表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/24

 文明が崩壊したからといって、太陽が東から上ることをやめていいという法はない。


 太陽は東からきっちり姿をあらわし、全ての生命と地表を覆う大気に対して、今日も一日、めちゃくちゃいじめてやるとニヤニヤするのだ。


 さて、しっかり睡眠もとった影丸は、しゅたたたたた!と光の道の上を忍者らしく、額に当てた木の葉が落ちることを忘れる速さで走っていた。砂の地平ははやくも靄にゆれ、光の道も左へ右へとぐらついたが、影丸の進行方向を巧みに修正して、正しい道へと導いていく。そこは国際宇宙空港のかつての滑走路だった。白いラインと黄色いラインが古代文明の地上絵として残っていて、芸術家たちを魅了している。これらのラインが意味するのは細かいダイヤを乱さずに宇宙船を誘導するというその一手があるのみだったが、芸術家というものは何にでも意味を求め、これは宇宙人からのメッセージだとか、水と文明を取り戻すための方法を描いているとか、めちゃくちゃなことを言う。


 そして、インスピレーションを得たと叫んで、多くの人に迷惑をかけながら、砂漠に点々とゴミを寄せ集めて恐竜をつくる。肉食恐竜や草食恐竜、厳密には恐竜ではない翼竜や首長竜もあった。どの芸術恐竜も共通しているのはこれをつくることによって誰かが救われることはなかったし、これからもないだろうということだ。いずれ砂に埋まって、誰も思い出すことはないのだ。


「このあたりはヤバいからよ」


 砂漠に置き去りにされたボロボロのテントでひと休みしていると、先客の男がそんなことを言った。何かとヤバいヤバいと言いたがるふうもある感じの男だ。


「むう。ヤバい、とは何がか?」


「戦艦がうろついてるんだ。幻夢斎のな」


「それぞ望むところよ」


「だが、それだけじゃない。もっとヤバいやつがいるんだ。お前、魚雷艇って知ってるか?」


「ぎょらい亭……何か食べさせる店か?」


「食らわされるのは間違いない。もっとも魚雷だけどな。魚雷ってのはものすごくでかい爆弾を細くしてザーッと走らせるんだよ。それがぶつかったら、山ひとつ消し飛ぶくらいの爆発が起こるんだ。その魚雷を何本も持ってて、それを幻夢斎の軍艦にぶち込むことを夢見てるやつがいるんだ。その魚雷を発射できる船が魚雷艇。な、おっかないだろ?」


「爆雷を恐れては忍びは務まらぬ」


「ちょっと待て。いまのは魚雷がヤバいって話だ。問題はその魚雷の持ち主だ。そいつは自分が海軍中佐だと信じ切ってて、砂漠で見かけたもの全てを吹き飛ばすのを自分の義務だと思っていやがる。いいか? おれはその昔、大きな戦車を持っていた。それなりに名前が知れた賞金稼ぎだったんだ。だが、ある日、おれはやつの魚雷艇と出会った。あいつは挨拶でもするみたいに魚雷を放って、おれの戦車は蹴とばされた塵箱みたいに吹っ飛んだ。おれはギリギリ脱出できたからよかったが、そうでなきゃ粉々だ。やつは魚雷艇の腹に戦車のマークをひとつ書いた。そこには戦車や軍艦のマークがいくつもびっしり書いてあった。あいつはただやつのふねの横っ腹に撃沈マークをつけたいというそれだけの理由で魚雷を放ったんだ。魚雷一本はとんでもない大金だ。都市を丸ごと買えるくらいの大金だ。だが、やつは小さな落書きを書くためだけにそいつをぶっ放すんだ。もう、命の尊さなんてものはないんだ。ただただ撃沈する。それだけなんだ」


「その落書きに忍びはあったか?」


「いや、なかったな。噂ではあの中佐は忍者が存在しないって伝承を受け継いでいるらしい」


「ならば、よし。もし出くわすことがあれば、忍びの技でもって相手しよう」


「おれは警告したからな。あとでなんで止めてくれなかったって化けて出るなよな」


 幻夢斎よりも危険な魚雷狂が遊弋する砂の上を淡く光る道が伸びていく。一時期は影丸とのあいだの信頼関係が危うくなったが、影丸がまた、しゅたたたたたた!と忍者らしく走って目的地をひたむきに目指す姿に姫の知らしめる光の矢も態度が柔軟になり、温かい目で見守ることにしたらしい。


