ぢごくえず
”バロン”はスザーホンにおいて森の魔獣と言われ恐れられていた。
実際のところ、”バロン”は魔獣というより聖獣といったほうが良い生き物だ。一般的な人間より知能は高い。人語を理解し時として人語を話す個体もいるほどである。
檻から出たこのバロンは生まれてから数十年しか立っていない個体らしく人語は話せない。
しかし、知能はすでに人並みにあり今の状況を理解しようとしていた。
(大きな犬たちが人を襲うちょっな。彼らも飢えちょっで仕方がなかとじゃろうが相手が悪すぎる。)
このバロンはそれぞれの強さを見るだけで判別することができる様だ。
彼によると犬たちが集団で人に襲い掛かっているのだが彼らよりも相手である人の方が強い。見ている間に何匹も殴り飛ばされ壁の赤い染みになっている。
(おや?あやあてん食事当番のしじゃらせんか。あんしんところへ行けば今日ん食事がもれるかもしれん。)
バロンの視線の先には闘技場で魔獣の餌やりをする世話係の姿が写っていた。彼はまだ今日の食事をもらっていないのだ。
(何事も食べてから出らんな力は出らんでなぁ。……そいにしてん目ん前んコヤツは邪魔じゃな。コヤツがおっで食事当番の下に行けんじゃらせんか。銀ん板を出して邪魔をしちょるんか?)
バロンは銀色板を掲げる男をどかせようと軽く手を振るう。
(ちょっとごめんじゃ。おいどんは腹が減っちょっど。)
バロンの手が銀の板に触れた瞬間、眩いばかりの光があたりに溢れた。
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僕が盾の代わりにした板に獅子のような魔物の手が触れると光があるれる。
その光が薄れると目の前にはちゃぶ台ぐらいの大きさの丸い入れ物に妙な匂いのするビスケットのような塊が山のように入っていた。
その匂いを嗅いだ獅子のような魔物はそのビスケットのようなものを食べだした。
(?……キャットフード?)
正に”猫まっしぐら”である。獅子のような魔物は一心不乱に食べていて周が騒がしくても気にもとめていないようだ。
僕がその魔物に気を取られていると銀の盾の向こうから何かが砕けるような異音がした。
「うがぁぁぁぁぁ!腰がっ!」
縦回転で連続攻撃をしていたインテムドは無理な力が加わったためか、ぎっくり腰になってしまったようだ。
インテムドが持っていた両手剣もおかしな方向へネジ曲がっている。
(そう言えば”旋風剣”とか言っていたな。某ゲームでは草薙を持っていない時に硬い物に使うとへし曲がっていたがあんな感じか?)
周りを見ると檻から現れた大きな犬の殆どが討伐され、生き残った十何匹かは檻の隅で震えているように見える。(でも壁の染みの数から考えると多すぎるような?)
まぁギルド長にあれだけ殴り殺されればたとえ魔獣でも怯えるのも無理もない。実際ここから見ても血まみれになりながらも片手を突き上げて雄叫びを上げている。
それなのにこの獅子のような魔獣はなんだろう?
食事で満足したのかゴロゴロと喉を鳴らし僕に頭をこすり付けスリスリと体を寄せてくる。
一体なのだろう?
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眩しか光が消え去りおいどんが目を開けっと目ん前には美味しそうな匂いんすっものが現れちょった。
こんたないじゃろう?試しに一口かじってみる。
!!
うめぞぉおおおおおおおおおおお!
今までに食べたことんなか至高ん味や!
……
夢中になって食べちょったら、あっとゆ間に無うなってしもた。うむ。お腹よかひこ満足や。
だがじゃっどん、このうんめかご飯は明日ももれるとじゃろうか?こげん物は今までここで食べたこっがなか。
こいを出したんな銀ん板切れを持つこやつか?
よし、また明日も頼もう。おいどんが少しゴロゴロち言えばまた同じもんを出してくるっはずだ。
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「俺は一番だッ!」
ギルド長は右手の人差し指を突き上げ雄叫びを上げている。
「ゴロゴロにゃー」
僕の足元では獅子のような角の生えた生き物が喉を鳴らしながら頭を擦り付けている。
「腰がっ!腰がっ!」
インテムドは腰をやったらしく這いつくばったまま冷や汗をかいている。
闘技場の壁にはダイアーウルフであった生き物が赤い染みになっている。
「わひの!わひの!はぷ、はぷ、はぷ、はぷ。」
「うがーッ!破滅だっ!」
闘技場になるメナス側の観客席を見ると、商人風の男が二人、口から泡を吹き何やら叫んでいるようだ。
これはどんな地獄絵図なんだ?
追記事項
銀のトレイ:マジックテーブルウェア、秘宝
一人当たり一日最大三回、空腹の者が合言葉を言うことで食事を提供する。
合言葉は特定の種族の言葉ではなく空腹であるという意思表示がなされればよい。
提供される食事は季節、時間、空腹な物の状態によって様々であるが、合言葉を言った者が最も好ましものが出現する。
時と場合、合言葉を言った者によっては焼き魚定食や納豆定食、キャットフードも出る事もある。