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 気づけば、彼らはボロボロに錆びた機関車が沈みかけた、小さなオアシスのそばにいた。

 装束も武器も元通り、ただレンがキクチに撃ち込んだひと財産分の弾丸はきっちりなくなっていた。


 そのくせ、ミンチエッグスやヲムレツやハヤシビーフ、そして白まんまと福神漬けの味と満足感だけは消えている。


 人にはおごらせるくせに、自分は絶対おごらないケチなやつにやられたような気がするが、幻術のほうからすれば、オアシスのそばに放り出してやっただけありがたいと思えということなのだろう。


 心のオアシスという言葉の通り(?)、水に不自由しない環境は心にゆとりを与える。


 ゆとりをもって考えた結果、最近いろいろあり過ぎたので、ここはひとつ本道に立ち戻って、光の道が導く方向を目指すことにした。暴走自動車は谷に捨て、灰色の脳細胞をドドメ色にして、やっと機嫌を直した姫の導きに従うのだ。


 そもそも、この旅では影丸以外に明確な任務がないのだから、みな受け身になっている。国営借金取りに戻れるかもとかシラジラにはもう戻るつもりはないとか。

 ここは影丸が任務に忠実な忍者らしいところを見せるときだ。


「さあ、姫。影丸を導いてくだされ!」


 光の矢印は真っ直ぐ上へ伸び、天を突いた。


「……姫はまだ怒っておられるのだろうか」


「いや、見てごらん。あの雲のなか」


 四人が見たのは雲よりも高いところを飛ぶ浮遊島だった。

 飛んでいるだけでも驚くべきことだが、それよりも驚きなのは、その浮遊島、緑に包まれていることだ。蔓草、赤い果樹、薄桃の花たち。水があちこちから流れ落ち、空中で蒸発していく。


 暴走自動車に乗って恐竜から逃げる、賭博都市で大暴れする、地下都市から追い出される、幻術のなかでミステリィ、地雷原を突破する。様々な試練に直面しても知恵と勇気で勝利した彼らだが、空を飛ぶのは知恵も勇気もお手上げで、技術的な問題を解決しなければいけなかった。


 空を飛ぶ方法を考えないといけない。

 方法自体はいろいろある。

 大砲に込められて撃ち飛ばされる。お手軽だが、正確さを欠くし、たとえ浮遊島についたとしても、戻る方法がない。暴発の恐怖もある。

 仙人になって空を飛ぶというのもある。これなら、安全に浮遊島に着地できるし、自分が飛べるのだから、無事に帰還もできる。千年くらい修行すれば仙人になれるだろう。

 無駄なリスクを負わず、千年も待てないとなると、やはり飛行機械に頼るのがよろしい。


 しかし、技術的な問題はまだ残っている。

 飛行機械が調達できる見込みがないのだから、自分たちで作るしかない。

 材料はシーツで気嚢をつくり、食堂車のフォークとナイフを工具がわりにとオアシスに水没している機関車や車両からかっぱらって何とかなりそうだが、制作技術の提供者に問題がある。


「わたし、つくれるわよ。借金のカタに飛行機械を残すやつがたくさんいて、それをなおすのもやっていたから」


       ――†――†――†――


 文明崩壊前、高層マンションから夜景を眺めながら、「せいぜいあがくがよい。愚民どもよ」と地上をもぞもぞする人間を愚民扱いすることが流行っていたが、砂漠世界では見渡せる限り、何にもない、砂しかない。愚民扱いできる人間は存在しないし、破壊された戦車とか砂に頭を出したビルの残骸とかもない。ギガントザウルスもいない。ただ、砂が波紋を残して蜃気楼でひっくり返った地平線まで続いている。


 だが、たとえ下に人間が、民と呼べる水準の数でいるとしても、彼らを愚民扱いなどできないだろう。

 いつ墜落するか分からないポンコツ飛行船に乗り、しかもレンに操縦を任せている影丸たちのほうがずっと愚かなのだ。自覚もある。影丸は矢立から筆を取り出すと、辞世の句をしたためた。


『ぼたん餅 あんころきなこ あめちまき 炊き込みご飯 鯛の尾頭おかしら


 ポンコツ飛行船には疾風迅雷号というスペックに合わない名前が付けられた。

 ちんたら飛ぶしかできないのなら、せめて名前だけでもメチャ速にというレンの想いが強く反映された命名だ。


 疾風迅雷号は飛行機械というよりは航空兵の練習射撃用の的だった。

 それだからかキャンバス地とトタンでつくった双胴戦闘機が疾風迅雷号目がけて飛んでくるのもしょうがないことだった。


「チアキ! なんぞ飛んでくるぞに!」


 バリバリバリと稲妻のような音を鳴らしながら機関銃弾がアカネとチアキの頭上を飛び過ぎていった。


 それに対して、飛行船の舷側についている重機関銃はタッタッタッタッとキツツキみたいな音を鳴らしたが、戦闘機はライターみたいに火がついて、くるくる錐揉みに落ちていった。


