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31.第六章四話



 翌日。リーゼロッテは朝からアルフレートと共に馬車に揺られていた。アルフレートは向かい合ってではなくリーゼロッテの隣に座っている。

 領地内に四散している残りは下級の魔物ばかりなので、この騒動が起こってから働き詰めのアルフレートは半日の休養が与えられているということで、魔物の捜索には加わらずにここにいる。

 リーゼロッテの馬車嫌い――恐怖症にも近いそれについては、気づく人は気づく。直接何も言ってこないアルフレートも察しているのだろう。だから隣なのだ。


「それにしてもすごかったよね、浄化の神聖術と光魔法の複合技。よく編み出したものだよ」


 アルフレートが話題に出したのは昨日のリーゼロッテの術についてだ。


「誰でも思いつくようなことだと思うのだけれど」


 賞賛を受けても、リーゼロッテは首を傾げるばかりである。

 術の効果範囲や対象の指定は魔法に頼り、術によって齎される効果だけに神聖力を集中させることで、本来の神聖術よりも神聖力の温存が可能となる。それだけのことが画期的らしい。

 複数の魔法を組み合わせた複合魔法は例がある。それを魔法と神聖術でやったに過ぎない。高度な技法を持ち合わせていなければ可能とならない術だけれど、ただの応用だ。リーゼロッテとしては特段「発想が素晴らしい」という認識がないものの、周りの評価は異なる。


「神聖術は神聖術、魔法は魔法という考え方が昔から強かったからね。仮に合わせて発動させることを思いついたとして、成功させられるほどの技術まで持ち合わせているかどうか。使用できた聖者がいなかったから記録もないんだよ」


 確かにそのような記録は残っていない。

 魔法と神聖術は奇跡を起こす力として似ている部分はあるけれど、やはり根本的なところが異なる。発動させるには魔力と神聖力、それぞれ違う力が必要なのだ。別物という認識が強く、組み合わせるという発想に至らないのが普通なのだろう。


 リーゼロッテの場合、体が弱すぎることが常に憂慮されている。そのため術を使う際の負担を可能な限り軽減させたいと、自ら色々と研究を重ねてきた。その結果が複合術だ。そんな、これまでの聖者とは違った前提条件があったからこその発想でもあるのかもしれない。




 そう時間をかけず、馬車は目的地に到着した。領主邸がある街内の病院である。今回の騒動で負傷した者達――特に重傷者がこの病院に運ばれているのだ。

 家を追われた人達がいるため一時的な避難場所としても開放されているので、病院内は人が多かった。

 この病院の設備はあまり良いとは言えないのが一目で判別できた。建物自体は修繕の跡が散見されるし、備品も少ない。税収から十分な金額が充当されてこなかったのだろう。


「第二皇子殿下……と、聖女様!?」

「聖女様だ」

「初めて見た……」


 病院に現れた聖女と第二皇子の姿に病院内にいた人達の反応はそれぞれながらも、共通しているのは驚愕している点だ。高貴な身分の二人が揃ってやって来た衝撃に目を丸めている。

 この距離で二人を見る機会など、一平民にはそうそうない。


 リーゼロッテは少し前を歩くアルフレートに続きながら、さりげなく周囲を観察していた。

 ベスター伯爵領の領民。身に纏っている衣服は一般的な平民のそれと比較しても平均水準に達しているとは言えず、体つきも健康的とは程遠いように見える。不当な重税で苦しい生活を送ってきたのであろうことが容易に察せられた。


 注目を浴びながらもアルフレートに案内されるままに進んだ先の病室は、中から話し声が微かに漏れていた。

 ここは、騎士達の病室だ。


 アルフレートの護衛が声をかけてドアを開け、アルフレート、リーゼロッテ、クラウスと室内に入る。

 中のベッドは四つ。ベッドの住人も四人だ。

 皇宮の騎士なのでアルフレートとはそれなりに親しいようで、彼らは最初は自然体だったけれど――リーゼロッテの姿を視界に捉えた途端、瞠目したままぴしりと石のように固まった。

 そして、リーゼロッテの容姿から誰であるかを理解すると、慌てて挨拶のために立ち上がろうとした。


「そのままでいい」


 アルフレートに止められてしまい、困惑と緊張でかちこちに固まっている。


「初めまして」


 愛想良く、リーゼロッテは鷹揚に微笑んで挨拶をした。


 左側手前のベッドに座っている騎士の病人服の右足部分は、膝下に膨らみがなくぺしゃんこになっていた。その奥のベッドの騎士は左手がない。右側手前のベッドの騎士は右肘から先の部分が、奥のベッドの騎士は右手がなかった。

 彼らは領民の避難のために魔物や凶暴化した動物と戦い、怪我を負った。魔物にそれぞれ手足を食いちぎられたのだ。アルフレートのように逃げ遅れた領民を直接庇って負傷した者もいたらしい。

 今回死者が出なかったのは、彼らの尽力によるものである。


 このままでは、彼らは騎士を続けることはできない。日常生活にも支障が出るだろう。命の危険も隣り合わせの騎士という職業を選択している以上、常にその覚悟は持っていたはずだが――実際にこうなってしまっては、精神的にも相当つらいはずだ。

 切られた腕や足が残っていれば繋ぎ合わせることはジークムントであればできただろうけれど、欠損した部位を治すことは不可能。そもそもそれは治すというよりも新たに創り出すに近く、治癒という言葉には収まりきらない。


