想定外の反撃
馬車を引き込む予定場所はゆるやかな曲がり角になっていて王国へ向かう枝道がありY字路の様になっている。その枝道側に森が広がっていて騎士?たちは森の木々の影に身を隠していた。
彼らから少し離れた場所の木の影からイズモは街道方をじっと見ている。
そうやってイズモがしばらく様子をうかがっていると二、三十分した頃だろうか?木々の間から辺境伯の令嬢を乗せた馬車と馬に乗る護衛の一団が見えた。護衛は鎖帷子を着けて兜を被っている者が二人、跡は革鎧を着けているものが一人とローブ姿も者が一人だ。
見えると同時に騎士の隊長らしい男が手を上げ合図を送ってくる。
イズモはその合図と共に魔物の集団の幻影を森に出した。だが実際は、風景の幻影を魔物の集団の幻影に変えただけだ。
魔物の集団の幻影を森からゆっくりと街道の方へ進める。
森から街道へ魔物の集団の幻影を移動させることで、あたかも森から魔物の集団が溢れ出したかの様に見せる。
「何!こんな場所でオークの集団だと!」
「スティン隊長!あの数を対処しようにも人数が足りません!これでは馬車にも影響が……。」
鎖帷子を着たスティンと呼ばれた男は歯を食いしばり苦虫を噛み潰した様な顔になった。
「仕方がない!交戦しつつ奴らの脇をすり抜けるぞ!場合によっては馬車を無視しても構わない!」
スティンは部下に総命令するとローブ姿の者の方へ顔を向けた。ローブ姿のものは同意をしたかの様に頷いた。スティンたちは一丸となってオークの集団の脇を抜けようとする。丁度、王都へ向かう枝道に背を向ける形で……。
「よし!かかれ!」
号令と共にスティンたちに襲いかかる一団が枝道の森から飛び出す。丁度、魔物の集団の幻影と挟む形になっていた。
「何っ!あれは王国騎士団!ヨブの餓狼共かっ!」
スティンにとってヨブは忌々しい敵であり、その手下である騎士団をその行いから餓狼と呼ぶほど嫌悪していた。
「ちっ!魔物を避けずに抜けようとするとはな……。だが相手は四人だけだ、何も問題はない。このまま馬車以外殲滅だ!」
「くけけけけ。腕が鳴るぜ!」
「数は少ないから早いものがちだよな!」
「「「うへへへへ」」」」
彼らのその姿は殺戮を楽しむかの様な血に飢えた狼、正に餓狼と言えた。スティン達の後ろからは王国騎士達、目の前には魔物の集団。絶体絶命の危機であった。
しかし、後ろの騎士達がスティン達に迫る時、魔物の集団の幻影が消え去り武器を持った集団が現れる。
「何!魔物が消えただと!」
驚くスティンの横を黒い剣を持った金髪の少年が通り過ぎる。その少年の振るった黒い剣が餓狼共に襲いかかった。
他にも槍やサーベル、メイスなどを手にしたる少年たちも同様に武器を振るっている。
「こいつら例の!何故こんな所に!」
不意を疲れた騎士たちは何とか攻撃を受け止めるのに精一杯のように見える。スティンが見るに彼らの腕前は自分より少し下か変わらないように思えた。
「雑魚相手に何をやっているかっ!」
王国騎士団の隊長らしい男が一喝する。
「大丈夫ですよ。ボルグ隊長。思ってもみない奴らが現れたんでちょっと驚いただけです。」
「そうか……なら早く片付けろ。最悪殺さなければどうとでもなる。」
「へいへい。ほんじゃちょっと覚悟してもらおうか……。」
黒い剣を受け止めていた男は受け止めていた剣に力を込めた。
「何を強がり……え?!」
男が少し力を込めただけで金髪の少年、エルの持つ黒い剣が簡単に弾かれて飛ばされた。そしてエル自身は剣を弾かれた勢いで片膝をついてしまった。
それはここだけで起こったことではない。騎士団に攻撃を仕掛けた少年たちは一様に弾き飛ばされている。
「ば、馬鹿な!僕の剣術はレベル10だ。この世界の人はレベル5が最大のはず。そんな奴に押されるはずが……。」
レベルの差は実力の差である。それは覆すことの出来ない差になるはずなのだ。だがそんなエルのつぶやきを聞いたのか男は隣にいた男と目を見合わせゲラゲラ笑い出した。
「くはははは。お前、まだそんな話を信じていたのか?笑えるぜ。」
「そう笑ってやるなよ……くくくく。こいつら何も教えてもらってないんだからよ。」
エルは訝しげな顔で二人を見た。
「勉強がてらに教えておいてやる。俺らの剣術レベルは20だ。」
「2、20?そんなバカな!」
エルにとって20というレベルは受け入れがたいものであった。しかし、奇襲による攻撃が簡単にいなされた事を考えると彼らが嘘を言っているようにも思えなかった。
「お前達異世界人が持っていないスキルに職業スキルってものがある。戦士とか剣士とかってやつだ。俺はその職業スキルで”上級騎士”を持っている。だから剣術が20まであるのさ。」
エルには男の説明がよく判らなかったがこの男の剣術が自分の剣術より上なのは間違いないように思えた。
「ヒデェやつだ。宰相の命令で職業スキルを取らせないようにしていたのにな。」
「職業スキルのことを知った異世界人は消す様に命令したのも宰相だぜ。何も問題はねえよ」
「確かに。まぁ、知ってしまったのは仕方がないってことだな。へへへへへ。ボルグ団長、構わねえよな?」
男はエル達に手をかける為にわざわざ職業スキルの説明をしたようだった。
「……運良く生きていれば連れて帰る。」
ボルグはそう一言うと踝を返して後ろに引き込んでしまった。
「では許可が出たことで……。」
男は舌なめずりをしながら剣を振り上げた。
(ここまでかっ!)
エルは観念して目をつぶるが男が振り上げた剣が振り下ろされることはなかった。