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双子の話を聞いたフィアは腕を組んで犬になった自分の方を見る、その話を聞いたって俺の方を見たって『この犬がサンだ』ということには気がつかない。
「サンが犬でも連れ込んだんだろうか」
と、フィアが言った時にはガックシと頭が下を向いてしまって。情けなくクーンと泣いてしまった。
「隊長の背中に隠れてるけど、大人しい子だったのかな」
ロドが腰を下ろしてこちらを覗き込んでくる。大人しいというか……ロドとリーの身長が大きくてビビってるだけで、こうして腰を下ろしてくれたら特に怖がることもないけど。
「お前の顔が怖いのかもな」
「それ自分の顔にも言えちゃうけどいいの?」
ロドが呆れ顔でリーに振り返って立ち上がる、やはり立ち上がった姿は自分の倍以上の高さから覗き込まれるせいか恐ろしく感じる。二人に悪気があるわけじゃないけど……嫌だな、子供はこんな風に感じるのか。
くるりと隠した尻尾が勝手に股下に入っていて、またしても情けない。
「サンは?」
「さぁ、部屋を見ても居なかったので」
フィアの問いにリーが答える。
当たり前だ。俺はここに居るんだし、そりゃ居るわけがない。
「とりあえず二人はサンを探してくれ、俺はこの子の面倒でも見ておこう」
この子、と言った瞬間にみんなでフィアを見た。
その反応が彼には不思議だったようで『なんだ?』と返したが、双子は顔を見合わせてから返した。
「いや、隊長。それナチュラルですか?」
「ん? な、なんか変なこと言ったか?」
「えぇっと『この子』と自然に出てきたのでちょっとびっくりして。隊長犬飼ってたことあります?」
「まぁあるにはあるが」
二人の質問に動揺しながら答えるフィアは何がおかしいのか悩んでいるが、二人が勝手に納得したようで俺を(ここにいるけど)探しに行ったようだ。
「……やれやれ」
フィアはこちらを見た、二人の身長に比べたら彼の身長は低く見上げても怖くない。俺の丸まった尻尾を見て彼は腰を下ろして顎から下を撫でてくれる。
頭を撫でられるよりも不安にならない、これが犬の心理かぁ……なんて体を通して妙に納得するのが困る。
彼の言葉の通り、犬の扱いに慣れているのを見ると本当に犬を飼っていたことがあるんだと思う。
ていうか……
「……大きい犬種だな。飼い主と離れて可哀想に」
人間じゃない犬相手だからか、フィアは少しフードがずれても気にしないでいる。そのせいか少しだけ表情が覗けて、柔らかく笑った顔が見えていた。
顎下から頬にかけての毛に指を通しながら皮の柔らかいところをモニュモニュと揉んでいる顔は……なんかその、童心に帰ったような純粋な笑みで。
(フィア……こんな顔するんだ)
と、声を出したがクゥンと短い鳴き声に変わった。ふと彼が気がついたように俺の目をよく見る。
「……犬にしては珍しいな、緑色の目をしている」
そうなんだ、自分で鏡を見たわけじゃないからそれは知らなかった。
「サンと同じ色だな」
そこで俺はハッとしてワンワンと大きな声で訴えかける。
もしかしたらそこから連想して犬になってることに気がついてくれるかもしれない!
しばらくクルクルと回ったり吠えたりと訴えていたのだが。
「腹でも減ったのか?」
と、少し困った顔で尋ね返されて再びガックシと頭と尻尾を下げてしまった。
犬は飼っていてもその心の内まで全て把握できるわけじゃない、ましてや人間が犬になっている状態なんて伝えられるわけもなく。
「元気が無くなったな、大丈夫か?」
フィアに悪気はないとわかっているけれど……手繰り寄せられそうなチャンスがすり抜けていくのは辛い。
「犬の餌もないしな、どうしたもんか」
ロドとリーが戻ってくるのを待ちながらフィアは俺が見つからなかった時のことを考えている(ここに居るから見つかるわけがないけど)。
いや待て、俺も考えなきゃいけないのか。
このまま俺が犬だった時のことを……
餌もトイレも風呂も……っっっって
本当に勘弁して!
人間に戻して!!!!!
フィアたちにとっては迷い犬がやってきただけだろうけど、俺にとっては今後犬である生活が始まりかもと思ったら嫌すぎて!
しばらく視界の端にチラチラと見える尻尾を追いながら暴れることしかできなかった。