第1話 蹂躙の始まり
「ベルよ、貴様は追放だ」
国王の冷徹な言葉が荘厳な王宮の間に響き渡る。
「な、なぜだ国王よ、私は平和のために最善を尽くしてきたはずだ」
「最善だと? 貴様は我が王国の宮廷魔術師。最前線で魔物を殲滅するのが貴様の役目であろう
。なのに貴様のやってきたことと言えば政治に口を挟み、我らの邪魔をするばかり。貴様のよ
うな無能は追放されて当然であろう」
「私はただ、民を守る為に……」
「黙れ! 何を言おうともう遅い。後釜は既に決まっておるのだ」
国王のセリフを合図に、その王座の横で控えていた長髪の女が1歩前に出る。
「後のことは私に任せてどうぞ隠居生活でも送ってください。先輩♪」
腕を組んで大きな胸を持ち上げたその女は新たな宮廷魔術師として選任されたリーゼ・シュ
トローム。態度は横柄だがその実力は本物で、2つの魔法属性と4つの魔法陣を同時に展開でき
る天才魔術師だ。
「そういうことだ。用済みの貴様にはさっさと出て行ってもらおう」
これまで魔国との戦争状態にある王国に尽くしてきたベルだったが、この一方的な物言いに
よって彼の中の何かが切れた。
「……はぁ。いいんだな? 本当に」
「なんだと?」
突然無礼な物言いになったベルに対し、国王が眉を寄せる。
「民には平和を謳いながら己の身を肥やす事しか頭にない無能なお前らに変わって俺が終戦へ
の舵取りをしていたというのに」
「頭が高いにも程があるぞッ! 近衛兵! こやつの首を叩き斬れッ!」
国王の命令で左右に等間隔で並んでいた無数の兵士達が統率された動きで槍を構える。
「そんなに戦争がお望みか。いいだろう」
ベルの周囲をドス黒い魔力が包み込み、これまでの白と銀を基調としたローブから、漆黒の
装甲を纏うモンスターへと変貌した。
「な、なんだその姿はッ! 貴様魔族だったのか!?」
「たった今から俺は人類の敵だ。かかってこい雑魚共」
「よくも騙してくれたな無能の分際で! やれ近衛兵!」
数十人の近衛兵がベルに対し左右から同時攻撃を仕掛ける。
無数の槍がベルを貫くその直前──
──ドォォォオオオオオンッッッ!!!
ベルを中心に魔力の波動が放たれ、近衛兵達は羽虫の様に吹き飛んでいった。
それを見たリーゼが驚愕する。
「今何をしたの!? 魔法陣を使わず魔法を発動させるなんて!」
「今のは魔法ではない。抑えていた魔力を解放しただけだ」
「そんな……」
常識を超える魔力量に戦慄して無意識に1歩後退ったリーゼを見た国王が叫ぶ。
「何をしているリーゼ! 早く奴を殺せ!」
ハッとなったリーゼが素早く魔法陣を組み始める。その才能を十全に発揮し、水属性と風属
性それぞれ2つずつの魔法陣を高速で展開する。
──ハイドロキャノン
──ウォーターカッター
──ウィンドブレード
──ストームスピア
「死になさい!」
殺傷能力の高い4つの攻撃魔法が同時にベルへと迫るが──バシュゥゥッッとベルの膨大な魔
力に触れた瞬間、その全てが霧散した。
「ばかな! なんて魔力障壁の強度なの!?」
「魔法がチンケすぎて俺の魔力に干渉できないだけだ。障壁を張るまでもない」
「ありえない……ッ!」
「同時展開が自慢なようだな。俺が手本を見せてやる」
そう言ったベルの周囲に無数の魔法陣が出現していく。
その数は──20、30、40、まだ増えていく。
属性も火、水、土、風、雷、光、闇、全ての属性を兼ね備え、その1つ1つにリーゼのものと
は桁違いの魔力が込められている。
魔法陣の数は100にまで達した。
「あ、あぁ……ぁぁあ……」
「なにをしているリーゼ! 儂を守れ!」
「む、無理です! 彼に敵う者など何処にも居ません!」
「ようやく理解したか。貴様らは蟻の分際で龍の尾を踏んだのだ」
──その日、王都の中心で巨大な虹色の光の塔が発生し、一夜にして王城が崩れ去った。
魔法通信で緊急通報を受けた勇者が駆け付けた時には既に何もかも消し飛んだ後だった。
ベルの前に現れた長身の男──勇者は瓦礫の山に埋れた国王や近衛兵達を見た後、ベルに怒
りを宿した碧い眼を向ける。
「お前がやったのか……?」
遮るものが無くなり、吹き抜けの風が勇者のさらさらとした金髪を揺らす中、太い腕で革ベ
ルトに提げた聖剣の柄に手を掛ける。
「だったらなんだ?」
「お前を殺す」
聖剣を抜き放った勇者がその切っ先をベルに向ける。
「まだお前と戦うつもりは無い。お前が真に平和を願うなら分かり合える時が来る。俺の元に
辿り着くまでにどっちが悪魔か考えてみろ」
そう言い残し、空間に穴を空けたベルは時空の彼方へと去って行った。
──転移した先は魔国の王城。
「お帰りなさいませ。ベルゼビュート様」
「「「「「お帰りなさいませ」」」」」
片膝を付いて迎えたのは魔王に仕える悪魔メイド達とその長、アルテミス。
悪魔メイド達は羊や山羊、牛などの角や犬、猫、兎の耳といった動物の特徴を持っており、
その中でもアルテミスは艶やかな黒い長髪の間から一際目立つ鬼のような角を生やしている。
その胸はメイド服を内側から破りそうなほど大きく、人間ではありえない程のくびれと張り
出した臀部が妖艶なアウトラインを描き出し、悪魔的な美を誇っている。
「長期の王国への潜入、ご苦労様です」
「あぁ、まったく無駄な時間だった。どうやら奴らは戦争を終わらせたくないらしい」
「ベルゼビュート様のご厚意を無下にするとは、なんと愚かな。すぐに攻め滅ぼしましょう」
「あぁ──蹂躙の始まりだ」