 リーゼロッテの視線が足があったはずの場所に向けられていることに気づき、騎士は頭を下げた。


「申し訳ありません。見苦しい姿を……」

「誰かを守るために負った傷をそう表現するのは、貴方達の勇敢な行動を謙遜どころか自ら貶しているとも言える愚行よ」


 ベッドに歩み寄ったリーゼロッテを、騎士は目を丸めて見上げている。そんな言葉をかけられるとは思っていなかったようだ。


「己の身を犠牲にしてまで民を守る勇気と実行力。誰もが持っているものではないわ。騎士としてその誇りは尊ばれるべきもの。貴方達の崇高なる志に、私も敬意を払いましょう」


 聖女として、皇族としての、形だけの口上ではない。リーゼロッテの正直な感想だ。自身の危険よりも見ず知らずの者を守ることを当然のように優先する騎士道精神。きっとリーゼロッテの中にはこの先も生まれないものだ。

 そんな高潔で素晴らしい思想を持つ彼らに、民は、国は、皇族は、支えられている。純粋に敬服した。


 すう、と――リーゼロッテは息を吸った。意識を集中させると、全身の感覚が研ぎ澄まされる。体内の神聖力の流れを感じる。

 騎士は戸惑い混じりの眼差しをリーゼロッテへと向けるが、それには応えず、リーゼロッテはその足をただ観察するように見つめていた。服や包帯で実際に患部が見えているわけではないのに、すべてを見通しているかのような眼差しだ。そして――その視線は、一つの瞬きの後に騎士の顔へと向けられた。


 決して甘さはない。変わらず観察――まるで診察の色彩を帯びた金眼だけれど、これほど一心に見つめられていては、騎士の戸惑いが恥じらいに変化しても仕方のないことだろう。視線を定めかねて忙しなく動かし、頬を色づかせている。

 けれど、騎士の体に瞬時に悪寒が走る。その原因は、美しい美貌を誇る聖女の背後に控えている見目麗しい青年二人だった。

 片や笑顔、片や無表情。異なる表情を浮かべているのに、目つきはどちらも同様だった。決して友好的ではなく、纏う空気さえも鋭利で険悪だ。

 騎士は一瞬で理解した。

 これは、間違ってもヘラヘラしてはいけない状況なのだと。


「これから使う術は貴方の魔力や体力をかなり消耗するから、もしかすると倒れるかもしれないわ。ごめんなさい」

「え……?」


 恐怖に支配され思考が停止しそうになっていた騎士は、ぽつりと声を零す。

 今の心理状態で倒れると言われては恐怖がひとしおなのだが、むしろ気絶した方があの青年達による危険から解放されるのではと、そんな考えが過ぎる。

 リーゼロッテは騎士の顔色が悪くなった元凶が護衛の聖騎士と従兄であることに気づくこともなく、「じっとしていてね」と騎士に告げ、両手を組んだ。


「“祈り願うは女神の子を本来の姿へ誘う光。対価として捧ぐは我が身に宿る神聖なる力”」


 それは、神聖力による生体への干渉の最高峰。魔法では到底、達することのできない領域。


「“陣顕現”」


 術式が組み込まれた淡い光を纏う陣が出現する。


「“祈り願いに応え、失われた一部の再生をかの者へ”」


 陣から、リボンのような光が現れた。それは騎士の下腿に絡まり、まるでその先の欠損した足が存在するかのような形をとって巻きついていき、病人服も膨らみを持った。

 神聖力で彼の魔力を集め、それを元に骨や筋肉、血管、皮膚――そこにあったはずのものをすべて再生させる。

 

 騎士は患部に不思議な感覚を覚えた。巻かれていた包帯がしゅるしゅると解け、光のリボンも砂が水に流されるように粉々になり宙に溶けていくと――そこはもう、病人服の布がぺしゃんこにならなかった。


「は……」


 騎士は状況がまったく理解できなくて、頭が真っ白である。

 なくなったはずのものが、そこにある。繋がっている。

 恐る恐る手を伸ばせば、間違いなく触れた感覚があった。試しに動かしてみれば、思う通りに指が曲がり、足首が左右に動く。

 数日前まではあったけれど、失ったもの。それが、ある。元に戻っている。


「足、が」

「奇跡だ……」


 衝撃を受ける中、他の騎士の声にはっとし、足が再生された騎士はばっと顔ごとリーゼロッテに視線をやった。

 目が合ったリーゼロッテは「違和感はない?」と尋ねてくる。

 ようやく、頭が受け入れた。現実をしっかり理解できた。失ったはずの足が、この少女によって取り戻されたのだと。


「ありがとうございます……っありがとうございます、聖女様……!」


 涙で視界が滲む。体が震えた。

 顔をぐしゃぐしゃにさせ、言葉だけでは到底伝えることのできない感謝を恩人に向けて紡ぎ、頭を下げる。


「あれ?」


 ひたすら感謝の意を示していた騎士は、頭がぐわんとしてぱたりと倒れ、そのまま気を失った。感動から一瞬で騎士達の間に緊張が走ったけれど、「大丈夫よ」とリーゼロッテが落ち着かせる。


「先に言ったように、体への負担が大きいの。疲労と魔力の消費のしすぎで眠っているだけよ。睡眠は普段より必要になるだろうけれど、せいぜい半日から一日もすれば目が覚めるわ」


 “再生”は、神聖力を使って新しく体を創り出しているわけではない。本人の傷口や魔力から生体情報を読み取り、再生能力を一時的に底上げし、魔力を骨組みにして生体情報を複製しているのだ。神聖力はその動きを導き、補助する役目を担う。

 傷口が塞がっていると綺麗に再生できないし、再生にはかなりの魔力と耐えられる体力が必須となるので、誰にでも使えるわけではない。騎士になっている彼らであれば条件は十分に満たしている。


「一人ずつ対応するから、ベッドで大人しくしていてくれる?」


 それは騎士達にとって、まさに女神の微笑みだった。




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