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またお会い(ウィ・ウィル・)しましょう(ミート・アゲイン)』でも流すのがお似合いな破滅的大爆発から一夜。

 タダでかっぱらうことに関しては凄まじい嗅覚を持つ砂漠世界の住人たちが東西南北から押し寄せ、破壊された戦艦をぐるりと囲んだ。

 金属、布、ガラス機器。そして何より砲弾がある。うまく運び出せれば大金持ちだ。


 人が集まれば、水や食料、ガソリンが集まり、戦利品をタバコや酒と交換するための取引所ができる。

 膨大な鉄と弾丸は一夜にして無人の砂漠の海に都をつくるのだ。


 もちろん幻夢斎の戦艦と頭のおかしな魚雷艇が共倒れになってくれたことも多いに影響している。

 このあたりの砂漠はぐんと安全になったが、その影の功労者というか、ただの巻き添えというか、影丸、レン、チアキの三人組はどこにいるのかというと、軍艦から三百メートル西にうつ伏せにぶっ倒れていた。


 このなかで一番最初に目が覚めたのはレンだった。

 髪に混じった砂を取るより先に軽機関銃の砂を払い、装弾不良をおこしはしまいな?とたずねる調子で弾倉を外して上から見ながらボルトを引いたり戻したり。

 この軽機関銃は都市での使用のみを考えた貴族の令息みたいな銃なので、こうした過酷な環境での使用にはとびきり注意しなければならない。


 さて、まわりを見ると、まだ夜明け前、かっぱらいたちがぼつぼつ集まり始めたころだった。

 少女は負い革に肩を通して、倒れているふたりがかっぱらいの餌食にならないよう見張ってやることにした。


 少女の大きな機関銃を見れば、たいていのものは怖気づいてしまう。

 だいたい三百メートル先に巨大な鉄の塊が転がっているのだから、何もここで危ない目に遭うことはない、そう考えるのが普通だ。


 だが、世界には目の前の刀や弾丸に目がくらむバカタレもいて、そういうやつは構わず影丸とチアキの持ち物をかっぱらおうと突進する。


 そのたびにかっぱらいたちの足元に七・六二ミリ弾を一連射するのだが、弾丸がガガガと砂地に突き刺さると、それを掘り起こそうと人が集まる。空薬莢とうまくつなげられれば、ひと財産だ。


 地下都市も相当な物質主義だが、ここはもっとひどい。


 バラックが建てられて、A通りやB通りが出来上がるころに影丸が目を覚ました。


 砂をぺっぺと吐きながら起き上がるころには彼らと戦艦を挟んだ反対の位置に魚雷艇神社がつくられていた。というのも、あの魚雷艇の指揮官がいつもかぶっていたふたつ折りの礼帽が焦げた少量の脳みそ付きで見つかり、これを粗末にするとどんな祟りを食らうか分からないということで、怨霊は祀って神さまにするに限る。空き缶で鳥居をつくり魚雷艇指揮官を祀ることにしたのだ。


 さて、チアキはまだ目を覚まさない。

 彼は柄が金属の打ちだしの安っぽい軍刀、挿弾子を入れる弾薬ポーチを斜にかけていたが、何やら本のようなものが入っているらしい革の薄い地図入れのようなものを抱きかかえていた。


「なんだろう。これ」


「拙者にはとんと分からぬ」


「エッチな本かな?」


「えっち?」


「春画ってこと」


「ああ。なるほど。チアキ殿も男なのだな」


「まあ、耽美系の顔してても好きなものは好きなのよねえ」


 と、ふたりはニマニマする。


 どんなものか見てみようかと思ったが、チアキの腕前を知っている影丸が止めた。

 実際、今でも眠ったまま、鯉口を切っている。

 これを抜いたら、眠ったまま真っ二つだ。


 チアキが目を覚ますころには砂漠にできた都は街道のようなものができ、スクラップを載せるだけ載せようとする荷車の列が続々とやってくる。都というものは古来よりやつれた子どもと民を苦しめる重税の上に立つのがスタンダードだから、ただくず鉄の上に立つこの都はまだ良心的だった。