 残り四機がしつこく飛び回り、タラップがバリっと剥がれたり、火のついた石炭が甲板を転がったり、シーツ製の気嚢に穴が開いて影丸が縫い合わせたり、非常食の乾パンを入れた箱が破裂して、確率の女神のいたずらか同時に四人の額に乾パンがぶつかったり、いろいろあり、幻夢斎の飛行隊を全部叩き落したころには疾風迅雷号は気嚢からシュウシュウとガスが漏れ、ゴンドラは今にも落ちそうで、浮遊島での永住を考えなければいけない、みじめな有様だった。

 浮遊島は目と鼻の先にあり、その甘い花の香りも届くほどだったが、そこでゴンドラを吊っていたロープが切れて、美しい花畑の上に墜落した。花びらが舞う世界一美しい墜落の後、硝煙のにおいが染みついた四人は疾風迅雷号から転がり出て、ざあざあと流れる水路まで這っていき、すくった水を顔に叩きつけ、火薬の燃えカスを洗い流した。


 花が満ちた不思議な遺跡は石垣の上につくられていて、普通に人も住んでいた。

 疾風迅雷号の華々しい最期を見ても、住人は驚かなかったが、きいてみると、彼らは予言によって、影丸たちがやってくることを知っていたからだと言っていた。


「ですから、疾風迅雷号が落ちる位置には花畑を用意しました」


「むう。未来を知る術、いかなる忍術であろうか?」


 使い、と名乗った若い男は『鏡』をお持ちください、と言った。


「鏡? 鏡がここに?」


「はい。影丸さま。光が示す道を歩んでください」


 ここでは忍者の実在非実在に関する伝承同士の争いは存在しなかった。

 それどころか予言の形で忍者の登場を期待し、待ち望んでいたのだ。


 とはいうものの、何でもかんでも知っていて、気味が悪いが、確かに光の道は今までにない清楚な雰囲気をまとい――今までにない、なんて言ったら、また姫に怒られる――、石垣につけられた階段を上っていた。石垣の上にはヨシズづくりの市場があり、花にあふれていた。ここでは花を食べ、花を飾り、花で酔っ払い、花を通貨としている。まあ、ラジオやカメラも売っているし、なんなら銃も売っているのだが。


 何世代にもわたる園芸家の血のにじむような努力により花にはいろいろな味があった。鮎の串焼き味の花、ラヂオ焼き味の花、ふろふき大根味の花、フルーツ蜜豆味の花、チョップハウス・ステーキ味の花、オイスター・ロックフェラー味の花、フリホーレス・レフリトス味の花、シュケンベ・チョルバ味の花。


 せっかく生きているのだから、辞世で読んだ食べ物を食べたいが、光の道はまたこめかみに青筋を立てて、鏡獲得のために動けと再三言ってくる。

 昔、小学校だった建物を苔が分厚く覆い尽くし、湧いた水の上に鏡像みたいに佇んでいる。


 浮遊島の人間はこれを神殿と呼んでいた。

 神官と名乗った男は感激ではち切れてしまいそうになるくらい、気分を高揚させていた。


「影丸さま! ああ、この日を何度夢に見たことでしょう!」


 抱きついてキスせん勢い、というより、実際、接吻の雨を降らそうとしたので、変わり身の術を使ったのだが、五回に三回のハズレを引き、髪がベタベタになるくらいの接吻を浴びた。


 そばの泉に頭を突っ込んで髪を洗い、相手の接吻の間合いから身を外しつつ、なぜこの島では影丸の名前がさま付けで呼ばれ、予言なるものが騒がれるのかたずねてみると、まあ予言が存在するからだということになった。


 誰がそんな予言をしたのかというと、誰だか分からないという。

 誰だか分からない人間が予言したものを崇め奉るとは、この島の人間はちょっとヤバいんじゃないかと思わずにはいられないが、ともあれ、鏡を得られるのなら、そのおめでたさに乗るのもいいじゃないか。


 鏡は小学校で最も神聖な部屋――校長室に安置してある。

 その昔、この部屋に呼び出されることは生徒にとってこの上なく名誉なことであり、この部屋に呼ばれた生徒は歴代校長の肖像に見守られながら、通信簿1まみれや給食カットなどの脅しを受け、いたぶられるのだ。

 アステカの祭司が太陽をのぼらせるために生贄の心臓をえぐり出すようなもので、一見えげつないようだが、そこには聖性が隠れている。

 校長室呼び出しもまたそうなのだ。


 草だらけの苔だらけの膝丈に水がたまった校長室のデスクに置かれたのは確かに影丸が姫とともに持って出た、あの鏡だ。

 光の矢印は鏡に吸い込まれ、青く明滅している。


 鏡とタイラ・ミナモト製作所。


 このうちひとつが手に入る。

 旅の目的の半分が叶ったのだ。


 この銅でできた鏡はしっかり砂で磨かれたらしく、影丸が失ったときよりもきれいになっている。


 歴代校長に見守られながら、幻夢斎討伐唯一の手段である鏡を手にする。

 いろいろ感慨もあったのだが、せっかちな光の道は地面に潜った。はやくタイラ・ミナモト製作所を見つけろ。わたしをここから出せ!と言っているようだ。


 だが、その光の道がすぐに見えなくなったのだが、というのもフラッシュバルブ付きのカメラを手にした男たちがなだれ込み、重要な予言が叶ったことを全浮遊島民に知らせるべく写真を撮りまくったからだ。


