辺境伯
レコン辺境伯領には強力な兵士たちが数多く存在する。
常に”深き魔の森”の魔獣に対応しているため鍛えられたと言ってもよいだろう。その事はヨブ王国だけでなく近隣諸国にも知られているほどである。
ヨブ王国でも彼らに匹敵もしくは上回るのは常日頃からダンジョンで鍛えられているヨブ国王直属の騎士団ぐらいだろう。
加えて領境には大河ミシルがあり、それが堀の役目を果たしているため領全体が一つの城になっているとも言えた。
これまでヨブ王国王宮はレコン辺境伯に対して自治領に近い権限を与え代々優遇してきたのだ。
が、現ヨブ国王の行い、オデット辺境伯令嬢誘拐未遂はその優遇が無くなった事を示すものだった。
その事をレコン辺境伯が知ったのは朝の定例会議の最中である。
定例会議は領内の有力な騎士たちや商人も参加する大掛かりなものである。
レコン辺境伯は早馬での報告を受け眉間にシワを寄せ口に蓄えたひげを震わせていた。
「ヨブめ……何を考えている。それとも、このレコン辺境伯軍と事を構えるだけの力があると思っているのかっ!」
大柄で筋肉質なレコン辺境伯は”常在戦場”を旨としているためか金属の全身鎧をつけており金属の籠手での攻撃は凄まじい威力を持っている。その辺境伯がテーブルを強く叩くと硬い樫の木のような机が悲鳴を上げ、その場の空気がビリビリとした雰囲気になる。
「そ、それについては別の報告があります。」
「なんだ?早く申せ。」
尋ねられた騎士はレコン辺境伯に近づくと耳元で話す。
「オデット様誘拐を未然に防いだ者達の中に異世界人がいるとの事です。」
「何!真か?」
「はい。この情報はオデット様ご自身からのものです。オデット様御自身も直接確認したとのことで間違いはないかと……。それにどうやらその者はヨブ国王の手から逃げてきた様子だそうです。」
「ヨブの奴め!ここまで阿呆だとは思ってもみなかったはっ!」
怒髪天を衝くような叫びを上げるとレコン辺境伯は勢いよく立ち上がり部屋を出ようとする。
「閣下どちらへ?」
レコン辺境伯の動きに慌てた(辺境伯の執事だろうか?)男が辺境伯に声をかけた。
「事は重大だ。私が直接オデットを迎えに行き詳しい話を尋ねる。場合によればその者を斬らねばならぬ。馬を引けっ!」
「はっ!」
レコン辺境伯の命により騎士たちが慌ただしく部屋を出てゆく。
「い、一体何があったのだ?」
その場に取り残された商人たちはその場に残っている騎士達に尋ねるが彼らもまた詳しい事情は知らされていなかった。
――――――――――――――
辺境伯が娘のオデットから詳しい話を聞けたのは翌日のことだった。
領都の隣の街でオデットを出迎えた辺境伯はそのまま領都へ戻り執務室でオデットから更に詳しい話を聞いていた。
その時オデットからもたらされた話は辺境伯自身の想像を超えるものであった。
「異世界人が全部で三十人だと!」
レコン辺境伯は異世界人の人数は一人、多くても四人ぐらいだと思っていた。
これは無理もない事である。
異世界召喚と異世界人について記された書物に出てくる異世界人は大抵一人。多くても四人なのだ。
それが今回は三十人、八倍弱の数が召喚されていたのだ。
(不味い。場合によっては斬り捨てようかと思っていたが後々のことを考えると斬るわけにはいかぬ。……さてどうしたものか?)
手を顎に当て考える辺境伯にオデット嬢が尋ねた。
「お父様。彼ら異世界人は危険な存在なのでしょうか?何日か彼らと話をしましたがその様な存在には思えません。彼らの一体何処が危険なのでしょうか?」
「……危険な存在か……“異世界人は危険な存在”と教えただけでお前には詳しく話してはいなかったな。」
レコン辺境伯は少し軽く息を吐くとオデットに自ら知っている異世界人の話を語り始めた。