 とはいえ、あまり長居しても面白いことが起きそうにないのははっきりしていたので、水と食料を手に入れたら、とっとと離れることになった。


 この町にできたZ通りのうち、三番目に名づけられた第三Z通りを歩いていると、サバクイノシシの頭をまるまる鍋にぶち込み、代用米と煮て、雑炊を出す店の前を通り過ぎかけた。


 通り過ぎかけたということはつまり立ち止まったということで立ち止まったということはそれだけの価値のある何かを見つけたということだ。


 何が見つかったかというと、埃に汚れたチンピラたちが砂漠の真ん中のしょぼい病院から物をかっぱらうだけかっぱらい、院長を自称するヤブをぶん殴ってずらかったのだが、しばらくして銃声がきこえたので、自殺用の拳銃もしっかり盗んどけばよかったガハハと虫歯だらけの歯を見せて大笑いしていたのが見つかったのだ。


 見習い忍者は義理を知る。寝床をひと晩借りたし、この砂漠世界で何とか人というものを信じ、他人の生活をもっとスバラシイものにせんと頑張ったひとりの男が人を信じたゆえに挫折を味わい命を絶ったことを思うと、これは何かしないといけない。

 そう思った。


 気づけば影丸のまわし蹴りが炸裂し、噛み煙草で汚れた男の歯茎から虫歯が四方八方に飛び散った。


 うわ、こいつやりよった!


 レンとチアキの感想を端的に述べるとそんなところだろう。

 無頼漢どもが形も長さもさまざまな刃物を抜き放つと、もう影丸の仲間と見なされているレンとチアキも加わって、影丸に加勢し、軍刀と忍び刀と銃剣をつけた機関銃によるチャンバラが始まり、六人が峰打ちで額を割られ、ふたりが膝の皿を吹っ飛ばされると、無頼漢たちは気絶させるつもりのない峰打ちとチャンバラが不利になったらすぐに引き金に指をかけるレンの狂犬性に恐れをなして、逃げ出そうとするが、


「こらっ! 店の主に払いがまだであろう!」


 と、影丸が実にありがたい気遣いをし、あり金全部、というかあり弾全部を巻き上げて放してやった。


 影丸は遠くへ、より遠くへと逃げていくチンピラどもの背中を腕組みして眺めながら、


「うむ。正義の勝利だ」


 と、うなずづくと、チアキが、


「頼むから、バカをやらかすときは事前に予告をしてほしいな。この世界は荒廃しているが、それだからといって、ここの住人がきみのような単細胞生物ばかりとは限らないからね」


「タンサイボウ? その坊はどこの寺の坊主だ?」


「うん。きみに人体の構成単位をもとにした皮肉を言った僕が悪かった」


「ム?」


 都にニュー・スクラップという名前がつけられるころには日が西へと沈み、太陽としては新たな都の創出を許した屈辱の日として記憶された。


 ニュー・スクラップがくず鉄的経済基盤の上にできたが、同時に利権も生まれ、くず鉄を巡って、ちょっとした殺し合いが起きた。どんな町にもサカタみたいな手合いがいて、くず鉄利権、水利権、焼酎利権、売春利権、武器利権が産声を上げるだけ、死人の数が増えていく。


 レンはタイラ・ミナモト製作所を探し出せば債権回収局に戻れるかもしれないという淡い希望を、チアキはいったん家に帰りたいが方向が同じだからという理由で、影丸の旅に付き合うこととなった。


 ニュー・スクラップが悪徳の衣、纏いたるころには、その灯を西に残し、本物の光の道が東を指すのでそれに従った。

 いまや、シェルターのなかに閉じ込められたドジでよく拗ねる姫は三人の導きを担当することになった。責任も三倍である。もちろん、姫は人数が増えたことは知らないが、自分の知らないうちに責任が増えて、給料はそのまま、というのはよくある話である。


 ニュー・スクラップを発った翌朝、このあたりでは目端の利くビジネスと呼ばれる水運搬トラックが止まっていた。トラックのエンジンがだいぶへたばっているので、積載タンクの大きさは半分。残り半分の荷台に三人を乗せてもいいということになり、三人はもしどこかの盗賊まがいのバカタレがやってきたら、見事撃退してみせるという約束をした。


