新たなメンバー
すべての光が収まった時、クリスは屋敷の中庭上空に漂っていた。
うまく〈フライ〉が発動したおかげで、落下を免れた。
しかしクリスは肩を落とした。
「ああー、もったいない」
未知の亜空間が壊れてしまった。
もう少し分析出来れば同じ魔術が使えそうだっただけに、亜空間の消滅が残念でならない。
亜空間を消し飛ばしたのは、先ほど自動的に発動した魔術だ。
スキルボードには『悪魔の黄昏』と書かれていたが、その魔術はリストに載っていない。
そのくせちゃっかり、クリスのマナを吸い取って発動している。
「僕のマナを使うんなら、魔術をリストに載せてくれても良いのに……」
先ほどの魔術は準備から発動まで、かなり時間がかかった。
以前アリンコに使った〈燼滅の極光〉とは比べものにならないほどの充填時間である。
威力もそれに比例して強力になっているはずだ。
迂闊に使おうものなら、陸地を湖に変えかねない。
それでもクリスならば、使わずにはいられなかっただろう。
ある意味、リストに載っていなくて正解だったかもしれない。
「まあ、いずれ魔術を組み合わせて、似たようなものを作ればいっか」
気持ちを切り替え、クリスは屋敷に向き直る。
その視線が、自分の部屋を捉えた。
「あっ……」
自分の部屋の壁が、盛大に破壊されている。
これではマトモに、夜も眠れまい。
「しまった。チゲェさんに弁償してもらうのを忘れてた!」
壁破壊の原因を作ったチゲェの姿は、どこにも見当たらない。
先ほどの魔術は威力こそ凶悪だったが、人を殺傷する力は一切なかった。
とても不思議な魔術である。(だからこそクリスは、あの魔術を覚えたいのだが)
チゲェが魔術で消滅した可能性はない。
となると、どこかに隠れているはずなのだが、その姿がまったく見当たらないのだ。
「大変だ……。これじゃあ、壁は実費で直さなくちゃいけない!」
クリスは青ざめた。
いま、クリスの財布にはお金が入っていない。
シモンを雇い入れるのに、ほとんどすべてを使ってしまったからだ。
「どうしよう。父さんに怒られる!」
クリスは父の雷に怯えた。
「とにかく、一刻も早く、誰かにお金を借りて壁を直さないと!」
父が気付くまでには、当然修理は終わらない。
けれど、修理への道筋くらいは付けておけば、父もそこまで怒るまい。
それでも雷は落ちるかもしれないが……。
クリスが誰にお金の工面を申し出るか考えていた時だった。
ふと、窓から視線を感じて見下ろした。
執務室の窓から、なんの表情も浮かんでいないヴァンと、バチっと視線が合った。
そのヴァンが、おいでおいでと、手招きをしている。
(逃げちゃ……駄目?)
クリスは今すぐ遠くに逃げ出したい衝動に駆られた。
けれど結局、この家に戻ってくる。
その時に、落ちる雷の威力を思うと、ここで逃げ出す選択は出来なかった。
クリスは素直に、ヴァンの出頭要請に応じるのだった。
○
「第五回円卓会議を始めます」
「もう五回目ですか」
「なにか言いたいことでも?」
「いえ……」
ソフィアの冷たい気配に気圧されて、シモンは黙り込んだ。
彼女に呼ばれてこの部屋を訪れたのは、北方からの侵入者をすべて撃退して一夜明けた早朝のことだった。
フォード領に侵入したのは、宵闇の翼幹部ザガン率いる、ザガンファミリーだった。
かなりの実力者揃いだったが、フォード領は被害を最小限に食い止めることが出来た。
ザガンファミリーは、アレクシア帝国においてかなりの武力集団だ。
それを、田舎の貧乏領が抑え込んだのだから、奇跡としか言いようがない。
「やはり、アルファ様は予め、こうなることを予測されていたようですね」
「そうですね」
ソフィアの言葉に、シモンは深く頷いた。
貧乏領地がザガンファミリーの襲撃を抑え込めたのは、偏にクリスのおかげだった。
襲撃が発生する前に、彼が領兵の武具を強化したことで、領兵が彼らの武力に抑え込まれることがなかった。
また、汚染された村を浄化したことで、領兵を分散させずに済んだ。
もし領兵が分散していれば、たとえ武具を強化していたとはいっても、多勢に無勢で圧されていたに違いない。
他にも、森の中に穴を掘り、そこにザガンファミリーが落ちるよう音で誘導した手腕も素晴らしかった。
あそこで彼らの体力を奪ったからこそ、領兵は無傷で完勝出来たに違いない。
「さすがアルファ様です!」
「でも、最後はアルファ様が動いてしまいましたね」
シモンはがくっと肩を落とす。
自分にもう少し力があれば……。
ルイゼに敗北したばかりのため、より強く自分の力の無さを感じてしまう。
「たしかに、アルファ様と比べると、私たちはあまりに非力です」
「はい。もっと、強くならないと」
クリスに捨てられるのではないか?
あるいはもっと強い者が側近に選ばれ、シモンはクリスの側付きから外されるのではないか。
そんな不安を感じてしまう。
「クリス様のためにも、私たちはもっと強くならねばなりません」
「はい。しかし、どうやって?」
「助力を申し出ます」
「……誰に?」
「それは私なのだ!」
「ぬわっ!?」
突然、第三者の声が聞こえて、シモンは飛び上がった。
その声には聞き覚えがある。
――ルイゼだ。
「なぜルイゼ殿がここに……」
「ザガンから大金を巻き上げたばかりだからな。しばらくここで骨休めをするのだ」
「ルイゼ殿は、フォード家と浅からぬ縁があります。今回特別に、客人としての長期滞在が許可されました」
「そう、なんですね。驚きました……」
ルイゼは以前、クリスの剣術師匠を務めていた。
一体どのような縁でフォード家と繋がったのかは不明だが、彼女の力を借りれるのなら心強い。
「……そういえば、アインス先輩。よかったんですか? ルイゼ殿をここに招いて」
一応、この場は秘密だったはずだ。
情報漏洩が気になるが、ソフィアは首を振る。
「それは大丈夫です。ルイゼ殿には私たちの仲間に入って貰うことになりましたので」
「あー……。いいんですかルイゼ殿?」
「いいのだ。フォード家とは浅からぬ縁があることだしな。それにこんなに面白そうな集まりに、参加出来ないのはもったいないのだ!」
「もったいないって……」
「そうだろう? だって――」
シモンの疑問に、ルイゼが実に剣豪らしい答えを口にした。
「ここにいれば、強い敵と戦えそうではないか!」
こうして、新たにルイゼが聖天の翼の仲間として加わることになった。
彼女の加入により、シモンたちの実力はさらに向上することとなる。
聖天の翼が影の武力集団として怖れられるのは、もう少し先の話である。
ルイゼさん、大金が手に入ったのでお遊びに参加する模様




