砂被り
闘技場の長椅子の上で仮眠をとっていると体を揺り動かされはっと目が覚める。
僕の目の前にはきれいな女の人が立っていた。なんとなくどこかで見た記憶があるが誰だろう?
思い出そうと頭を巡らせていると遠くから歓声が聞こえてくる。もうロムスさんの試合が始まっているのかもしれない。
僕は急いで立ち上がり試合会場へ向かおうとすると目の前の女の人が引き留めた。
「まだロムスの試合は始まっていませんよ。あれはその前の試合の歓声です。」
”ロムス”と呼び捨てにしているこの女の人は……?
「ソウジさんですよね?あの時はありがとうございました。」
女の人はそう言って深々と優雅にお辞儀をした。
そうか!スザーホンの入る手前の道でロムスさんと一緒にいた人だ。
「ソウジさんを急遽ロムスの関係者として登録しました。どうぞこちらへ。」
どうやらロムスさんは僕を関係者として急遽登録してくれたようだ。
僕は頷くと女の人の後ろをついて歩いた。
女の人はリース・フレシアと言う名前で騎士伯だそうだ。父親が騎士になったため騎士伯となったらしい。
ロムスさんとはリースさんの家が騎士伯家になる前からの幼馴染でかつ婚約者。闘技場での試合が終われば結婚する予定。
所謂、この戦いが終われば結……おっといけない、験が悪い。まぁ、そういう事らしい。
闘技場における関係者の席と言うのは入場する際の入り口近くにある。
入場前の闘士たちに声をかけたりすることが出来、相撲で言うところの花道と砂被り席を合わせたような場所だ。
周囲を見回すとロムスさんの関係者と思われる人々、近所の道場主や弟子らしい人たちの姿が見える。
この様な関係者席は入場口近くにあるらしく反対方向の入場口近くには対戦相手の関係者が座っているのが見えた。
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「あいつは!」
ロムスの関係者席に現れた男を見て思わす口から出たセリフだ。
「あいつロムスの所の席に居やがる……そうか、判ったぞ!俺たちの計画を邪魔をするために我を陥れたのだ!そうだ、そうに違いない!」
インテムドは完璧な推理だとばかりに愉悦に浸りニャリと笑う。そして、自分が推理した事実を父親のハームに伝えようとした。
「父上、我は……。」
「うるさい、今大事た仕事の途中だ!」
ハームは今、闘技場の売り上げの報告を受けていた。普段は賭ける者のいない最後の試合に異常な額が賭けられている事を報告され歯噛みしていた。
「ネオの奴、この事を知っていたな!だから急遽胴元になると言い出したんだな!」
最後の試合はネオが胴元として参加することでハームの取り分が半分に減っていた。
いつもの賭け金なら多くても金貨1枚なので胴元となったとしても参加料が金貨一枚なのでハームだけが儲かる様になっている。
それが今回、金貨千枚と言う異常な金額の掛け金が入ることでその前提が崩れてしまっていたのだ。その上、自分が手に入れるはずの金貨千枚が金貨五百一枚に半減する。
「それに鑑定機が魔道具と判断できなとはどういうことか!ロムスを反則にできないではないか!これではメナスの勝利の意味は半減だ!」
ハームの当初の計画では、反則をしてまで勝とうとするロムスに圧倒的な力でメナスが勝利し、”聖天心流”の名を高める予定だった。それが最初の時点で躓いているのだ。
儲けの目減りと勝利の効果の半減、その二つの事実に歯噛みするハームを見ながらインテムドは同じ様に歯噛みしていた。
(父上は何も判っていない。これは我らの実力を恐れた連中が手を組んだ事だ。ギルドも一味だから何をするか……兄上の試合も計画通りに済むか判らないぞ。ここわ我が何とかしなくては!)
曽於場を立ち去りどこかへ行くインテムドの大半の考えは事実と異なっている。だが”計画通りに済むか判らない”と言う一点では正しかった。
当主であるハームはネオに掠め取られる金額をいかに蹴らそうかと計算中でインテムドの事は目に入っていなかった。
ハームは計算は試合で勝つと言うことで成り立っていることに気が付いていない。
そして、闘技場の賭け率は変動制でなく固定である。一度決めた倍率は掛け金が多くなっても変わらない。
倍率100倍
それは一体何を意味するのだろうか?