「わしのご先祖はな」と砂漠の道を走りながらトラックの持ち主が言う。「忍者はいると思って、ずっとそれを伝えてきたんだ。わしには子が五人、孫が十三人いるが、これでみなに忍者を見たと自慢できる」


 光の道はトラックよりも速すぎず遅すぎず、速度が釣り合って、玉のようになっていた。

 淡い青の光の玉は均衡を崩そうと必死になっていたが、必死になればなるほど、玉としての完成度は上がっていく。最初は楕円形だったのが、完全な円になり、そこから動けなくなってしまった。


「そっちの兄さんはシラジラ族かい?」


 チアキは、そうだ、とこたえた。


「御仁。白々(しらじら)とは何なのだ?」


「厳しい土地だよ。太陽が人をいじめ殺すこの砂漠のなかでも特にひどい。普通、砂漠に住んでると、この通り、肌が浅黒くなるが、シラジラじゃあ、この兄ちゃんみたいに、髪も体も真っ白になっちまう。ちょうど土みたいに色が抜けちまうんだ。蒸発するみたいにな。あそこじゃみんながやる気をなくしちまう。暑すぎてな。やる気がなくなるんだ。植物なんて育たないから畑を作る気にもなれない。酒を日陰において、飲めるくらいの温度になるのを待つしかやることがない。わしの従兄弟が凶状持ちになって、シラジラに逃げたんだが、真っ白になって帰ってきた。あんなところにこれ以上いるくらいなら、こっちで捕まったほうがマシだとさ」


「だから、僕は逃げてきたんだけど」


「だけどよ、あんなシラジラみたいな住処があるのも、何かの意味があってのことじゃあないのかって、わしは思うんだよ。たとえばよ、この砂漠で辛いことがあっても、いやシラジラよりはマシだって思えれば、生きる気力も湧いてくる。そういう全ての不幸をおっかぶさった町があるから、わしらはギリギリのところで耐えられるんだ。そうでなきゃ、わしなんて、このトラックごと、岩にぶつかって死んじまうよ」


「あの町にも意味があることがわかって嬉しいよ」


「兄ちゃん、それ、皮肉って言うんだろ? バカにするなよ。わしは三か月、学校に行ってたんだ」


「チアキ殿。家というのは、そのシラジラとやらにあるのか?」


「話きいてた? 僕はそこが嫌で逃げたんだ」


 しばらくすると、旧陸軍の『危険 地雷原!』の札が右側に並んだ。

 そこに一頭のサバククジラが迷い込み、飛び上がり、派手に砂をまき散らして、砂漠に潜りまた飛び出した。このダイナミックなクジラの体操に巻き込まれた地雷たちの運命はただ爆発するか、ヒゲのあいだを巧妙に抜けて胃袋に到達して、その無力な爆発刺激を与え、クジラの食欲を増進させるかだった。

 クジラはこの砂のなかの虫たちを餌にしていて、町ひとつ飲み込めるくらい大きな口を開けて泳いだかと思ったら、持ち上げた頭から砂がざあざあと流れていく。


 退屈なので、シラジラの話をしてくれと言ってみたが、もちろんチアキは断った。

 じゃあ、その地図入れに入っている春画の話をしてくれとしつこく詰め寄り、どちらか見せてくれるまで、こうやって頼み続けて人生台無しにしちゃうぞと脅すことで、ついにチアキは降伏し、シラジラのことを話し始めた。


