指名依頼
エルは立ち上がると亜麻色の少女の前にゆっくり手を差し出した。
少女もエルを見つめながら手を取りゆっくりと立ち上がる。エルも少女もお互いを見つめ合いそのまま動かなくなった。
「あー、そろそろいいかな?」
見つめ合う二人の横から少し間の抜けた声がした。
冒険者らしい一人の男がエルと少女の近くに立ち申し訳ないことをしたと思ったのか頭を掻いている。
「まず自己紹介から……と行きたいがこのままこの場所に留まるのは不味いだろう。歩きながら話そうか?」
少女は男に言われて何かに気がついたのかハッとした表情になる。
「スティン、何処にいますか?」
「はっ!オデット様、ここに。」
馬車を護衛していた鎖帷子の男がオデットと言われた少女の前に進み出た。
「急いでこの場を離れレコン領に戻ります。馬車は無事なようね。」
「はい、幸いな事に傷一つありません。替え玉役のライラも無事な様です。」
「では私は馬車で移動します。あなたとあなた、馬車で詳しい事情をお伺いします。それと……あなたは冒険者でしょうか?」
オデットはエルと冒険者らしい男を指差した後、エルの方へ顔を向ける。
「いいえ、僕は……。」
エルの言葉にスティンが口を挟む。
「お待ち下さい、オデット様。いくら助けられたとは言え得体のしれないこの様な者を同じ馬車に乗せるのには賛同いたしかねます。万が一のことがあれば……。」
「スティン、事態は急を要します。馬車にはライラが乗っています。彼女の腕前はあなたもご存知でしょう?それに私も魔法に関してはそれなりの腕前であると自負しています。万が一のことは起こるはずがありません。」
「ですが、しかし……。」
「いいえ、これは私の決定事項です。ではお二方どうぞ馬車の方へ、そこでお話をお伺いします。」
なにか言いたそうなスティンを無視してエルと冒険者のような男を馬車に案内し扉を開けた。
――――――――――
馬車は貴族が乗るものらしくドアの取手には微細な彫刻が施され、椅子には絹張りのクッションが置かれている。馬車の天井には不思議な模様が見える。どうやら馬車自体に何らかの魔法を施す魔法陣らしい。
その馬車の中ではオデットとライラの二人が並んで座り彼女たちの向かい側、御者台の後ろにエルと冒険者らしい男が座る。
四人が馬車に乗り込むと最初にオディットが口を開いた。
「この度は危ない所を助けていただきありがとうございます。私はレコン辺境伯の一子でオデットと申します。」
「私はオデット様の護衛を務める騎士の一人、”ライラ・ウォルステンホルム”。私からも厚く御礼を申し上げる。」
そう言うと二人は軽く頭を下げた。
「!これはご丁寧に……、私はフリューゲル王国のB級冒険者の“ジャッキー・ジェームズ“どうぞよろしくお願いします。」
「ジェームズ?と言われるとあのジェームズ一家?」
オデットの隣に座るライラは驚いたような表情になった。
「ライラ。彼はそれほど有名なのですか?」
「私は詳しくは知りませんが、無法者の震えだすような連中であると聞いております。」
「なるほど……。それで、そのジェームズ一家が何故このような場所に?」
オデットはライラの話を聞いてジャッキーたちを怪しむ様な顔になった。
ジャッキーはその様なオデットの顔を見て少し発言内容を考えているようだ。
「……僕たちがこの場所に来ているのは指名依頼を受けたからだ。ええと君は……。」
少し言いよどんでエルの方へ顔を向ける。
「僕の名前は“エルロード”、“エルロード・リチャードソン”です。」
「ではエルロード。単刀直入に尋ねるが、君は”異世界人”だね?」
エルは考えてもいない”異世界人””を言われた事で警戒し体が強ばる。
「うん。その反応、間違いはないようだね。そんなに警戒しなくてもいいよ。」
エルはジャッキーに緊張しなくても良いと言われたが簡単に警戒を解いて良いものではない。第一、何故エルたちが異世界人であることを知っているのか判らないのだ。
「何故それを聞く?警戒する必要はないと言ったがすでに僕たちの知人が何人か犠牲になっています。それなのに信用しろと?」
エルの疑問を聞いてジャッキーは少し肩を落として軽く息を吐いた。
「相手を問い詰めるのは場合によっては有効だが今の場合は悪手というべきだろうか……。」
ジャッキーの指摘にエルの顔が赤くなった。
「俺たちは指名依頼でここに来た。今の話の内容で判ったが、おそらく君の言う”犠牲者”が指名依頼の依頼主だ。」
ジャッキーの言葉はエルたちを驚かせるものであり歓喜させるものであった。