 ――と、思ったところで影丸の腹の虫がぐうぐうなり始めた。


 こいつまたか!と光の道は思ったかもしれないが、育ち盛りだからしょうがない。

 この小さな体の食べ物をおさめる力はどこから出てくるのかは〈露天商業者組合〉の寿司ネタがどこから出てくるのかと同じくらい謎に満ちている。


 しかし、こんな砂漠のど真ん中に食べ物を出すような場所があるのだろうかと思うだろうが、食については抜け目のない影丸、さきほどの男からこのあたりには〈さあびすえりあ〉なる旅人向けの料理屋があると教えられていた。そう。影丸がしゅたたたたたた!と走る先にはタイラ・ミナモト製作所ではなく〈さあびすえりあ〉があるのだ。


 旧サンノミヤ・サービスエリアは宇宙船風ダイナーをイメージしたバラック時代折衷建築様式の粋だった。

 錆がこびりついた巨大ロケットオブジェが立つ中央に調理場があり、何か宇宙的なものを意識したテカテカした生地におへそ丸出しの女の子たちがまわりに停まった戦車や装甲車に料理を持っていく。この手の宇宙サービスエリアでは料理を持っていくのに女の子たちはローラースケートを使わなければいけないというルールがあるらしいのだが、柔らかい砂の上でローラースケートなどで軽快に動けるわけがなく、女の子たちはがに股になってザクザクと土を掘る音を鳴らしながら客のもとまで合成コーラとサバクトカゲのハンバーガーを持っていくハメになっていた。


 女の子たちは何度もローラースケートをやめて普通の靴をくれとオーナーに頼んだが、オーナーはローラースケートを使いたくないものはみなこれ等しく死刑であると脅してきたので、女の子たちはオーナーを殺さなければ、一生がに股で生きていかなければならなくなるという悲壮な結末と対峙することになった。


 影丸が訪れたのはそんなサービスエリアだったのだ。

 オーナーと女の子たちの戦いは水面下で行われ、その確執を客に見せないという心得は立派だが、女の子たちは強そうな客を見るたびにオーナーを殺してくれないかと頼んでいた。だが、そういう客に限って、かわいい女の子ががに股で歩く姿に性的興奮を覚える変態だったため、これまでのところ、委託殺人の試みは不発に終わっていた。


「あいつらがおれの首を狙ってるのは知ってるさ」


 オーナーはそううそぶいた。


「あのバカ女ども、おれがどれだけ苦労してあのローラースケートを手に入れたか、てんでわかりゃしないんだ。あいつらはおれに礼を言うべきなんだぜ。世界で唯一のローラースケートをはいたウェイトレスにしてくれてありがとうって。ところが、あいつらは感謝するかわりにおれに殺し屋を差し向けようとするんだから、いやになるぜ。でも、あいつらはがに股フェチの勢力ってもんが分かってない。名の知れた殺し屋はみんながに股フェチだから、あいつらの勝ち目は万にひとつもありゃしねえのさ」


 オーナーのまわりでは奴隷のごとく働かされるコックたちが真っ黒な泥を燃やして、サバクトカゲのミンチ肉をせっせと焼いていた。コックたちは奴隷労働を通じて、人間らしさやささやかな美徳を大切にする心というものをすっかり失い、新人類へと脱皮していた。だから、ぺたっ、じゅー、ぺたっ、じゅー、と音を立てながら燃える焦げ臭い肉を棘を抜いた平べったいサボテンに挟んで、それをハンバーガーと詐称することも平気でできたし、壜に髑髏の絵が描かれた、ごく当たり前の良心の持ち主なら到底使うことはできない謎の調味料をどんどんかけることができるのだ。


