森の魔獣
闘技場の地下牢の隅でうずくまる生き物。その生き物は”バロン”と呼ばれていた。
獅子のような体に白い鬣と黒い顎髭そして金色に輝く二本の角を持つ生き物。スザーホン近辺の住人には森の魔獣として恐れられていた。
その魔獣がゆっくりと起き上がった。先程から妙に振動する上、本来なら光が差さないはずのこの場所に光が差し込みつつあったからだ。
やがて、獣がいた場所が大きく振動しその動きを止めると眼の前の扉が大きく開かれた。
魔獣は一度大きく欠伸をすると燦々と降り注ぐ光の方へ歩み始めた。
-------------------
ロムスさんの勝利が確定した時、感極まったのかその場にいた一同は闘技場へなだれ込んだ。
観客席からグランドまではマンションの二階から地面までぐらいの高さがある。なだれ込んだ一同はその高さを物ともしなかった。
ロムスさんの勝利は困難な物だと大勢の人たちから思われていたのだ。
「おめでとう!ロムス!」
「流石は槍の名手だぜ!」
「やったな!いつかはやり遂げると思っていたぜ!」
「ロムス!ロムス!ロムス!」
集まった人たちは口々にロムスさんへの賛辞を述べた。
「ありがとう!ありがとう!これもみんなの応援のおかげだ!本当にありがとう!」
ロムスさんは僕の方へ顔を向けると深々とお辞儀をした。
「ありがとう、ソウジくん。君が作ってくれたこの槍のおかげで勝つことができたよ。」
「いえ、勝てたのはロムスさんの実力です。それにその槍は加工をするために預かった槍を駄目にしたせめてものお詫びの品です。」
実際僕はロムスさんから預かった槍を駄目にしてしまった。
滑り止めだけにすればよかったのだが、刃の部分に模様を入れたら槍の耐熱機能が失われた。
耐熱機能を確かめるために加熱を行ったところ槍が溶けてしまった。そのため急遽、作りかけであった扉の金属を利用した槍を完成させたのだ。
「思えば模様を彫っただけで機能を失うという事は魔道具だったのだろう。あの槍を使っていれば危うく失格になるところだったよ。」
槍が溶けてしまったので真実は判らないがロムスさんが勝利できたので良しとしよう。
ロムスさんへの賛辞が続く中、メナスの剣を調べていた人が口を開いた。
「俺はこの街の冒険者ギルドを統括するギルド長のウェールズだ。たった今、ギルドの調査により試合の不正が発覚した!」
ウェールズさんの言葉にその場に居合わせた人々がざわめき出す。
内容によってはたった今勝ち取った勝利が無くなる可能性があるからだ。
一同は固唾を呑んでウェールズさんの言葉を待つ。
「発覚したのはメナスの方だ。よってロムスの勝利が覆ることはない。」
その言葉に一同は一安心した顔になる。それと同時にメナスの不正についての疑問が浮かぶ。
メナスは今まで通りと変わらなかったように思えたからだ。
「メナスの使っていた剣は魔道具であることが判明した。これは明らかなルール違反だ。試合はロムスが勝利したため無効にならないが、胴元には試合の管理不備としてペナルティが課せられる。」
どうやら試合自体は無効にならないし胴元へのペナルティがあるようだ。
僕も金貨五枚を賭けている手前、試合が無効になると手数料分だけ損をする。
「胴元へのペナルティとしてメナスへの賭け券の全額払い戻し。ロムスへの賭け券の倍率は倍の二百倍とすする。これは闘技場の規約に則ったものだ。」
まぁ、胴元にペナルティが無いとイカサマし放題なのでその様な規約があるだろう。
しかし、倍率が二百倍か……僕が賭けたのはカードに入っていた端数の金貨、五枚だから二百倍だと千枚。
一挙に金貨の枚数が倍の二千枚だ。何にでも使えそうだが何に使おうか……。
取らぬ狸の何とやら、お金を受け取りもしていないのに使い道を考えていると碌なことが起こらないのはよくある事なのだろうか。
「父上!ここは私にお任せください。」
インデムドの声が響くと闘技場の地下から檻が幾つもせり上がって来た。
「檻?」
「ん?何かいるぞ!」
その場にいる人々が指す檻の中には飢えた目をした魔獣が何体も押し込められていた。
檻が地上へ上がりきると同時に魔獣と人とを隔てている檻の扉が開け放たれた。
「うわ!何だ!なぜ檻が開いた。」
「こ、こいつらはダイアーウルフ!」
ダイアーウルフは狼のような姿をしている大型の魔獣だ。ダイアーウルフは驚きのあまり棒立ちになっている者にまさに飛びかかろうとした。
しかしそのダイアーウルフは男の掌底を受け壁際に吹き飛び赤い染みを作る。
「みんな!慌てるな!全員密集隊形を取れ!非戦闘員は後ろへ回せ!」
ウェールズはダイアーウルフを吹き飛ばすと皆に呼び掛けた。戦闘に慣れている者が多かった為かその場にいる者の多くがすぐに隊列を組む。
だが、その数に対してダイアーウルフなど地下の檻から解放された魔獣の方が多かった。
あっという間にその場にいる者達は幾つかの集団に分断されてしまった。
「クハハハハ!見つけたぞ!我を貶めたその罪、その身で購ってもらうぞ!やれ!森の魔獣よ!」
ダイアーウルフとは別の方向からインテムドと角の生えた獅子の様な魔獣が僕に襲い掛かって来た。
「喰らえ!今までの横の攻撃とは違う縦の攻撃を!必殺旋風剣っ!」
インテムドは両手剣を構えると縦に回転しながら飛び込んでくる。その攻撃を受け止めようと僕は咄嗟に銀の盾をインテムドに向けた。
しかし、その行動によって僕の右側に回り込んできた獅子の魔獣への対処が出来なくなる。
(不味い!これでは盾が構えられない。)
銀の盾の向こうではインテムドが何度も攻撃を重ねている様だ。迂闊に銀の盾の方向を変えるとインテムドの両手剣に斬られるかもしれない。
(何か盾の代わりになる物は無いか?少し大きくてかたい板の様な……そうだ!)
僕は収納袋から銀色の板のような物を取り出すとその板を盾代わりに使おうと構え獅子のような魔獣を威嚇する。
魔獣は僕が構えた板を邪魔な物かの様に手で払った。
魔獣の手が板に触れた瞬間、その場所から眩しい光が溢れ出す。