 それからインタビュー、映画化権の交渉、五歳児たちとの記念撮影と予言が叶った途端、ミステリアスな浮遊島はまるでこれまで我慢して乙に澄ましていたかのごとく俗っぽくなっていた。


 もう花を食べることもやめ、普通の食べ物と普通のアルコールを販売し摂取。

 地上を見下して見つけた人間を愚民呼ばわりすることが流行し、桃色の花をつける蔓草を引っぺがして煙草やチョコレートのネオン看板を設置したのだが、その煙草やチョコレートの箱には影丸の絵が描いてある。


 他には、コショウの缶。入れ歯洗浄剤の箱。回転式拳銃のグリップ。懐中電灯のガラス。万年筆の試し書き。生アルコールのラベル。蛇口。文鎮。ステレオスコープ。オルゴールの裏蓋。頭痛薬のイメージキャラクター。宝くじ。貯金箱。太鼓の皮。団扇。何に使うかよくわからないプラスチック製品。突然稼働したロープウェイから垂れ下がった旗。


 鏡を手に入れて二時間も経たないうちに浮遊島は影丸だらけになってしまった。


「僕はあのちょっと高みにある神聖さが好きだったんだけどね」と、チアキがため息とつく。


「むう。拙者に言われても困る。忍びがこのように衆目を集めては任務に支障が出る」


 とは言うが、こんなふうに持ち上げられて、悪い気はしない。

 忍者は影に生きるとはいうが、そこは見習い。


 ひとつのコミュニティの生き方や思想をがらりと変える影響力が自分にあったというのはやはりにんまりせずにはいられない。

 予言というのが誰が遺したものなのか、などの疑問はあるが、その予言とやら、当たったのなら細かい話はどうでもいいではないかということになる。


「影丸。影丸。影丸。どこを見ても影丸ばかり」


「むう。レン殿、嫉妬でござるか?」


「わたし、あの地下都市で産湯に浸かったのよ。この手の看板はもう一生分見たわよ」


「そんなことを言いつつも、羨ましい?」


「別に」


「強がらずともよい」


「ホントに羨ましくない。もし、あなたが馬力があって音よりも速く走れる車のハンドル握ってるなら別だけど」


 影丸書店。影丸工業。影丸ビスケット。影丸ツアーリング。影丸英語塾。カゲマルモーターズ。KAGEMARUクリヱヰシヨン。エトセトラエトセトラ。


 いつの間にか神秘の青空は提灯が吐く赤い夕闇、影丸半纏を羽織った男たちが影丸神輿をわっしょいわっしょい。影丸焼き(たい焼きの影丸版)に影丸すくい(黒い金魚専門)に影丸焼き(ブラックペッパーかけまくったお好み焼き)に影丸飴(濃い葡萄飴)に影丸焼き(影丸の形をしたベビーカステラ)に影丸細工(いろんな影丸の飴細工)の屋台が右に十軒。左に十二軒。上には三十八軒。下に五十六軒。影丸太鼓の影丸囃子の影丸ゲシュタルト崩壊。


「影丸。影丸。影丸」


「影丸ちぃ。もうここン殿さまになりゃん」


「殿さまというよりは生き神だね」


「だが、拙者には使命がある」


「矢印は?」


「むう。真下の地面を指している」


「どがんして下に降りるぞにもし?」


 下に降りる条件はそこまで複雑ではない。

 まず紐なしバンジーはしない。当たり前である。

 レンが運転しない。当たり前である。


 あとはビジネスクラスとか機内食にアペリティフをつけろとか馬鹿げた要求をしなければよい。


 チアキがクール系キャラを崩さないよう、だがそれでも隠し切れない期待がてれってれとあらわれて、


「こういうとき、忍者は大凧に乗って飛ぶもんじゃないのかな? きみもそろそろ忍法なんとかかんとかって言ってみたいんじゃないかな?」


「忍びをこよなく好むチアキ殿を満足させたいのはやまやまなのだが、あいにく凧は切らしている」


 すると、チアキは祭り屋台の集合体のてっぺんを指差した。


 そこには大きな凧がサイザル麻のロープでつながっていた。


「あれ、ハンドルついてないじゃん。つまんなーい」


「きみを面白がらせるためだけに失えるほど、僕とアカネの命は安くないよ」


「拙者の命は?」


「さあ。どうだろう」


「おー、チアキぃ。わらの命いくらじゃ?」


「ピストル百発ぞに」


「そーまで高うないぞに。モツ串百本食うたら終わりじゃ。このズクガタ」

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