またおまえか!
この報告如何では、息子との別れを惜しむ時間もないだろう。
「許す。続けよ」
「はっ! 北の山で発生したスタンピードと思しき魔物の集団ですが、先日、壊滅しました」
「「「…………はっ?」」」
三人の喉の奥から変な声が出た。
想像もしていない報告に、頭が追いつかない。
「え、ええと……スタンピードが、全滅? 全軍、我が街に侵入、ではなく?」
「はい。あの、実際に目撃したわたしも、未だに信じがたいことなのですが……」
スタンピードが壊滅。
その報告は、どうやら事実のようだ。
「では何故壊滅を? よもや、災害か?」
「いえ…………」
「どうした? 何を言いよどんでいる?」
「あの、実際にわたしは目にしたのですが、もしかしたら信じて貰えないかもと思いまして……」
「良い。今は緊急時だ。見たことをそのまま告げよ」
「はっ! わたしが、スタンピードの先頭を確認したときでした。空を飛ぶ少年が現われまして――」
その報を聞いたヴァンが、激しく項垂れた。
どうやら頭の中に同じ顔が浮かんだらしい、ヴァンの横では、二人の息子もがっくり項垂れている。
いま、三人の心が一つになった。
(((……あいつか)))
「そのぅ、少年が巨大な炎を放って、一瞬ですべての魔物が壊滅してしまったのです」
「ああ、うん、まあ、そうだな。信じがたい光景だが、うむ、信じよう」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、よく頑張った。危険な任務、ご苦労であった。ヘンリー、この者の今月の俸給に、危険手当を加えてやってくれ」
「はっ、了解しました」
「ありがとうございます!! ……それにしても、あの少年は一体」
伝令が首を傾げた。その時だった。
再び扉が開かれ、三人目の息子が現われた。
「父さん、ちょっと相談があるんだけど――」
「あっ!! こ、この子です。空を飛んでいたのはッ!!」
クリスを見た伝令が、眦を決した。
これで、空を飛ぶ少年の正体が確定だ。
激しい疲れを感じつつ、ヴァンはギリギリの精神状態で言った。
「クリス。お前には、聞きたいことが、山ほどある……ッ!!」
「えっ?」
「だが、そうだな。その前に、まず伝えるべき言葉を告げよう」
「はあ……」
領主としての様々な怒りを嚥下して、ヴァンは素の表情を浮かべた。
「……よくぞ無事に戻った。お帰り、クリス」
「はい、ただいま父さん!」
○
家に戻った後、クリスは何故かヴァンにこってり絞られてしまった。
言葉を聞き流しながら上の空の返事を繰返していたので、ヴァンが何故怒っていたのかがわからない。
だが、これだけ怒っていたが、ヴァンは自分を咎めていないことだけはわかった。
幸いだったのは、アレクシア帝国への侵入がバレていないことだ。
これに気付かれたらと思うと、クリスは気が気ではなかった。
『頼む。なにかやるときは、先に教えてくれ……』
その言葉を最後に、クリスへの説教タイムは終了したのだった。
説教が終わった後、クリスは父に新たに一名家人を雇用したことを伝えた。
家人への給金は、すべてクリスの懐から支払われる。
なので、これは父へのお小遣い増額の願いでもあった。
「お前も、ずいぶんと功績を挙げているからな。小遣い程度、喜んで増額しよう。して、その者は使えるのか?」
「僕より剣が上手いです」
「……お前と比べられた奴が哀れだな」
「何故です?」
「わからんのか?」
「嫉妬ですか」
「んなわけあるかッ!!」
冗談で場を和ませてから、クリスは執務室を後にした。
無事、お小遣い増額成功。これで新人への給金支払いも大丈夫だ。
クリスはその足で、屋敷の隅っこにある、しばらく誰も使っていない部屋に向かった。
扉をノックし、ノブに手をかける。
「入るよ」
「あっ、どうぞ」
「……うんうん。見違えたね」
その部屋にいたのは、帝国から一緒に帰って来たシモンだ。
シモンはフォード家家人の制服を身に纏っている。
元々着ていたものよりも、上等な衣服である。
良い服を着たからか、元より五割マシで美男子になった。
おそらく、地が良かったのだろう。
彼のベルトには、長剣が携えられている。
折角学んだ剣術を捨てるのはもったいない。
なのでクリスは、彼を自分の護衛にした。
護衛が必要になる場面が、廃嫡された自分にあるとは思えない。
だからこれは、あくまで形式的なものだ。
ゆくゆくは、なにかぴったりな肩書きを見つけるつもりだ。
それとこの部屋にはもう一人。ベッドには彼の妹であるルビーが眠っている。
クリスが回復魔術を何度も使用したおかげで、ルビーは死の淵から戻って来た。
だが、長時間食べ物が食べられなかったせいか、魔術だけでは自由に歩けるまで回復させられなかった。
たまに目を覚ましては、眠るを繰返している。
だが、しばらく安静にしていれば、そのうち歩けるまでに回復するだろう。
いまは食べ物をしっかり食べて、しっかり寝て、体力を回復させていけば良い。
「あの、クリス様。本当に俺なんかを雇って頂いてよろしいんですか?」
「うんうん、いいのいいの」
「でも、俺は帝国出身者ですよ? それに、スタンピードを引き起こして、この領地を壊滅させようともしました」
「それ、命令されたせいでしょ?」
「それに一度、クリス様に剣で斬り掛かりましたし」
「大丈夫大丈夫。慣れてるから」
「慣れ――ッ!?」
「うん。少し前だけど、僕は父上に毎日のように斬り掛かられてたからね」
「……一体、クリス様は父君に、なにをしたんですか」
シモンが愕然とした表情を浮かべた。
「まあ、ともあれ、シモンはなにも悪くないよ。それに――」
クリスは安らかな寝息を立てる、ルビーを見た。
「妹思いの兄に、悪い奴はいないんだよ」
そう言って、クリスはシモンに笑いかけた。
するとシモンが真顔になり、床に片膝を突いた。
「不肖シモン、クリス様から頂いたご恩に報いるため、永遠の忠誠を誓います」
「はあ」
「我が剣は、クリス・フォード様のために!」
「え、ええと、うん、まあ、頑張ってね」
なんだかよくわからないが、忠誠を誓われた。
クリスは混乱しつつも、いつもの癖で反射的に頷いてしまうのだった。
クリスさん、信者二人目ゲット




