食事?
「一体何の真似だ?」
当然のことだが、俺はルイーダに尋ねる。単なる冗談なら笑えない冗談だ。
「え?食事ですけど……」
ルイーダは意味が分からないという風に首をかしげる。
「ほう。これが食事か……ならばお前が食って見せろ」
内心馬鹿にされたと思い腹が立つも、何とか抑える。これが普通の相手なら蹴り飛ばしていたかもしれない。
「良いですけど……」
そう言ってルイーダは何処からか取り出したスプーンで、ヘドロを溶かした様なスープを掬い、躊躇いもなく口に入れる。そして特に何かを我慢した様子もなくそのまま飲み込んだ。
「確かに美味しくはありませんが、普通の味ですよ?」
もしかして見た目が悪いだけで味は普通なのか、との考えが一瞬頭をよぎるが、直ぐに否定する。こちらに漂ってくる臭いだけでも殺人的だ。口の中に入れるどころか、手に持つことすら躊躇われるようなものだ。
「お前はいつもそんなものを食べていたのか?」
「そうですね。多少の違いはありますけど、大体似たような食事でしたね。違うのはシチュエーションでしょうか。こんな器に入れてスプーンで食べられることは稀で、大抵は床にこぼされたものを、頭を踏みつけられながら這いつくばって食べるか、縛られて身動きが取れない状態で無理やり喉に流し込まれるか、頭から浴びせかけられたものを舐め取るかぐらいでしょうか」
真顔でそんな返答をされても困る……これならまだ冗談と言われた方が良かった。
「俺はそんなものは食べない。別に王侯貴族が食べる様なものを出せといっている訳ではない。ライ麦パンにコーンスープ、新鮮なサラダ、メインで何かの肉か魚の料理。それぐらいは出せないのか?そもそも王女だった時代もあるのだろう?」
「出せない事は無いと思います。幸せな時代は何となく覚えているだけなので、自信は無いですが……」
「じゃあ、それで良い。出してくれ」
どんな物でも、今の物よりはましだろう。ルイーダが再び目を瞑ると、今度はテーブルの上に、注文した通りの食事が出てきた。パンは何となく堅そうだし、スープも湯気が立っている訳ではない。サラダは萎びており新鮮とは言い難かったし、メインの料理はステーキだが、古い肉のように黒ずんでいて色的に全く美味しそうに見えない。
それでも先ほどのゴミよりはましなので、比較的まともそうなスープを一掬いし、口の中に入れる。……味がない。美味い不味いの前に、全く味がしない。次に味だけは濃そうなステーキを一切れ食べる。……これも味がない。歯ごたえも肉のものではなく、まるで藁くずを固めた物を口の中に入れているようだ。飲み込むことすらできず、そのまま皿に吐き出す。
「一体何だこれは」
「形だけ何となく覚えている食事です。美味しくなかったですか?」
上目遣いにおどおどと聞いてくる様子は、とてもふざけているとは思えない。それ故に怒りのやり場が無く、かえってたちが悪い。俺は片手を額に当て、天井を見上げる。どうしたものだろうか……
「あっ、そう言えば、ヴィル様は私と同じように負の力を、直接身体に取り入れることが出来るのではありませんか?最初は疑似的に魂を食べるような感じになりますけど、慣れたら私と同じように、体内に負の魂を取り込んでおけば食事の必要は無くなりますよ」
良い事を思いついたという風に、ルイーダは笑顔でそう言ってくる。魂を取り込むってどういう事だ?だが、それが本当なら俺は更に強力な力を手に入れることが出来る。そうしたらこんな場所を離れて、違う世界に行けるかもしれない。
「やり方が分からないな。教えてくれ」
「勿論です。そうですね。先ずはヴィル様が一番憎く思っている相手を思い浮かべてください。出来れば異性が良いですね。そう言った相手の方が都合がいいのです。私の中にある魂の煉獄の中から抽出してみましょう。ただ、ヴィル様が思い浮かべた相手が魂の煉獄にいるかどうかは分かりませんが……所謂負の感情が全くない善良な人物だと、魂のゆりかごの中に捨てていますから……それと煉獄の中の魂は互いに食い合って、混じり合ってますから全く同じ人物は抽出できないと思います」
……言っている意味が良く分からないが、取りあえず言われた通り、自分の魂に深く刻まれた、憎いという一言では表せない女を思い浮かべる。名前はエカテリーナ・ネーヴェ・フリューゲル。
忘れもしない。俺を最初に裏切った女だ。王家に生まれ、聖女として俺を召喚し、共に冒険をし魔王を倒した。その後俺と結婚して王位を継いだが、それは偽装結婚だった。俺は魔王を倒すためと、王位を得るための道具だったのだ。聖女面して腹の中は真っ黒だったのだ。
毒を盛られ意識が朦朧としていく中、産んだ子供は俺の子供じゃないと言われた。俺とその手の事をする時は魔法で避妊していたらしい。横にいる恋人と一緒に死の苦しみを味わう俺を蔑み、声をあげて笑っていた。ご丁寧な事に即死の毒ではなく、苦しむ神経系の毒を使いやがった。思い出すたびにはらわたが煮えくりかえる。
ふとルイーダの方を見ると、どことなく上の空で口の中をもぐもぐとさせている。暫くそうしていると床に赤黒い塊を、口の中からペッと吐き出した。それはグネグネとうごめき、次第に大きく、人型になっていく。
変化が終わってそこに現れたのは、がりがりに痩せて生気のない目をし、薄汚れた全裸の女だった。
「さあ、お召し上がりください」
ルイーダが満面の笑顔でそう俺に話しかける。俺はルイーダの言っている意味が分からなかった。
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