お掃除(魔術)
シャーロットが哀れむような表情を浮かべた。
(さすがに殿下に攻撃してくれは失礼だったかな)
防御性能の試験は、断念する他ないだろう。
(あっ、そうだ! シャロへの魔術攻撃を防御する魔術はないかな?)
クリスはこっそりスキルボードを眺めた。
今ある防御魔術は、自分に対して使用出来るものだけだ。
これが、周囲にいる者にも使えれば、シャーロットを完璧に守り抜ける。
しかし、しばらくスキルボードを眺めていたが、それらしい魔術は見つからなかった。
(うーん、あると思ったんだけどなあ)
たとえば『付与』といった特殊能力が選択出来れば、シャーロットに防御魔術を使うことも出来ただろう。
しかし、現在選択出来る特殊能力は、追尾・飛翔・隠密の三つだけ。
付与は存在しない。
(たぶん、今のスキルボードの状態じゃ出来ないんだ)
以前、アリンコ(悪魔)を倒した後、スキルボードに新たな属性や特殊能力が開放された。
つまり現在のスキルボードは、すべての魔術・能力を網羅していない――いわば未完成品なのだ。
なので、防御魔術の開発も断念する。
こうなると、本当にやることがない。
本音をいえば、家に戻って開発中の攻撃魔術が使いたい。
しかし、そのような我が儘を言える状況にはない。
クリスはシャーロットの危機を無視してまで、魔術を使いたいとは思わない。
彼女は自身にとって、大事な幼馴染みである。
自分の力で彼女の命を救えるのなら、いくらでも力を貸すつもりだ。
とはいえ現在は、相手に好き勝手やりたい放題されている状態だ。
こちらから打って出る手はない。
少なくとも、現状のクリスに手はない。
(しばらくはこのままかな……)
一応、影の使い方を覚えたことで、深夜の魔術襲撃も防げるようになった。
あとは曲者を見つけるだけだ。
夜になっても、まだシャーロットへの襲撃は続いていた。
もう何十度も魔術を放たれ、その度にクリスがシャーロットを回復した。
相手の攻撃がいつまで続くのか。
そんな不安からか、シャーロットは完全に衰弱してしまっていた。
「ねえ、クリス。あたし、いつまでこうなのかしら……」
「さあ」
「そういう時は、嘘でもいいから『すぐに終わる』とか言うものよ!」
「僕は生まれてから、一度も嘘を吐いたことがない正直者だから……」
「もうそれが嘘じゃない……」
「バレた?」
「莫迦ね、当然よ」
下らない会話で場が少し和んだ。
その時、シャーロットがベッドに倒れ込んだ。
クリスがすぐに回復魔術をかける。
しかし、彼女は起き上がらない。
不思議に思い、シャーロットをのぞき込む。
彼女の顔には苦悶が浮かんでいない。
どうやら、緊張の糸がほぐれたからか、眠ってしまったらしい。
(これは……チャンスだ!)
クリスはゆっくり立ち上がり、シャーロットの横に影を置いた。
「君はシャーロットになにかあれば、魔術で回復する役だ」
「(きゅ?)」(ご主人様は?)
「僕は…………そう、捜索に行ってくる! 悪い奴を捕らえる役だ!」
「(きゅきゅ!)」(ご主人様、かっこいい!)
「ふふん、そうでしょ? じゃあ、シャロのことは頼んだよ?」
「(きゅっ!)」(任されました!)
影がしっかり状況を呑み込んだのを確認して、クリスは自らに魔術をかけた。
「≪ハイド≫≪フライ≫」
姿が隠れ、体が浮かび上がる。
そのままゆっくりと、窓の外へと移動した。
影に言った「悪い奴を捕らえる」というのは、ただの嘘だ。
しかし嘘も方便。目的を果たすためには、嘘が必要な場合もあるのだ!
そう、心の中で言い訳をする。
実際のところはシャーロットの部屋に半日軟禁されていたので、ただ外の空気が吸いたくなっただけである。
――外の空気を吸いながら、新しい魔術を使いたい。
クリスは宙を舞いながら、王城を観察する。
王城が、視界に入りきらない。とてつもなく巨大な建物だ。
王城を眺めて、次にクリスは首都を見た。
「どの辺に行けば、魔術が使えるかな……」
魔術はなるべく、人気のない場所で使いたい。
だが王城の周辺には円形に町が広がっている。
人気のない場所まで行くのに、今のフライだとかなりの時間がかかりそうだ。
行って戻るだけでも、日を跨ぎそうだ。
日を跨いでの行動は、さしものクリスも難しい。
スキルボードで様々な魔術を身につけたとはいえ、まだ12才だ。眠気には抗えない。
無理に行動しようとすれば、どこかで睡魔に負けて眠ってしまう可能性が高かった。
「うーん。今日は無理そうだなあ」
魔術の試験を諦めた、その時だった。
王城の外の隅っこに、なにやら動く物影を発見した。
その影は、まるでクリスが生みだした『シャドウ・サーバント』のようだった。
「あれっ、いつ逃げ出したんだろう?」
先ほど作った影はまだ、シャーロットの部屋にいる。
その気配が、マナのラインを通じて感じられる。
「んー? ああ、もしかして昼間に作った影かな」
消えろと念じながらパチン、と指を鳴らす。
だが、影は消えない。
どうやら影と繋がりがないようだ。
だから、その影にはクリスの命令が届かない。
「このままだと、さすがに不味いよね」
王城は現在緊急時下である。
この影が見つかれば、無用な騒ぎを起こしてしまうかもしれない。
クリスはスキルボードを取り出し、パラメーターを調節。
ほどよい魔術を開発し、それを使用した。
「≪ホーリー(極小)≫」
次の瞬間。
――カッ!!
まばゆい光が瞬いた。
放たれたのは、威力と範囲を1に止めた光属性の上級魔術だ。
属性は火でも水でも良かったのだが、闇に通じない可能性を考慮して光にした。
光は闇を打ち消す属性だ。
きっと一撃で影を消せるだろう。
その予想が的中。
影が綺麗さっぱり消え去った。
しかし、
「――あっ!」
ホーリーは自らの隠密魔術(闇属性だ)さえも打ち消してしまった。
慌ててハイドをかけ直す。
「ああ、ビックリした。まさかハイドが消えるとは思ってなかった」
動いても解けないようになっていたため、油断していた。
もし解けたことにさえ気付いていなければ、誰かに姿を発見されていただろう。
『殿下をほっぽり出して何をしていたのだ!!』
カンカンに怒る父親の姿が目に浮かぶ。
ぶるりと身を震わせ、クリスは逃げるような速度でシャーロットの部屋へと戻っていったのだった。