 シラジラにおいて、シラジラしいという言葉は白々しいとは違う意味でつかわれる。

 絶望と楽観と怠惰とあきらめの混じった状態をいうときに、お前おわらはしらじらしいぞにぃ、と言うのだ。


 このシラジラしい、つまりシラジラらしいということなのだが、これを正確に把握するのはシラジラに生れ落ちないと難しい。

 そして、シラジラに生れ落ちるというのは、この荒廃した砂漠世界に於いて、最低最悪の貧乏くじを引くということなのだ。


 シラジラの家はみな屋根がない。

 崩れてそれっきり。三階の屋根が落ちたら、これからは二階と一階だけ、二階の天井が落ちてきたら、一階の天井が落ちてきたら、まあ、そのとき考える。


 道をまっすぐひくとか、扉をつけるとか、そういう努力をしない。

 誰かが結婚しても、誰かが生まれても、誰かが死んでも、式というものをしない。

 結婚した。生まれた。死んだ。へー、で終わる。


 シラジラではみな剣が使える。かなり使える。

 これはチアキがいまだに謎としていることなのだが、あの石灰まみれの無気力な土地で剣術をきわめんとする意味は何なのだろうか。奪うものがなさ過ぎて盗賊が泣いて銭をめぐんでくれる土地なのだ。精神修養かもしれないが、あらゆる色素を蒸発させる脅迫的日光を前に、静かな精神が役に立つだろうか?

 もし、静かにしていることが精神的に優れた証というならば、町人はみな静かだ。

 日光を浴びすぎて疲れ切り、向上心は砂嵐で抜き取られ、そのくせ狂ったように剣を修行する。


 この修行した剣で世に出たい、といった動機があるなら分かるが、そうしたものがない。

 その昔、自己満足だけで小説を書くものがいて、そいつにとっては書くこと自体が楽しいのであって、書き終わると小説は燃やしてしまうそうだ。


 そいつの気持ちが分かる気がする、とチアキはいう。

 チアキはシラジラの町で唯一、向上心のある剣士だった。

 十四歳にしてチアキは旅立つことに決めた。

 椅子に座り、遠くに見える平らな大地を眺めている父親に対し、彼は肉体的および精神的飛躍を宣言した。


「おとう。わら、町ぃ出るぞに」


「町出て、どがんするぞにもし」


「知らん。でも、ここにおるより、いっとうマシぞに」


「チアキ。おわら、シラジラしい」


「シラジラしいのん、おとうぞに」


 シラジラの町は真っ白で石灰まみれの壁に囲まれていて、その壁がつくる物陰にはいつも老人、あるいは心が老人みたいになってしまった若者が座っていた。彼らはとても活動的だった。太陽が移動し、影が動くと、彼らも尻を浮かせ、それに合わせて動く。太陽をずっと空に釘付けにする方法があれば、いちいち尻を浮かせて動かなくてもいいのに、と愚痴るが。たとえ太陽をずっと停止させる方法を発見しても、彼らがそれを実行するかは疑わしい。

 誰かやってくれるだろう――いつもこれなのだ。


 自分もああなる前にここを脱出するのだと心に決めたチアキは泉で水を飲むだけ飲んで、シラジラの町を旅立った。

 夜、ひとりで歩いているとシラジラしいと思うこともあったが、武器弾薬を運ぶボンネットバスに剣の腕を売ることができ、それで一か月旅をして、大きな町で降りて、剣で身を立てることはできないかと思ったが、みな見た目でチアキを判断し、お前みたいな女男にお似合いの仕事を紹介してやると言われ、靴屋では古タイヤを刻んでサンダルをつくり、粥屋では少ない米でいかに粥を成立させるかを学び、分かんねえ屋という店では何をしているのか分からないが世のなかの役に立っていないことだけは分かる不思議な調合業務を行った。


 その分かんねえ屋の持ち主は老人で、いつも回転式拳銃をズボンの前に突っ込み、誰も信用していなかった。会う人間全員が自分の業務上の秘密を狙っていると思い、チアキには何の薬を調合しているのか教えなかった。


爆発はっぱとかすんぞに?」


「何も問題ない。まぜろ! まぜろ!」


 ひからびたネズミやヤミ市で引き取り手のなかった危険な焼酎くらいなら、まだよかったが、ヤミ市で有名な悪ガキが影も形もなくなったと話題になったとき、妙に調合鍋のかさが増したことがあった……。


「ところで、どうして僕はシラジラから出た先のことまで話しているのかな?」


 ふたりの頭の上をクエスチョン・マークが十七個くらい、ポコッ、と音を立てながらあらわれ、トラックの外でびゅうびゅう鳴る風に触れて流れていった。

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