想定外
「わしの、わしの財産がぁあぱぁぱぱぱぱぱぱぱ……。」
ハームは口から泡を吹きながら訳のわからない言葉を発していた。その隣では商人のネオが口を半開きにして呆然としているが、心の中では事の対処を考えている様だ。
ハームたちの周りだけでなく、試合を観客席で見ていたスザーホンの市民も一様に驚き騒いでいた。
闘技場が蜂の巣をつついたような騒ぎになり、何事かとやって来た者が近くの男を捕まえ尋ねる。
「何だこの騒ぎは?俺が帰った後何が起こったんだ?」
「あ、ああ、何を言っているか判らないだろうが、ありのまま起こったことを話す。試合が始まった……と思ったらメナスが爆発して勝敗が決してしまった。」
男の言うことは以下のような事だった。
試合開始の合図とともに両者は間合いを詰め、ロムスの槍とメナスの剣が交差したと思ったらメナスの剣が爆発した。
ロムスは間合いが少し遠かったので咄嗟に後退でき、爆発の影響を受けているようには見えない。
それに対してメナスは至近距離で爆発に巻き込まれたためか全身が真っ黒になり頭の髪の毛がアフロヘアーになっている。
至近距離で爆発を受けたのにまだ立っていたが口から黒い煙を吐き立ったまま後ろに倒れてしまった。
そして、倒れたメナスを確認した審判が勝利を宣言する。
「爆発?ロムスが爆発物を使ったのか?いや、それはあり得ないか……。ん?あれは誰だ。どこかで見たような……。」
男が指さす先には体格の良い男が何人か部下らしい者たちを引き連れてメナスの方へ近づいてゆく。男は手で審判を制するとそばにいた部下に何やら指示を出しているようだった。
「???……!!あれは冒険者ギルドのギルドマスター、ウェールズさんじゃないか!」
「ああ!そうか!あのウェールズさんか!道理で見覚えのあるはずだ。闘技場でも不敗の記録を持つ人だからな……。」
「でも、ギルドが何でこのタイミングで来ているんだ?」
ギルドが何やら調べ始める中、ロムス側の関係者席の人々の喜びの声にあふれていた。それとは対照的にメナス側の関係者席の人々の声がまるでこの世の終わりの様な嘆きだ。
しかし、その中でも商人であるネオは冷静だった。
(なんて事だ。ハームを信じた事は迂闊な事だった。だが、終わった事は仕方がない。今は金貨五万枚と言う負債をどうするか……。)
すでに負債をどうやって減らすかの算段に入っていた。
(そうだ!あ奴がロムスの関係者ならワシが手に入れたこの街の道場には興味があるだろう。)
ネオはロムスに使ったような手口でスザーホンにある多くの道場を差し押さえていた。
(全て二束三文で買い叩いた道場だが実際の価値は負債に匹敵するはず。ならコレを差し出せば多少の出費で抑えられるはずだ。)
実際ネオが差し押さえるために持っているのは道場の権利書を担保にした借用書だった。これを道場の権利書と同等と言って負債との等価交換を持ちかける腹づもりの様だ。
(何とかわしの全財産の半分の損失に抑えることが出来そうだな。後はあのボンボンと交渉して……。)
しかし、ネオのその甘い考えもギルドの調査により吹き飛ばされる。
「ギルド長、これを見てください。」
爆発現場に残されたメナスの剣を調べていた部下のギルド職員が剣のある部分を指差した。
その部分には魔石と思われる物の残骸とそこから何らかの力を取り出す魔術刻印が剥き出しになっていた。爆発の衝撃で表面の偽装が吹き飛んだ様だ。
「これは魔道具じゃないか!だが魔術刻印がきれいに切断されているな。なるほど、発動中の魔術刻印が壊されたことであの爆発が起こったのか。」
「魔道具の爆発事故ですか……ではこの試合は?」
「闘技場での対戦は魔道具の使用は禁止されている。もし勝者がメナスであれば試合自体は無効、だが勝者はロムスだ。」
「では?」
「勝者ロムスのままだ。胴元を含め関係者には相応のペナルティが課せられる。この場合、胴元は検査不備のペナルティで賭けの倍率が二倍になり、メナスに賭けた分は掛け金全額が返金される。」
メナスの魔道具使用の不正行為により掛け率は更に倍。二百倍までになってしまった。
これには流石のネオも冷静ではいられない。
「ワひの商店ぐががががガァ!」
ハームとネオが共に泡を吹きながら奇声をあげているとインテムドの声が闘技場に響きわたる。
「父上!ここは私にお任せください。」
インテムドはそう言うと闘技場の仕掛けを作動させる。
闘技場の仕掛けが動き地下から何かがせり上がって来た。