 それでもいいからひとつくれと言って影丸は穴あき銭を何枚かカウンターに置いた。


「なんだ、こりゃあ?」


「銭だ。知らんのか?」


「こんなもんがどんな役に立つ?」


「物を買うのに使える?」


「じゃあ、これをもらったやつは何に使うんだ?」


「また銭で物を買えばよい」


「いや。これ自体は何に使えるんだって話だよ。自動車の車輪にするには小さすぎるし、女の指にはめるにはきたない色だし」


「ともかく、これで、その得体の知れぬ食べ物を売ってくれ」


「得体の知れねえのはお前のゼニだ。とっとと失せな」


「むう」


 サボテントカゲバーガーの神殿のまわりを人をより残酷に轢き潰すための改造を怠らなかった車輛がぐるりと囲んでいて、サボテントカゲバーガーをムシャムシャ食べながら、がに股で歩く女の子たちを眺め、やらしい言葉をかけている。


 影丸は別にそうした男たちがうらやましいわけではない。あのようなよく分からぬ、こってりとした肉を刻んで丸く伸ばしたもの、食べたところで胃が受け付けないのは分かっている。だから、うらやましくなどない。だいたい、危険な食材に髑髏を描くのはどの世界でも共通であり、そんな危険な調味料をこってりとした肉にこれでもかとふりかけ、奇妙な緑の、切るとしゃくしゃく音がする植物で挟んだものがうまいはずがないのだから、うらやましくない。影丸は忍者である。肉はゲテモノであり、度胸試し、あるいは薬として食べるくらいだ。一度、体調を崩して寝込んだとき、牛の味噌漬けを焼いたものを食べ、そのおいしさに華々しく快復したことがあったが、別にうらやましくない。うらやましくなどないのだ。


 ところで、先ほどから女の子たちの姿は見えなくなった。ひとりもいなくなってしまったのだ――ローラースケートを残して。

 誰かが車のなかに連れ込んでいないかと騒ぎながら確認したが、車の後部座席にもトランクにも女の子たちはいない。


 愚か者どもは気づいていなかったが、女の子たちはついに自分たちの意見をきいてくれる強力な人物を見つけたのだ。


「おい、あれを見ろ!」


 誰かが叫んで指差した先には砂漠の恐怖、魚雷艇が小さな砂の尾根から旧サンノミヤ・サービスエリアを見下ろしていた。

 すぐに魚雷艇はダイナー目がけて突っ込んできた。その魚雷艇の丸く脹らんだ左右には魚雷が吊り下がっている。これまで倒した履歴を信じるなら、この艇はダイナー、駆逐艦、サバクザメ、戦車、それに人間そのものに魚雷を直撃させてきたらしい。


 がに股の女性をこよなく愛する紳士たちは誰もなかなかの強者だったが、魚雷艇を見ると恐怖で失禁を禁じ得なかった。彼らは自分の改造自動車に飛び込むと、一斉に発進したため次々と衝突横転し、スペース・ダイナーは身動きが取れなくなった愚か者たちがただ死を待つだけの、巨大な処刑台となっていた。


 さて、主要な登場人物が慌てふためき舞台を右往左往するなか、これまで隅にいて注目もされず、セリフも二言くらいしかない少年忍者にスポットライトが当たる。

 というのも、影丸は魚雷とやらに自分の忍術が通用するか試してやろうと思っていたし、なにより次に進むべき道を示すあの光の道が魚雷を真っ直ぐ指しているのだ。


 影丸はしゅたたたたた!と魚雷に向かって走った。ただ、忍びは常に己が術の研鑽に努めよということで、彼は魚雷に突撃し、あわやぶつかるかと思った瞬間、魚雷に抱きつき、そのまま魚雷ごと空高く飛び上がった。


「忍法飯綱落とし!」


 説明しよう! 忍法飯綱落としとは相手に抱きついて高く飛び上がり、落下のときは相手の頭が先に地面にぶつかるようにして相手の頭蓋を破壊する技なのだ!


 ちなみに柔らかい砂の上でこれをやると、地面にぶつかるどころか、そのままズブズブズブ!と砂のなかに一緒にめり込んでいくし、爆発物相手にやったら、当然爆発に巻き込まれる。


 案の定、影丸はズブズブズブの素人らしく魚雷もろとも砂にめり込み、そして爆発した魚雷の力で砂のなかを下へ下へと押し飛ばされていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