やったかっ!?
屋敷を出た瞬間、ヘンリーは街の異変に即座に気がついた。
ヘンリーはフォード領で二番目の剣士だ。
ゼルブルグいちの剣士と謳われた父にはまだ敵わないが、それでもかなりの腕前だ。
そのヘンリーが、街の異変――うずまく殺気を見逃すはずがない。
「これは、不味いかな」
呟き、即座に現場へと走り出した。
先に父に告げるべきか考えたが、なにも分からないままでは報告にならない。
(一先ず、状況の確認だ)
「なんだ、これは……」
現場にたどり着くと、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
――主に、侵略者にとって。
「た、たすけ、て……」
「どうか、お、おゆる、しを……」
「ひゃっはー!」
「もっと生きの良い奴を持ってこい!」
不審者集団が地面に倒れ、そのまわりを領兵が取り囲んでいる。
この場に来たのがヘンリーでなければ、まず間違いなく取り囲んだ方が不審者だと思うに違いない。
「……やれやれ、こうなるのか」
先日クリスに武具を強化してもらったおかげで、領兵の士気が極端に上昇した。
普段やる気がない彼らを焚きつけられたと見て、ヘンリーは喜んだものだ。
しかし普段と違う状態は、たとえそれが良いものであっても、一瞬で落とし穴に変わる。
――強すぎる武器に魅せられた領兵が、強盗のように変貌してしまったのだった。
(慣れないことはするものではないね……)
「はいはい、皆落ち着いて。一旦剣を納めよう」
隙を見計らい、手を叩く。
――パンッ!
その音で、領兵がはたと我に返った。
僅かな呼吸の隙間を狙って、悪い意識を音で断ち切ったのだ。
「だ、団長!?」
「ここ、これは……大変お見苦しい姿を見せて、すみませんでした」
「いいよいいよ。それより、こいつらは――」
領兵に近づいた時、ヘンリーは僅かに殺気を感じた。
即座にバックステップ。
瞬間、上空から影。
眼前に銀の輝き。
――キンッ!!
足下に、深々と剣が突き刺さった。
その剣を振るったのは、新手の不審者だ。
「……きみ、何者かな?」
「答える義理はねぇ!」
問答無用と言わんばかりに、男が剣を振るう。
顔立ちから、この辺りの者ではなさそうだ。
(戦い方は、北方のそれに近いかな)
そんなことをぼんやり考えながら、相手の剣を受け流す。
相手はかなりの強者だ。
しかし、ゼルブルグいちと謳われた剣士の父に直接鍛え上げられたヘンリーの敵ではなかった。
(さて、どうやって終わらせるかな)
相手を怒らせて情報を引き出すか、それとも捕まえて、拷問で吐き出させるか。
いくつかのパターンを考えていた、その時だった。
「――ッ!?」
目の前に、真っ赤な炎が出現した。
慌ててヘンリーはバックステップ。
ゴゥ! と炎は音を立てて上空へと消えていった。
「……ふぅ。まさか魔術士が剣で戦っているとは、考えもしなかったよ」
「チッ!」
完全に隙を突かれた。
だが、こちらに傷はない。
奥の手と思われる攻撃をかわされたにも拘わらず、男の顔には落胆の色は浮かんでいなかった。
「剣士ごときが魔術士の間合いにどう入る?」
「……なるほど」
数打てば当たる作戦か。
剣術スキルはそこそこだが、かなりの魔術の使い手のようだ。
(少し甘く見積もりすぎたかな)
包囲されている兵士と比べて、練度が段違いだ。
特に先ほど魔術を放ったタイミングは完璧だった。
まさか自分の隙を突ける相手だとは、想像もしていなかった。
「確かに、君の言う通りだね」
剣士は魔術に弱い。
何故なら剣で魔術を防ぐ術がないからだ。
そのため剣士はいち早く、相手の懐に入り込む。
相手に魔術を放つ隙を与えないためだ。
だが相手は剣士でありながら、魔術を扱った。
近接戦闘が出来る魔術士とは、恐れ入る。
これでは懐に入っても、必勝形には持って行けない。
「悪いけど、ちょっと借りるよ」
なればと、ヘンリーは素早く動き、部下の兵から盾を借りた。
「はっ! そんな盾ではどうにもならんぞ?」
「それはどうかな?」
「あの世で後悔してろ。〈ファイアボール〉!」
再び魔術の炎が出現する。
それに対して、ヘンリーは盾を構えたまま動かない。
(クリーンヒットだ!)
強い兵士を相手にしたゴズは、己の勝利を確信する。
剣術スキルだけならば、ゴズはきっと負けていただろう。
だがこちらには、魔術がある。
ザガンから部隊を任されたのは、この秀でた魔術士としての力があったためだ。
兵士に当たった炎が、一際強く燃え上がる。
(やったか!?)
兵士の死亡を確信する。
しかし、そんなゴズとは打って変わって、周りに居る兵士はニタニタと笑みを浮かべている。
(そういえばさっき、アイツは団長と呼ばれていたな)
(その団長が燃やされてるってのに、なんでみんな落ち着いてやがるんだ?)
ゴズが不審に思った、その時だった。
「そっくりそのまま、お返しするよ」
団長の声が、夜の街に冷たく響いた。
瞬間、炎が音を立ててゴズに飛来。
「――ッ!?」
慌てて魔術を構築。
同じ〈ファイアボール〉で打ち消した。
「な、なんだ!? まさか奴も〈ファイアボール〉が使えるのか――!?」
いや、違う。
ゴズはすぐに思い直す。
彼からは、魔術を放つときのマナの高まりを感じなかった。
つまり今の〈ファイアボール〉は、ゴズのものが跳ね返されたのだ!
「うん、さすがはクリス。この盾の付与も完璧だ」
「付与、だと!?」
「そうそう。我が領兵は弟クリスに、多大なる恩義を受けたばかりなんだ」
「な、なんだそりゃ?」
話を続けながら、ゴズは必死に策を練る。
どんな仕掛けか不明だが、自分の魔術が跳ね返された。
まわりにいる手練れの部下は、すべて無力化されて地面に倒れている。
ここからどう挽回すれば良いか……。
(くそっ、なんでこんなことに!)
領兵の戦い方は稚拙だった。
事前の情報の通りだ。
なのに、ファミリーの力ではちっとも歯が立たなかった。
原因は、相手の武具だ。
あの武具の性能が、尋常ではないのだ。
剣を斬る剣に、こちらの攻撃をノーダメージで受け止める鎧。
こんなものを持った兵士に立ち塞がれては、どう足掻いても太刀打ち出来ない。
(相手が、悪すぎた……)
そう、ゴズは結論付ける。
だがだからといって、すぐに敗北を認めるわけにはいかない。
先に向かったザガンのために、少しでも長くここに領兵を引き留める。
それがゴズの役割だ。
「俺はゴズ。組頭のゴズだ! いざ尋常に勝負――」
「するわけないでしょ」
「――ガハッ!!」
こちらが名乗りを上げている最中だというのに、団長は驚くべき速度でゴズの腹部を剣の側面でなぎ払った。
後方に吹き飛ばされて、地面をゴロゴロ回転する。
(動きが、ちっとも見えなかった……!)
ただの領兵とは違う。本物の力を見せつけられてゴズは、
(こんな奴に、時間稼ぎなんて出来るわけがねぇ)
己の敗北を受け入れるのだった。
ヘンリー「(格下の犯罪者相手に真剣勝負なんて)するわけないでしょ」




