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帰っていいですか?

 宝具は魔術の鑑定により、真贋が確認されている。

 結果は当然、本物だ。

 それを陛下の前で偽物だと言ってしまうとは、あまりに言葉が過ぎる。


 冷たい汗がダラダラ流れ落ちる。

 もう自分が予想した、最悪の未来など通り超した気がする。


(一族まとめて処刑、か……)


 ヴァンが観念した時だった。


「……くっくっく。子どもが人心を語るか。くっくっく。ほれ見ろ、パトリック。余の勝ちだぞ」

「……誠に、そうなってしまわれましたね」


 陛下たちの雰囲気が、厳かなものから一転した。

 先ほどまでは呼吸すらためらわれる雰囲気だったのに、いまでは茶会のように空気が弛緩してしまっている。


(一体、何が起こったのだ?)


「ヴァン・フォードよ、面を上げよ」

「…………」

「儀礼はもう良い。この場にはうるさい貴族はおらん。顔を上げろ」

「はっ!」


 恐る恐る顔を上げる。

 すると、先ほど殺気かと思うほどのプレッシャーを放っていた陛下が、まるで好々爺のような笑みを浮かべていた。


 その隣にいる宰相パトリックは逆の、苦虫をかみつぶしたようなものだった。


「ヴァンよ。よくぞクリスをここまで立派に育て上げた」

「はっ……?」

「なれど、実の息子に対して『でくの坊』はいただけんな。そなたが家族を信頼せんでどうする?」

「申し訳、ございません……」

「家族は大切にせよ。今、家族を守れるのはそなただけなのだぞ」

「陛下のお言葉、この身に刻む所存です」


 儀礼上百点満点だろう返答をしつつも、ヴァンはまだ状況を理解出来ずにいた。


(クリスが立派? どこがだ?)


 それに、先ほどの陛下とパトリックの言葉も謎である。

 ヴァンが状況を飲み込めずにいると、陛下がまるで生徒に道理を説く教師のように顎を上げた。


「試しておったのよ」

「……なにを、でございましょうか?」

「そなたの息子をだ。余は受け取らぬ方に賭け、パトリックは受け取る方に賭けた。結果は余の勝ちよ」

「続けて説明させて頂きます」


 パトリックが少しむっとした表情で、陛下から説明を引き継いだ。


「もし陛下からの褒美を受け取る子であれば、勲章を授与せずフォード領に送り返していました。もし褒美を受け取らない聡明な子であれば、放っておくのは国家の損失です。武官としての重用も視野に入っておりました」

「我が子が、重用!?」

「当然です。悪魔を倒した逸材は、今世の英雄と呼んでも差し障りありません。そのような武力を、国家として放っておけるはずがありません。ただし、国が扱うならば、最低限の聡明さは必要になります」


 それが、今の授与の流れだったのか。

 しかしまさか、これが陛下の試験だったとは。

 ヴァンの教え通りクリスが頷いていれば、落第点を貰うところだった。


(良かったのか、悪かったのか……。いや、クリスの将来を思うと良かったのだろうな)


 クリスの力は、ヴァンの器に対して大きすぎる。

 たしかに彼がいれば、領地の問題は一気に解決するだろう。

 だが反面、その力に魅了されて、暴君に成り下がるリスクもある。


 あるいはクリスの力を有用に扱えない可能性もある。

 ならば国という、最も大きな器に入れるべきだ。

 それが国家のためにもクリスのためにもなる、幸せな未来か。


「そなたの息子、クリスの言葉は概ね正しい。貴族の中には、今回の悪魔殺しを信じぬ者が大勢おる。子どもがそのような偉業を達成するはずがない、とな。その者たちは、宝具が本物だと確定しても論を曲げなかった。

 故に、此度の謁見は貴族をすべて下がらせて、余とパトリックが直々に、クリスが有用かどうかを見定めることにしたのだ。もし有用であったならば、反対派の貴族を抑えて、なんとしても取り立ててやろうと意気込んでおったのだがな。

 まさか、『その宝具は偽物だった』と言われるとは思ってもおらんかったぞ! これは傑作だ!」


 陛下が大声で笑った。


「自らの偉業で国が分断するのなら、宝具は偽物だと嘘を吐き、反対派の貴族に矛を収めて貰えば良い、か。自分がほら吹きで良いなどと宣言するなど、ただの子供には出来るものではない。クリスよ、その発想、褒めてつかわす」

「ありがとうございます」

「第二ロイヤル・ゼルブルグ勲章は与えてやれんが、別の褒美を授けよう。今、そなたは何が一番欲しいか言ってみよ」


 どうやら陛下は、心の底からクリスを歓迎しているようだ。

 近衛兵たちも同様に、クリスを歓迎する雰囲気を出している。


 それを見て、ヴァンはほっと胸をなで下ろす。


(大事にならなくてよかった……)


 これで、全ての災難が去った。

 自分の領は守られ、命も守られた。


 おまけに、陛下は我が子を聡明だと言ってくれた。

 これほど嬉しい出来事はない。


(ライラ、見ているか? 俺たちの子が、陛下に褒められたぞ!!)


 ヴァンが妻に祈っていた時、クリスが軽く頭を垂れた。


「一ついいですか?」

「良い良い。金か? 地位か? 名声か? 悪魔殺しの願いだ、極力叶えてやろう」

「ありがとうございます。それでは――」


 再び顔を上げたクリスは、いつものクリスの表情になっていた。


(この顔……まさか……ッ!)


 ヴァンの嫌な予感は、的中する。


「――帰っていいですか?」


 その瞬間、謁見の間の空気が、完全に凍り付いた。

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新作「『√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道』 を宜しくお願いいたします!
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