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ゼェゼェと息上がって腰を下ろしたところにフィアが頭を撫でてくれる。犬の扱いに慣れているせいか、頭から腰まで撫でられると。
(おわわわ、やばば……)
犬と人間の体は大きく違うと思えるのは皮と違って毛皮のところか、なんというか……人間の感覚で例えるのなら頭皮の感覚が全身まである感じ。ふかふかの犬の剛毛の束に指が通りヤバイ……っ。
これが図鑑で見たブラッシングというやつかっ!
ハッとしながらも気がついたら腹這いの状態で完全に全身の力が抜けていて、理性を完全に手放していた。
(おわあああああ! 俺は犬じゃなぁい!!!!)
スッと立ち上がって体をブルブルと回転させてからも気がつく、あ、今の人間の動きにない。なんだ、俺が根っからの犬になっちまうっ!
ブラッシングもそうだけど人間だった感覚が徐々に遠くなっていくような、そんな危機感があってまずいまずいとその場をクルクルと歩き回る。
「落ち着きがないな、元の場所に戻りたいのか」
なんてフィアに言われても『そりゃそうだよ! いや元の姿に戻してくれ』と犬の鳴き声で訴えるしかない。
その不安そうな俺(犬)をフィアは安心させてやろうと撫でてくれて。
あーーーーー、とまた腹這いの状態に戻され……以降はループだ。
ダメだ、人間の手には逆らえないっ。
なんて魔の手なんだ、これが人間の手。これはたしかに人間に懐く犬が多くなるのも納得だ、図鑑で読んだ通り犬は人間のパートナーとして生活できる動物だと載っていたが。
たしかにこれは……逆らえないっ。
助けてぇ…………
理性と本能(犬)が鬩ぎ合う中で帰ってきた双子たちは『サンはどこにもいない』とフィアに報告をしていたが、そりゃそうだだって俺ここに居るもん。
どうすれば突破口が見つかるのか、悩んでも悩んでも思いつかない。本当にこのまま犬として過ごすしかないのか、と落ち込んだ時。
ふと俺の方を見たリーが何かに気がついて腰を下ろす。
「目の色がサンと一緒だ」
「あ、ほんとだ」
ロドもリーと同じように腰を下ろして犬(俺)の顔をモミモミと揉んでくる、い、犬の扱いに慣れてないのがわかる。結構力が強いっっっっっ。
「わーっ、ふかふか抱きついていい?」
「クゥーン(やめてくれ)」
遠回しに手で拒否したら、そのやり取りと見ていたリーが少し困惑した声で問う。
「……まさかと思うけど、お前サンか?」
一瞬みんなで黙ってしまったが、俺はこの機会を逃すまいとワン! と吠える。
その反応に『えっっっっ?』とロドとフィアの声が重なった。
リーへ必死に訴えるために立ち上がって顔をすり寄せる、リーは犬(俺)に戸惑いながらも触れてくれる。
「やっぱり、サンか。何かあったんだな」
「クゥウン……(リー……)」
やっと話をわかってくれる人が現れたと思うと安堵して腰を下ろす、ロドとフィアはリーに説明を求めるようにリーを見つめる。
「隊長、この犬はサンです。何かしらの影響で犬になってると思われます」
「どういうこと?」
リーの言葉にロドが聞き返す、その答えにとリーが犬(俺)の前足に手を伸ばした。
「サン、サンなら返事にお手をしてくれ」
もちろん犬(俺)はお手をする。大真面目な顔のリーがロドの方を見た、ロドはにわかに信じられないという目で犬(俺)に言ってきた。
「本当にサンなの? 適当にお手とかしてるんじゃ……」
犬(俺)は首を横にブンブンと振る、その反応を見てようやく人間の言葉通じる相手だとわかってくれたようだ。
「こ、こんなことありえるの?」
「魔法ならありえるかもな」
ロドの質問にリーが困惑しながらも返してくれた、犬(俺)の頭に手を置いて何かを探るように目を閉じる。そこに現れた感触は魔法使いの血を継いだリーくらいにしかわからない。
「はぁ……呪われてるなお前」
「えっ、の、呪い⁉︎」
「ロドの『魔女の呪い』とは全然違うけど、まぁ誰かに『遊ばれてる』んだろうな。解除するからちょっと待ってろ」
目を開いたリーが手を広げて解除を試みてくれるらしい。
ドキドキしながら待っていると突然ボンッと音を立てて煙が広がった、驚きながら瞬きをしていたらいつもの視線の高さに安心をした。
曇った視界が晴れた途端にギョッとしたフィアとロド、それから『やれやれ』とため息を吐いたリーが居た。
「も、戻れたああああああああああああ!!!!!!」
思わず大声で叫んでしまう。
もはや後半の意識が犬だった俺が人間に戻れたのが嬉しくて嬉しくて、リーの手を取って感謝する。
「ありがとう、リー! ほんと俺どうなっちゃうか怖くて」
「変身の呪いだからな、長くその変身に身を預けておくとそっちに意識が持ってかれるだろうし。まぁお疲れ様」
リーの言葉にうんうんと頷きながらも話し出したロドの方を見た。
「マジでサンだった……魔法ってすげぇな」
「まぁ遊び程度の魔法だけど、魔法が使えない人から見たら恐怖だろうな」
リーとロドに手を引かれて立ち上がると、さっきまで見上げていたフィアを見下ろしていた。
ただ、見下ろしたフィアの様子がいつもと違っていた気がした。
「……フィア?」
いつもよりも深く俯いて何も答えてくれない。
何かあったのかと思い少し覗き込もうとすると、彼は背を向けてしまった。
「え、なに?」
なんでそんな反応をされるかわからず二人に振り返ると、二人はふふふって声を揃えて笑っていた。
「隊長、顔思いっきり緩んでましたもんね」
「犬好きな一面をもろにサンに見られて恥ずかしかったんじゃないの?」
ああ、なるほどそういうことか。
たしかに二人の距離でわかるくらいにデレデレしていたのなら、犬だった俺の状態なら至近距離だったわけで。
それでまともに顔も見れないってことか。
いや、そんなこと言ってられるほどに余裕はなかったけれども。
「フィア? 大丈夫だよ、フィアは犬にめちゃくちゃ話しかけてくれる優しい人だってわかったから」
「やめろっっっっ!」
何も悪気があったわけじゃないんだけど、あったことを言っただけだし。
勢いよく俺の言ってることを否定するもんだから、振り返ったフードが少しずれて真っ赤な顔をしたフィアの姿が見えた。
「隊長、犬好きなんですね」
「俺も犬のサンに話しかけてる隊長見たかったなぁ」
「お前らっ……」
その現場を想像しながらも茶化してくる双子に視線を向けた。
とにかく、この犬変身事件は幕を閉じたのだった。