死にたい。
注意:これは決して暗い小説などではありません。それなりに真面目な小説です。
毎年全国で3万人以上が行うという「自殺」。それの空しさを伝えるために。
一
私が生まれたのは、大都会の郊外の一軒家。それほど裕福でもなかったが、私は家族とともに幸せに暮らしていた。
そんな人生が暗転するのは、幼稚園に入ってからである。
不思議なことに運が悪かった私は、よく馬鹿にされた。事実、すごろくでビリ以外になったことはない。くじ引きやじゃんけんにおいても同様。そのせいで、罰ゲーム等色々ひどい目に遭ったものだった。
その運の悪さは小学校に入ってからも続き、「近くにいると運が悪くなる」などの悪評のせいで友達もあまりいなかった。そのせいか、本をよく読む子供になったのである。よく怪我をした。よく怒られた。そんな生活が続くんだろうな〜、と、半ば青春時代は諦めていた。
しかし。高校では奇跡が起きた。僅か三ヶ月のことだったが、彼氏ができたのである。
幸い、眼鏡をかけるほど目が悪くなることはなかった。まあ、かけ始めたその日に眼鏡を割りそうな予感を薄々感じていたので、それだけは運がよかったのだろう・・・。
そして今。
世間で言うところの「普通」の会社に入り、早三年。
それなりな給料を貰い、郊外のアパートの一室から電車通勤をしている。
勿論彼氏などいる訳は無く、寂しい一人暮らし。
そんな生活をしていたある日。
私は思った。
死のうかな、私。
二
そこからは、珍しくことがすいすいと進んだ。
意外とすんなりと有給を1日だけとることができた。
死ぬための道具(縄等)がすんなりと買えた。
そして、都合よく誰からも電話はかからなかった。
普段は別に信じているわけではなかったが、この時は流石に神様の思し召しとしか思えなかった(自殺の思し召し、というのも変だが)。
そして、風呂に入った後、テーブルで最後の食事を摂った。レトルトのパスタだった。
そして、夜更かしせずに早めに寝た。おやすみなさい。
すんなりと目が覚めた。特に夢は見なかった。まあ、別にいいや。
外の天気は晴れだった。多少雲掛かっていたが、まあ、別にいいや。
朝食は摂る気になれなかった。まあ、別にいいや。
どうせ、今日私は死ぬのだから。
コップに水を一杯だけ入れた。そして、えいっと飲み干した。これでよし。
椅子から立ち上がり、そして椅子の上に乗った。
目の前には、電灯のフックに掛けた丈夫な縄がある。引っ掛かると、丁度足が50センチほど浮くようにしてある。
一応引っ張って確認してみる。うん。大丈夫そうだ。
そして、私は首を前に突き出し、縄を首に掛けた。椅子を蹴った。上手く倒れずに横に滑った。でも問題は無い。
自らの体重で、首がどんどん絞められていくのが分かる。あ、ダイエットしとくんだった・・・。少し自分を恥じた。まあいい。これで死ねる。
そうして、意識がだんだん薄れてきた・・・。
三
ハッと目が覚めた。
その瞬間、後頭部に痛みが走った。
「痛っ・・・!」
鈍く、そして深い痛み。周りには、タイルで出来た、冷たい床が横たわっている。
その時に悟った。
私、落ちたんだ・・・。でもなんで?
頭をさすりながら私はよろよろと立ち上がった。
首にはまだ縄が掛かっていたが、気にせず上を見上げた。
するとそこには、ねじが土台からもげたらしき跡があった。
それを見た瞬間、私は全てを理解したのだ。
「ま、まさか・・・私の体重にフックが耐えられなかったの!?」
そう。椅子を蹴った瞬間、私と全体重と縄の加重がねじ止め式のフックにのしかかった。そういえば小さいフックであった。蛍光灯のコードを支えるのにはそれで十分なのだろう。
それを知った時、思わず激しい自己嫌悪に襲われた。なんてバカだったんだ、私・・・。
頭の痛みは治まってきたが、私はしばらくうずくまっていた。
いやいやいや!
私はこんなところで諦める訳にはいかないのだ。せっかく有給までとったのだ。絶対に死んでやる。
とはいえ、基本的に首を吊って死ぬ気だったので、次に何で死ぬか少し考える必要があった。
・・・思いついた。
リストカットだ。幸い、剃刀が風呂場にある。安全剃刀だったが、そんなことは関係ない。切れ味は変わらないだろう。
そう考えて私は風呂場に走った。そして左腕を突き出し、それに、剃刀の刃を当てた。
縦に動かしたら、単に産毛が剃れるだけでリストカットにはならない。・・・ならば横に引けばよい。・・・よい・・・うう。
少し怖い。痛いのは、やはり怖いのだ。だが、これを乗り越えないと、自殺何て到底出来ない。頑張れ私!
そうして、私は思いっきり剃刀を横に引いた!
