嵐を齎す剣
ほんの一瞬だったのか?死を覚悟したエルに騎士の刃が届くことはなかった。恐る恐る目を開けたエルが見たのは斜め上から矢が頭に刺さった騎士の姿だった。
エルがあたりを見回すといろいろな出来事が起こりすぎて動きを止めているローブ姿の者の姿がある。
「ぐがっがっぽ!」
断末魔の声を上げながら騎士がその場に倒れた。
「何に!どこから攻撃された!」
騎士たちが慌てふためく次の瞬間、真っ白い全身鎧を着た剣士が猛烈なスピードで別の騎士の前に降り立ち行く手を阻む。他にも二人が騎士たちの前に降り立っていた。
「上からか!」
その棋士の叫び声で上空を見ると四角い布が浮かんでいた。
「空飛ぶ絨毯!」
空飛ぶ絨毯、移動速度は蒲黄より少しマシな程度だが大量の荷物を運べる空飛ぶ魔道具である。その絨毯の上に弓を構える者の姿が見える。
「奴ら何者だ!」
「……まて、俺は聞いたことがあるぞ。隣のフリューゲルには空飛ぶ絨毯を持って移動できる冒険者一家がいると……。曲がったことが嫌いで無法者どもを許さない。そしてその無法者たちも震えだす冒険者一家……ジェームズ一家の九人。」
「ジェームズ一家……各個人はB級だが揃えばA級いやS級ともいわれる奴らか!」
「なんでそんな奴らがここに……。まずいんじゃないのか?」
「いや、問題ねぇ!コイツラごと切り捨てれば変わらねぇ!」
そう叫んだ騎士の一人が手近にいたローブ姿の者に対して剣を振り上げた。その姿を見たエルはとっさに剣を振りかぶる騎士に体当たりをする。
不意を突かれた形の騎士はたたらを踏み地面にあった木の根っこに足を取られ転倒した。
その隙にエルはローブ姿の者を守るように騎士の前に立つ。
「雑魚が邪魔をしやがって!」
転倒した騎士は取るに足らないと持っていたエルに自分の楽しみが中断された事で怒り心頭のようだ。
持っていた大剣を腰だめに構えエルを一刀のもとに斬り伏せようとしている様に見えた。
(何か手はないのか!)
騎士の剣を受け止めようにも少し前まで持っていた”黒い剣”は弾かれて今は手の中にない。
(スキル鑑定を行った水晶……あれにはなんと書かれていた……。)
エルは必死で自らのスキルの説明を思い出そうとした。
(確か”嵐を齎す剣”の説明には”黒い剣をしょうかんする。”としか書かれていなかった。)
黒い剣はエルのスキルによって出現したものである。一本しか出せないとは書かれていない。
(ひょっとしたら……いや、必ず出来るはずだ!)
書かれていない以上、一本しか出せないという通りはない。エルは相手の騎士に向かって手を広げ叫んだ。
「こい!嵐を齎す剣!」
黒い薄がエルの掌から出現し一本の黒い剣になる。
「邪魔だ!」
騎士の一刀で甲高い音がするとエルの手から黒い剣が弾かれ少し後ろに下げられる。
「まだだ!嵐を齎す剣!」
再度エルの手には黒い券が握られた。
「くそっ!またか!」
再び甲高い音がして黒い剣が弾かれるがエルの手には新たな黒い剣が握られる。
それを見た騎士も再度剣を振る。
”黒い剣を弾く”、”黒い剣が出現する。”
弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現、弾く、出現
騎士が剣を弾くとすかさず黒い剣を召喚する。何本もの黒い剣が弾かれエルの周囲に突き刺さっていた。
そして黒の剣を弾くこの騎士は”黒い剣”自体の能力を軽く考えていた。
”黒の剣”自体の能力、”エネルギードレイン”。この剣と打ち合った者の体力を奪う能力である。
最初は判らなかったが黒い剣を弾く度に騎士動く速度や剣を振る速度が落ちていた。
「はぁはぁ……何だ?体が重い……。」
騎士の動きが鈍ったことでエルに周囲を見回す余裕と考える余裕が出来スキルを試す余裕ができた。
自分が立っている場所の周を見ると弾かれた剣が弾かれたままの形で散らばっている。
エルは散らばっている剣に意識を向ける。
「嵐を齎す剣を召還。」
その言葉と同時に辺りに散らばった黒い剣が全て消え去った。
(多数の剣が同時に消えた……。)
「体が重くても雑魚のお前たちには……。」
エネルギードレインでの体力切れが著しい騎士であったがまだ諦めては居ない。なんとしても自分に恥をかかせたエルを叩き切るつもりのようだ。
しかし当のエルはそんな騎士を見て深呼吸をし、心を落ち着かせる。
「フゥー……同時に消えるという事は同時に出すことも出来る!」
エルは右掌を頭上に掲げる。
「こい!嵐を齎す剣!」
黒の剣を呼ぶ声と共に無数の黒の剣がエルの頭上に召喚された。
エルが無数の黒い剣を呼び出す姿。
数多の黒い剣を呼び出し嵐と成す。正に嵐を齎す剣と言えるものだった。
「な・ん・だ・と……。」
騎士はその圧倒的な姿に呆然と立ち尽くした。
エルが手を振り下ろすと数多の黒い剣は騎士の足元に突き刺さってゆく。それは騎士とエルたちを分断する黒い剣の壁だった。
「くっ!」
黒の剣の壁に阻まれ騎士は地団駄を踏みエルを睨みつける。
しばらくの睨み合いのあと辺りに大きな声が響く。
「撤退だ!急げ!予期せぬ出来事が起こりすぎだ!」
騎士たちの隊長であるボルグの声に騎士たちは踵を返して去っていった。
騎士たちが撤退する姿を見たエルやローブ姿の者がほっと息を吐きその場に座り込む。
その時、一陣の風が吹きハラリとローブの頭の部分が取れ亜麻色の髪があらわれる。
エルは蒼い眼をした亜麻色の髪の少女に目を奪われた。
そして少女の方も自らを助けてくれた金髪の少年から目を離せなくなっていた。
「……君の名は……。」