し、失敗したわけじゃないよ!
しばらくフライで飛翔を続けると、クリスはやっと適地を発見した。
木々が開けていて、人里からも遠い。
ここならば、結界魔術を思う存分使っても問題あるまい。
「さてっ! ちゃっちゃと試しちゃおう!」
「……く、クリス様、は、こんな場所に、用事があったんですか?」
「うんうん。あっ、辛いなら寝てていいよ」
「す、すみません……」
顔を真っ青にして横たわるシモンを放置して、クリスは亜空間魔術を発動する。
「〈サブ・ディメンション〉!」
マナがスキルボードを伝い、魔術に変換。
魔術がスキルボードから射出され、なにもない空間で展開。
十メートルほどの真っ黒な球体が、突如として前方に出現した。
その球体の半分は大地の下に隠れ、まるでドームのようだった。
「この球体の中が亜空間になってるのかな?」
眼前に広がった球体を、じっと眺める。
球体の向こう側がうっすら透けて見える。
球に触れようとすると、クリスの手が空を切った。
「あれ? 触れない」
何度か試してみるが、やはり触れなかった。
「あっ、そうか」
クリスはぽんと手を打って、再び壁に手を伸ばした。
先ほどとは違い、その手にはマナが集められている。
「よし、ビンゴ!」
クリスの手は、今度は空を切らずに壁に触れた。
亜空間魔術は、マナで体をコーティングしなければ、触ることが出来ないようだ。
「あれっ、でもじゃあどうやって中に入るんだろう?」
試しにぐるりと一周してみる。
するとすぐに出入り口の穴を発見した。
ここも先ほどと同様、マナを纏わなければ入れないようだ。
クリスは全身にマナを纏わせてから、中へ一歩足を踏み入れた。
その瞬間、世界から光が消えた。
「おお、前に入ったやつだ!」
そこは以前、アリンコによって呼び寄せられた亜空間と、全く同じ見栄えだった。
ここには光源はないが、闇もない。
壁全体が黒く染まっているせいで、暗がりの中にいるように感じるけれど、手を伸ばせばどこまでも、自分の手がはっきり見える。
「よおし。今度から、ここで魔術を使おう!」
ここならまわりに被害を出さずに済むだろう。
結界魔術の成功に小躍りしながら、クリスは亜空間を出る。
外に出ても、太陽はまだ沈んでいなかった。
亜空間に入ったら、外界との時間の流れが変化するといった不具合もなさそうだ。
「かなり使い勝手がよさそうな魔術で良かった」
これならば、家でも使えそうだ。
クリスは魔術の出来に満足しつつ、亜空間魔術を解除した。
次の瞬間だった。
「……へっ?」
「あっ……」
音も無く、地面が球状にごっそりと消え去った。
間違いない。亜空間の円形下半分が埋まっていた場所だ。
どうやらこの亜空間魔術、展開した場所に重なった部分を、消滅させてしまうらしい。
消えた地面はどこへ行ったのやら……。
魔術の彼方に消え去ったのか、あるいは全く別の空間に転移してしまったのか。
いずれにしても、クリスに確かめる術はないだろう。
ぱらぱら……。
円形の穴に、砂が落ちる音が響き渡る。
「……うん」
これは安易に使っちゃいけないやつだ。
もし誘惑に負けて自分の部屋で使ったとしたら、とんでもない結果になっただろう。
クリスの背中に大量の冷や汗が流れ落ちる。
「クリス様。この穴、どうするんですか?」
「…………」
クリスは腕を組んだ。
(どうしよう……)
もしこの場にいるのがクリスだけならば、慌ててこの場を立ち去っただろう。
だが今は、シモンが側にいる。
慌てるのは得策ではない。
――なぜならば、とんでもないミスをしでかしたとバレるからだ。
ではどうすべきか?
こういう時にミスを誤魔化す方法を、クリスは父ヴァンから学んでいる。
――どしっと構え、意味ありげに笑うのだ。
「………………ふっ」
「――ッ!?」
「このままにする」
クリスは堂々と胸を張って、シモンに告げた。
初めは土魔術で埋めるべきかと考えた。
しかしそれでは門限に間に合わない!
そもそも、だ。あえてこの場所を選んだのは、人里から離れているからだ。
こんな辺鄙な場所に、誰かが来るはずがない。
人的被害がないのなら、このまま立ち去っても問題ないはずだ。
空いた大穴は、いずれ大自然に還るだろう。
大自然には、それくらいの包容力が備わっているものである。
故に、放置!
これは戦略的放置だ。
「さっ、帰ろう」
「えっいやこれ、本当にこのままにしておいて大丈夫なんですか?」
「いいのいいの。これが狙いだから」
嘘だ。狙いなどない。
クリスの頭の中はほとんど空っぽ。
いまは門限に間に合うかどうかしか考えていない。
「これが、狙いッ!? でも、これには一体どんな意味が……?」
「…………さあさあ、帰るよ」
意味もない言葉に意味を見つけ出そうとする可哀想なシモンを連れて、クリスは屋敷へと大急ぎで引き返すのだった。