引いた瞬間、血がだらだらとあふれ出してきた。よしよし、もっと出ろ血よ(痛いけど・・・)。確か全体の三分の一が出たら危ないんだっけ。
そうして放置して10分ほどだろうか。
血が、固まっていた。
「えー!?」
思わず叫んでしまった。
動脈を切ったなら、そんな簡単には止まらないだろう。
その時私は悟ってしまった。
静脈の方しか切っていなかったんだ、と。
四
「・・・」
無言で傷口を見つめる。
なにやってんだ、私。
とりあえず血は洗い流した。何回かやっている内に血が出なくなった。あーあ。
タオルで腕全体を拭いた後、私はリビングに戻った。
椅子に座り、テーブルにひじをつけ、ため息をつく。
「はあぁー・・・」
どうしてこうも間抜けなんだろう。1度ならず2度までも、自殺に失敗しているのだ。
後はどうしよう。
焼死・・・熱いのは嫌だし大体大火傷して死にたくは無い。
毒死・・・そんな毒は我が家には無い。洗剤丸飲みでも病院に担ぎ込まれるぐらいだろう。
打撲死・・・高所恐怖症なので却下。大体、さっきのことからして、下にゴミ捨て場とかがあったりするかもしれない。そしたら終わりだ。
凍死・爆死・・・論外。
こうして考えると、人が死ぬのが大変なことな気がしてきた。はあぁぁぁ・・・。
私の気力という気力が全て、消え去っていく気がした。
最早、「あれ」しかない。嫌だが、仕方あるまい。
「あれ」のためには服を着替えねば。とりあえず、着易いワンピースにした。
そして、家と自転車の鍵だけ持ち、私は家を出たのだった。
誤算だった。
自転車が、2台の自転車に挟まっている。
平日に有給を取ったのが間違いだったのかもしれない。
とりあえず力づくで取り出すと、両側の自転車が将棋倒しの如くばたばたと倒れた。
「ご・・・ごめん!」
そう小さく叫んで、私は自転車に乗り、ペダルに力を入れた。
またしても誤算だった。
なんでズボンを穿くとかを考えなかったのだろう。
ワンピースのせいか、非常に漕ぎ辛い。これで転んでも死ねないだろうなあ・・・。
いっそ、このまま車道に突っ込むか。いや、たぶん、気の弱い私はブレーキを咄嗟に握ってしまうんだろうなあ。
そんなことを考えながら、私は川岸に来た。
川辺が広いせいか、ダンボールの"住居"も3棟ほど見える。まあ、それは私にとって関係はない。
見ると、3人ほどのホームレスたちが、麻雀をしている。適当な板の上に牌を並べて、行って
いるようだ。
のどかだなあ。
ここにこうして、死のうとしている人もいるというのに。
川辺まで降りると、私は自転車を停めた。静かにブレーキを踏んだので、たぶん気付かれてはいないだろう。
静かに靴を脱いだ。
靴下も脱いだ。
「さて、行きますか」
小声でつぶやいて、私は川へと入っていった。
季節は夏。寒くて飛び上がる、というほどの冷たさではない。
心地いい冷たさだ。
ゆっくり進んで四分の一のところまで来ただろうか。川辺から声がした。
「おーい、そこの姉ちゃーん・・・」
大方自殺を止めようとしているのだろう。
だが無駄だ。もう三分の一まで入っているのだから。水面は臍のところを越えたぐらいだ。
「そこの川はなあー」
だから無駄だって。すでに半分ほど。水面は胸の下のほうまで来ている。
さらに進もうとしたとき、私は足を滑らした。
「ありゃっ・・・」
全身が水に包まれる。思わずバタつくが、考えたらそんなことをしなくてもいいと気がつく。私は全身の力を抜いた。勿論、更に沈むものだと思ったからである。
しかし。
「ありゃりゃっ・・・」
体が浮いてくる。勿論、肺に空気を入れているからだが、不測の事態に私は混乱していた。
水面に浮上した。そして、ホームレスらの声が聞こえた。
「足が着くぞー!」
・・・・・・え?足が着く?
思わず反射的に足を着けてみる。・・・あっさりと着いた。水は胸の中のほうまでだが、流れが緩慢なせいかなんとか動くことが出来る。
「こっちだこっち!」
ああそっちね。混乱していたせいか、何も考えられなくなっていた。ただ言われるがままに、私は岸へとむかったのだった。
五
「よっこらせっと」
3人のホームレスが、協力して私を川から引き揚げてくれた。服が水を吸っている上、朝から何も食べていないせいか、力が入らなかったのだ。
しばらく倒れていたが、やがてよろよろと私は立ち上がった。
そんな私に、1人のホームレスがアンパンをくれた。思わず私はむしゃぶりついた。
ああ、私はこんなに腹が空いていたのだな。
「姉ちゃん・・・あの川は見た目の割りに浅いから意味無いぞって言おうとしていたのに・・・」
「あ、ありがとうございます・・・」
「にしても涙を流しながら食うって、よっぽど腹が減ってたんだなあ。それとも、このアンパン、そんなに美味しかったか?」
「は、はい・・・」
涙?右手で目尻を触ると、なにやら液体が手に付く。
こういう涙は久しぶりな気がする。
私が落ち着いた後、ホームレスたちが口々にこう言った。
「姉ちゃん、麻雀って知ってるか?」
「・・・麻雀?」
「面子が足りなくて困ってたんだ」
「別に金を掛けてるわけじゃないからさ」
「入ってくんないかなあ」
「・・・まあ、いいけど・・・」
早速打つことになった。
久しぶりだった。麻雀も、こうして、2人以上で遊ぶことも。
そうしているうちに、ふと外を見ると、夕日が差していた。
「もう、帰らなきゃ」
・・・どうでしたか。
自殺とは、考えてみれば、空しいことでしょう。痛いし辛いし、第一何も解決はしません。
だからこそ、どの宗教でも(少なくとも三大宗教は)自殺は禁じられているのです。
この小説を読んで、そのことを感じていただけたら幸いです。