取調室にて
王都の門の丁度中間地点に扉がありそこから兵士が出入りしていた。僕が連れて行かれたのはその扉の向こうある一室だ。
少し薄暗い部屋の天井には大きな送風機がゆっくりと回っている。部屋の真ん中には机が置かれ椅子が机を挟んで向かい合わせになるように置かれていた。
どうやら取調室らしい。
片方の椅子には苦み走った顔の中年の男が座っており僕を連れてきた兵士はその男と二言三言話をするとその脇に立った。
中年の男は僕の方へ向くとにっこり笑い低く渋い声で僕に話しかけてきた。
「まぁ、かけたまえ。私はここ王都正門警備部第二部隊の隊長をしている”ゲルト”だ。済まないが二、三質問させてもらうよ。」
僕はゲルト隊長の言うままに着席した。向かい側に座るゲルド隊長は鋭い目つきで僕を値踏みするかのように見ている。
「君は冒険者と言うことだが、冒険者カードは持っているかね?」
「え?はいっ!ここに!」
僕は慌てながら籠手に隠している収納袋から冒険者カードを取り出しゲルド隊長の方へ差し出す。その瞬間、ゲルド隊長の目が鋭く光ったような気がした。
「……名前はソウジ、見習い冒険者か……スキルは……収納?」
ゲルド隊長は僕の冒険者カードを確認しながら何やら考え事をしているようだ。
「ソウジくんだったね。このカードはしばらく……そうだな、三十分ほど預からせてもらうよ。その間、食事でも持ってこさせよう。君は何が食べたい?」
「食事ですか……。」
そろそろ夕方なのだから食事の時間でもある。僕の場合、銀のトレイで出せばすぐに食べることができるが人前であの魔道具を使うべきではないと言われている。
と、すればここはリクエストを出すべきだろうか?何が良いだろう?取調室で出る食事といえばアレだな。
「……カツ丼はありますか?」
「カツドン?何だね?それは?」
「えーっと。玉ねぎと醤油の割下で煮込んで卵とじにした揚げた肉をご飯……ライスの上に載せた物で……。」
僕がカツ丼について説明していると脇に立っていた兵士がポツリと言った。
「揚げた肉を乗せるなら”カツドゥーン”の事か?発音も似ているし……。」
「カツドゥーン?あれかお前たちがコカトリス派とロックバード派で争っているアレの事か!」
「ええ、隊長はお食べになったことは?」
「ないな。どうしても“搔き込む食べ方”は好きになれなくてね。」
どうやらこの世界にもカツ丼はあるらしい。でも、コカトリスとかロックバードといえば鳥だ。
彼らの言っているのはカツ丼ではなく親子丼ではないだろうか?
十五分後、取調室で一人座る僕の目の前には案の定“親子丼”が置かれていた。
どうやらこの世界での”カツ丼”は揚げた肉をご飯の上に載せればカツ丼と呼ぶらしい。
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その男は唖然としていた。
付かず離れずズザーホンの街から監視続けていた対象が目の前で王国警備隊に連れてゆかれたのだ。
予定ではこの後、王都での監視役に交代する予定だった。
連れて行った警備隊の連中と交渉する場合、対象者と接触することになるだろう。彼は対象者との接触を禁じられている。
「やれやれ厄介なことになった。道中もフラフラ彷徨って危なっかしかったし……。さてどうするか……。」
男は少しため息をつくと王都の中心部の方へ足早に歩きだした。
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ソウジがいる取調室のとなりには別場所から入る部屋がある。その部屋から取調室の中を見ることができた。逆に取調室からこの部屋の方向を見ても壁があるだけにしか見えない。
その部屋で警備隊長であるゲルドはカツ丼を掻き込むソウジを見ていた。
時々ゲルドは首を傾げている。
それもそのはず。
彼の目から見たソウジは何の変哲もない少年にしか見えないのだ。
「どう見ても少し変わった少年にしか見えないな……。だが所持スキルが”収納”か。悪用されている恐れもある。さて、中に何を収めているのか……。」
一人そう呟くゲルドのもとに彼の部下が駆け込んできた。
「隊長大変です!情報部が!」
「何に!」
慌てるゲルドの部下を押しのけて浅黒く背の低い男が入ってきた。
「いや、忙しい所申し訳ない。私はこう言うものです。」
男はそう言うと王国身分証明票を見せる。
王国身分証明票は冒険者カードと同じぐらいの大きさだが表面に王国の紋章と所属する局の紋章、盾に亡霊が描かれた紋章が入っている。
「じ、情報部二課だと!?では……。」
王国情報部二課は王国でも特殊な機密を扱う部署である。隠密や潜入などの専門家で構成されており冒険者出身も何人か所属している。
特殊な機密を扱う部署のため彼らには王国軍自体に命令する権限を持っていた。
「ええ、ですので彼、ソウジ君の件は我々の管轄なのでくれぐれも内密に頼みますよ。」
言葉は丁寧にお願いしているように聞こえるがそこには有無を言わさない意思があった。
「わ、判った。」
「あ、それと、こいつを彼に渡しておいてください。」
男は懐から薄緑色のカードを取り出した。
「仮市民カードか?」
「ええ、その機能もあります。」
「その機能も?では他にも……。」
ゲルドは何かに気付いたのか言いかけた言葉を止めた。そんなゲルドの様子を見た男はにやりと笑う。
「わかりました。何か理由をつけて彼に持たせることにします。」
「ありがとう。ではよろしく頼みましたよ。」
男をゲルドにカードを渡すと手を振りながら部屋を出て行った。
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「結局何だったのだろう?カツ丼を食べたらカードをくれて無事釈放だよ。魔法か何かで調べたのかなぁ?」
警備隊長に渡されたカードは市民カードとほぼ同等品らしく王都に滞在するなら持っていなくてはならないカードらしい。
どうやら冒険者ギルドの誰かが手をまわしてくれたようだ。
「さて、これからどうしますかね。」
そう言った僕の目には夕方の王都の街並みが映っていた。




