何かを成すだけの力も覚悟も持ってなくて。とても運命には敵わなくて……」


 吐露を始めた俺の言葉を、ユリアは真剣な眼差しで受け止めている。

 その表情に、心がどんどんと氷解していくのを感じた。


「俺は端役なんだ! どうしようもないただの端役なんだよ! どうすればいい? 俺は一体どうすればいいんだよ!!」



「答えは出てるじゃん」



 ユリアはそう言うと、未だ流れ星の止まない空を見上げた。


「なんで星は降ると思う?」

 

 答えない俺の表情を見て、彼女は続ける。


「私はこう思うんだ。きっと星も、ただじっと輝くって運命から逃れて、空を冒険したくなったんだって」


 そして彼女は俺へと視線を戻し、笑みを浮かべる。


「無視しちゃいなよ。運命とか端役とか、そんなもの振り払って、自由に空を駆ければいいんだよ。────あの星達のように」


 まるで希望しか見えていないような蒼い瞳で、そう告げるユリア。


 …………まったく、流れ星をどれだけとっぴな解釈すればそんな風になるんだか。


 どこまでも甘っちょろい理想論。現実味の欠片もない無茶苦茶な理論。


 あ〜バカバカしい。

 何が運命だ。何が端役だ。そんな事で悩んでたのが馬鹿みたいじゃん。


「スッキリした?」

「すっごく」


 そう言ってニコリと笑うユリア。

 ああホントに、これを世界から失くすなんて惜しすぎるっての。


「ユリアは流れ星になんて願うんだ?」

「えっ? そうだな…………」


 顎に手を当て、考え込むユリア。


「この幸せな日々がずっと続きますように……かな?」

「フフッ」

「あー、笑ったなー」

「ごめんごめん」


 あまりにも彼女らしい答えに、思わず笑みが漏れてしまった。


「それじゃあ君の願いは?」


 俺の願い? そんなもの決まってる。

 運命も端役もそんなもの関係ない。

 俺は、自分を縛っていた全てをかなぐり捨て誓う。


「大切な人の願いを絶対に叶える……それが俺の願い」


「……そっか。叶うといいね」


「……叶えるよ、絶対」


 星降る夜に交わした誓い。

 この瞬間、端役の俺、リゲル=ヴィルヴァレンの物語が始まりを告げた。



              プロローグ 〜星降る夜に〜

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