特別試験のススメ その2
体を揺すられて意識が覚醒する。長旅の疲れが出たのかカードの更新を待っている間ギルドの長椅子の上で眠っていたらしい。
目を開けると目の前にはギルドカードを受け取った受付の女性がいた。
「お眠りの所申し訳ありませんソウジ様。私は受付を担当しているレインと言います。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
わざわざ受付の女性、レインさんが来るのには何かあるのだろうか?冒険者カードの更新が終わったのなら”カードの更新が終わった”と伝えるはずだ。
少しぼんやりする頭を回転させながら軽く頷く。
「ありがとうございます。実はカードの更新に不都合な状況が起きまして更新できない状態になっております。」
「カード更新ができない?」
「はい。現時点で原因は不明なので何時更新できるのか判りません。」
カードの更新ができないと冒険者のランクが上がらない。つまり、僕のこの国での行動が大幅に制限されてしまうのだ。
「そ、それは……。どうにかなりませんか?」
「可能性が無いわけではありません。」
レインさんの言うランクアップの可能性とはどういうことなのだろうか?これは詳しく聞く必要がある。
僕は姿勢を正すとレインさんに訪ねた、
「可能性?」
「はい。それでランクアップできるかは判りませんが可能性は高いと思います。詳しくはこちらの資料にまとめています。」
そう言うとレインさんは何ページかに纏められた冊子を僕に差し出した。
僕は受け取った冊子を最初からじっくりと目を通すことにした。
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受け取った冊子の表紙には“王立魔法学校 試験傾向と対策”と書かれていて、これが参考書とも言える冊子になっていることをうかがわせた。
試験内容は数学、物理、化学の三分野。これは高校の専攻と重なっているのでそれほど難しくは無いと考えていた。しかし、内容は予想とかなり異なったものだった。
あまりにも簡単な内容だ。
数学といっても微分積分が出る高校生程度の問題ではなく、二次関数、連立方程式など中学生レベルの問題だった。
物理も基礎的な運動方程式や力の合成と分解でありこれも中学生レベルだ。化学も記号などが異なるが言語読解スキルのおかげで問題なく理解できやはり中学生レベルの問題だ。
僕はこう見えても理数科だ。この程度の問題は障害にさえならない。
しかし、魔法学校なのに魔法に関することがないのは何故だろう?
「魔法に関する能力などは魔法学校で測定します。小さい頃から魔法に親しんでいるとある程度は有利になりますがそれほど差がつくわけではありません。それに魔法へ適性が小さくても学者という道もあります。」
「学者?」
「ええ。魔導学の学者は魔法適性が小さい方が多いのです。これは魔法適性が小さくても学術研究としての魔法にはあまり関係がないことを示しています。むしろ紋章魔法の様に数学的な能力、現象を解明するための物理、化学が必要とされています。」
なるほど。だから数学や物理、化学が試験に含まれるのか。
「それで、いかがでしょうか?試験を受けてみますか?王立魔法学校に入学できれば”学生”の称号を得ることが出来ます。そして、卒業すれば学科による称号、例えば”魔道士”、”学者”を得ることが出来るのです。」
レインさんの言う通り称号を得る事が出来るかもしれない。しかし、称号があるからと言ってカードの更新ができるとは限らないのでは?
「試験は問題ないと思いますが、本当に称号を得ることが出来るのでしょうか?それに得たとしてもカードの更新ができなければ同じだと思うのですが……。」
するとレインさんは胸を張り自信を持って言い切った。
「それは大丈夫です。過去に魔導学の先生が冒険者カードを登録した時に”生徒”と”魔道士”の称号は出ましたが”冒険者”や”見習い冒険者”の称号は出ませんでした。この事を踏まえてギルドでは”魔道士”、”魔法使い”、”学者”の称号を持っている方で遠方までの旅が出来る方を一人前の冒険者として認定しています。それに卒業時の称号を得ることが出来ない方は”生徒”の称号を得ることが出来ません。その時点でカードの更新ができないことが判るので問題はないかと思います。」
「過去に”生徒”の称号をもらえなかった人物がいたのですか?」
「ええ、まぁ。冒険者ギルド関係ではなく商業ギルドのお金持ちの方で何人か……。」
レインさんは言葉を濁したが判ってしまった。どうやら裏口入学は生徒と認められないらしい。
「わかりました。僕は……。」
それから十日後、学生服に袖を通し王立魔法学校へ向かう僕の姿があった。