レコン辺境伯領
レコン辺境領
ヨブ王国の北西の端に位置する領地である。
北には険しいバラチア山脈がありその山脈を境にエアリー王国との接し、西には魔物が跋扈する“深き魔の森”が広がるまさに辺境と言われる土地だ。
時々魔の森から凶暴な魔物が出るため大変危険な場所でもあるのだが魔の森の中にある湖からを流れ出る大河ミシルの水には豊富な栄養素が含まれていてレコン領の土地を豊かなものにしていた。
「……海のように大きな川だな。」
それがミシル川を初めて見たエルの感想だった。
エルの言う通りミシル川の川幅はとても広く対岸はかろうじて見えるぐらいの距離があった。川の水は淀んでいて底が全く見えない。
「あまり川に近づかないでください。魔物に引き釣り込まれますよ。」
オデット嬢の護衛の騎士の一人がエル達に忠告する。
彼の話によるとこの辺りには水生の巨大な魔物が住み着き河を渡るものを襲う危険な場所なのだそうだ。
「もう少し下流に船着き場があります。そこで川を渡り対岸に渡ります。」
ミシル川の川幅が広いのはレコン辺境領近辺だけで、ミシル川は海に流れ込むまでにいくつかに分岐し下流になると川幅が狭くなり橋がかかっているらしい。流石にそこまで下流にと何日もかかる為、船で渡るのだそうだ。
レコン辺境領へゆくためにはミシル川を渡るしかないためか、船着き場は小さいながら町になっていた。
小さいとはいえ町は魔物対策のためだろうか石の壁で周囲を囲んでおり、入口には門番が立っていた。
護衛の騎士は町の門番に手を上げて合図する。
この町自体、レコン辺境領への入り口であり関所の役目を担っているらしい。
たいして調べられもせずに門をくぐり船着き場に向かう。
調べられなかったのは護衛の騎士たちの口添えとオデット嬢が同行しているからだろう。
川を渡る船は大型船らしく定員100名ほどで部屋が三十部屋ある。
船自体は辺境伯が貸し切ったようでオデット嬢用に一部屋、護衛の騎士のために五部屋使った以外はエル達に開放された。
エルは船に乗ると川が見える甲板の上に来ていた。他にも何人か甲板の上から川や向こう岸を見ている。
しばらく川面を眺めていると得るに近づく者がいた。オデット嬢のようだ。右手を胸に当て少し顔を赤らめている。
「エルロード様。少しよろしいでしょうか?」
「オデット様。ええ、問題ありません。」
エルも緊張しているのだろうか、熱を帯び顔が少し赤くなっているようにも見える。船の上は川から少し冷たい風が吹き熱を帯びた体には心地よい。
「いい風ですね。」
「ええ。この船は結構な速度で動くのですね。それに揺れも少ない。」
「私の領内でも最新の船ですから。」
そう言ってオデットはニッコリと微笑む。彼女の態度から判断するとこの船自体をレコン領で造っているようだ。ひょっとしたらレコン領で創られた物かもしれない。
「それにこの船は帆がないのに動いている。それでいて揺れがない。一体どの様な原理なのだろう?」
「魔法の応用だと教えてもらったことがあります。レコン領の魔道士であるナイアル殿の発明だそうです。」
「魔法!エンジンではないのか……。だとしたらどんな動力なのだろう?」
エルは顎に片手を当てて考え込んだ。流石に未知の動力を使っていると聞き興味を抑えられないでいるようだ。
そう考え込むエルにオデットの質問が飛ぶ。
「……エルロード様は他の方々とは違う様に見えるのですが何故なのでしょうか?」
「ああ、それは僕が英国からの留学生で日本に来て……!」
気付いた時には遅かった。
不意を突かれたような質問されたことでエルはうっかり”英国”と”日本”と言う国の名前を話してしまった。
「ニホン!やはりエルロード様は異世界召喚された方なのですね……。」
そう呟くオデットの顔はエルには少し悲しそうな顔の様に思えた。
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エルたちは開放された部屋の中の大部屋に集まり今後の予定を話し合うことにした。
「とりあえず、ヨブの手から何とか逃げ延びたってところか……。」
「ああ、だが霧笛、油断は禁物だ。レコン辺境伯が我々に対してどういう対応を取るか……。」
「心配するな、エル。事前の調べでまともそうな貴族がレコン辺境伯だ。彼が駄目なら他の貴族でも同じだろう。」
「その意味では幸運だったな。」
「とりあえずどうなるかは様子を見るしか無い。」
霧笛の言葉にその場にいた一同は黙って頷く。その後は解散し各自割り当てられた部屋に戻っていった。実際、今は様子見をするしか無いのだ。