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 パチンコ屋、風呂屋、競艇場で無様をさらしたコウゾウ一家は大きく名声を落とし、二番手のタイゾウ一家が実権を握る。


 つまり、前の支配者にやらかした無作法は帳消しになった。


 これでアカネは解放され、剣も手に戻る。


 全てはうまくいった――見習い忍者以外は。


 あの後、影丸は足を止めた途端、ぶくぶくと沈みこみ、大きく一発くしゃみをしていた。いまはしゅたた!と買い物を手に競艇場のアーケード街を駆けている。


 というのも、アカネは〈ばにい・がある〉の賦役から解放されたのだが、


「チアキ。こら、剣が振りやすい。わら、気にいったぞに」


 と、〈ばにい・がある〉の装束が気に入り、そのまま使うことになったのだ。


 チアキは大いに不満だったが、すでにアカネは兵児帯へごおびを結んで刀と脇差を差している。


 そこでチアキは影丸に何か羽織るものを買いに行くよう言ったのだ。


 いろいろおきて、競艇場は残りのレースを休止したのでアーケード街はタヌキに化かされたみたいにガラガラ。店を閉じようとしていた服屋で羽織るものを買い、チアキの家の前に戻ってきた。


 影丸が買ってきたのは戦のとき武士が着物の下に付ける長手甲だった。


「羽織るもの持ってきてっていったのに、どうして長手甲なのかなあ」


「なんにぃ、チアキ。これ、しゃんぞに」


「はあん。まあ、アカネさぁす言うんならいいぞに」


 それからチアキはバラック建築から差別化を図ろうとしたが結局できなかった自宅へ行くが、絶対についてこないように、と念を押した。


 言うまでもないが、こんなふうに念を押すと何かあるなと思うのが人間である。

 それまですっかり忘れていたが、チアキは謎のエロ本を入れたケースを手に家に入ったのだ。


「これは見に行くしかないわね」


「むう。拙者も賛成だが、チアキ殿の抜刀はなかなか速い。気づけば首がころりと落ちる」


 そこで影丸とレンはアカネを丸め込んで最前列に据えることでチアキが手を出せない必勝の陣形を取ったのだった。これは卑怯である。だが、忍者と債権回収局にとって卑怯は誉め言葉なのだ。


 エッチな本だらけの部屋を想像しながら「おっとっと! わざとじゃないのに入ってしまった!」と大声で言いながら、チアキの家に踏み込んだ。


 ひと言でいうなら、忍者。

 ふた言でいうなら、忍者。漫画。


 棚という棚、壁という壁、机の上にもかまどのそばにも忍者漫画。


 そして、ガラス張りの特別な棚――おそらく忍者漫画コレクションのなかでも最も重要な本を入れるための特注製の棚、その棚の中央の一段、一冊だけ飾るための特等席にいま、飾られようとしているのは地下都市の忍者漫画専門店から譲り受け地図ケースから出されたばかりの『風魔の影丸』。


 ひと言でいうなら、忍者。

 ふた言でいうなら、忍者。漫画。

 三言でいうなら、忍者。漫画。大好き。


 この世界では水を自由に使えた文明のころの話を伝えていく風習がある。それと同時に忍者についても実在派、非実在派に分かれて伝承していく。

 チアキがどちらの派閥だったのかは分からない。シラジラの人間がそんな面倒な伝承をしていくわけがないのだ。

 だが、今のチアキは全存在と全剣技をかけた忍者実在派である。

 それもこの上なく幸福な忍者実在派である。


       ――†――†――†――


 光の道が東を差す。


 これからの身の振り方についてたずねると、レンは、


「あなたについてく。タイラ・ミナモト製作所を見つけて、債権回収局に戻りたいし」


 アカネは、


(たぁ)けてもらった恩があるぞに。影丸ちぃを手伝(てつど)うんじゃ」


 チアキはというと、


「仕方がないからきみについていこう。幻夢斎を斬って、賞金をもらうにはそれが一番よさそうだし――なんだい、そのニヤニヤした顔は」


「チアキ殿。素直になってもよいのだぞ。憧れの忍びをそばで見ながらアカネ殿にいいところを見せたいのであろう? ご存知か? そういうものをこの世界では〈ふぁん〉と言うそうだ。今日からチアキ殿も拙者の〈ふぁん〉だな。改めてよろしく頼むぞ。ふふん」


 チアキは絶世の美女も裸足で逃げ出し二階から落っこちるような鋼鉄貫通弾百万発分の微笑みを見せながら、すらりと刀を抜き放ち、


「うん。わかった。幻夢斎の賞金をいただくのではなくて、僕が賞金首になろう。罪状はきみの殺害でいいよね?」


「お、落ち着け。話せばわかる」


「問答まかりならぬ!」


 その後、スパーンと首が飛んだが、五回に二回の成功をひき、変わり身の術が成立したので、飛んだ首は信楽焼のタヌキで済んだ。

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