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ツイッターと脳内のノリはいつもこんなんですよ。
上官からよく犬だ、狂犬だと言われていたけど。図鑑を見てみたら結構可愛いんだけど、これが俺? どの辺が?
と、図鑑の厚めのページを捲りながら寝転がったまま眺めている。強襲隊に所属していても戦いがなければ休暇と一緒で、最近はずっとこんなことをしている。
他のみんなはお酒飲んだりしているけど、俺は一日中飲むほど好きなわけじゃないし。夜が深くなるとみんなお酒で眠くなっちゃうし、俺は自室で本読んだりして暇を潰してる。
でも今日はなんだか眠たくて夜に寝転がって図鑑を眺めていたせいか、ウトウトと視線が下がっていつのまにか瞼が下がってしまっていた。
……
…………
………………ん?
ふと瞼を開けたらなんだかおかしい。
顔を上げている、体を起こしているはずなのにベッドの景色があまり変わらない。なんだこれ、と完全に起き上がってもまだ低い……というかなんで四つん這いの格好で『立ち上がった』と錯覚してるんだ?
(なんかおかし……い?)
自分の手元を見て目を見開いた気がする、だって自分の手が人間じゃなかったから。
(お、俺の手っ⁉︎)
慌てて手を引っ込めたらバランスが取れなくてズデンッと体に衝撃と音がした。視界は床に、どうやらベッドから落ちたらしい。
起き上がろうとしてもうまく起き上がれず、バタバタと身悶えするように格闘するも上手くいかない。
はぁはぁ、と息が上がって一旦静止する。
(な、何がどうなって)
それで頭を起こすと自分の体の方が見えた……が。これがまたまずい、さらなる混沌と困惑の渦に落とされた気がした。
(し、、、し、尻尾ぉ⁉︎)
フルフルと自分の意志に反して動いていたのは尻尾だった。お、俺の尻から尻尾っていうか、背面からの黒い毛と腹面からの白い毛のツートン……これどこか見覚えが……
頭を起こしてから足に力を入れるとすんなり立ち上がれて、要はコツが必要な体というのはわかった。わかったけど、どう考えたって人間の体じゃない。なんだこれは。
見覚えのある尻尾、それはベッド上にある本に正解があるはずだ。
上半身をベッドの上に伸ばすように乗り出すと、開きっぱなしの図鑑が目に入った。
(や、やっぱりっっっっ!)
そこには大型犬の写真が載せられていて、背中側が黒い毛と腹面が白い毛のツートンカラーの犬が載っていた。見覚えがあるのは『犬には尻尾があるんだなぁ』と興味を引いたからだ。
人間には尻尾はない、それに戦場で生まれて育った俺には犬や他の動物を見る機会がなかった。
だから尻尾が珍しくてついていたらどんな感じなんだろう、とは思った。
たしかに思った。
たしかに、そうは思った。
が………………
(なんだこれ! どうすればいいんだよっ!)
ベッドから降りて自分の尻尾を見ようとすると視界から外れて、完全に見ることができない。その外れる視界には自分の変わった脚も見えるし、歩く音もカチャカチャと高い音が鳴った。
どうやら、爪が床に当たっている音のようだ。
(なんだこれなんだこれ、いや夢だ。これは夢だ、俺は夢を見ていて)
「サン、なんか大きな音がしたけどどうし……」
扉の開く音がいつもより大きく感じて、声もなんとなく耳元で言われているわけではないけど聞き取りやすかった。
そこには夜更けまで酒を飲んでいたせいか顔色の悪いロドが、立って……ていうか、俺が見上げている。
え、でかくね?????????
いや、俺が小さいせいか!!!
ロドも俺を見下ろして目をパチパチと瞬きをしていた、いやロド自身もこの状況に目をこすって『酒飲みすぎたか』と呟いているぐらい動揺している。
それでもう一度俺の方を見るが変わらぬ状況に真顔になる。
「……え?」
(ロド、俺なんか変なことになってっ)
って、自分から何か言っているけれどあの。
俺の耳には俺の声じゃなくて聞きなれない鳴き声がするっっっっっ!
これが犬の鳴き声というやつか、そんなこと自覚している場合じゃない。ロドが開けっ放しにした扉の向こう側にまでワンワン! と元気な声がしたせいか、ロドの後ろからリーが顔を覗く。
「ロド、うるさいぞ。お前何して」
「り、リーどうしよう!なんか犬がいるんだけど⁉︎」
ロドの指の先を追ったリーは『はぁ⁉︎』と驚きの声を上げる。
「どっから入ったんだ」
「わ、わかんない」
混乱する双子、混乱する俺(犬)。
夢だ、夢だと言ってくれ。俺は犬なんだけど、犬じゃなくて!
(ロド、リー。俺はサンで……は、話せばわかるっ)
ワンワンっと声がして俺も双子もビクゥ!と体が揺れた。突然吠えられたのだと思ったのか二人は顔を見合わせた。
(ってこんなんじゃ話にもならないっ)
「とりあえず、軍用犬が間違えて入ってきたかもしれないし」
「捕まえた方が良さそうだな」
双子がジリッと距離を詰めてくる。
(ちょっとぉ! 待ってよっ、ていうか二人も身長デカくて怖いんだってっ!)
犬の視線から見てみると二枚の壁が迫ってくる感じで、いつもの俺の身長だったら二人と同じぐらいの視線だったしそれがめちゃくちゃ怖くて体が縮こまる。
縮めて縮めて、追いやられた途端。ギュンッとバネのようにロドの足元からすり抜けて走った。
「あっやべっ!」
ロドの声を背に廊下を走るといつもよりも速くてびっくりする。二人が追いつけないくらい速くて、それでいて周りの匂いに敏感なのか……ふと感じた匂いに足が進む。
犬の視線の低さでも大きく感じる、フードを被った背中に駆け寄ると彼はその音に振り返ってこちらをみる。
ハッハッと自分の呼吸が上がっているところ、フードの奥から黙って見ている彼に何か言おうとしたところで後ろから声がかかった。
「隊長っ、施設内に犬がっ、はぁはぁ、あれ?」
慌てて走って息があがったロドが膝に手をついてこちらを見ているが、フィアは俺の頭を撫でながら『慌てることか?』と冷静に返してきた。
「隊長に懐いてるのか」
(いや、そういうことじゃなくて……)
リーの言葉に説明できない状況に情けなく『クゥーン』と声が出るだけで余計に情けなくなる。
「まぁとりあえず、状況を聞こうか」
そう言ってフィアは二人に説明を求めた。