交錯する思惑
ロムスさんの試合を翌日に控え、僕は道場で槍の微調整を行っていた。
当のロムスさんは槍を一心不乱に突いたり払ったりしながら手に伝わる感覚を確かめている。
「今度の感じはどうですか?ロムスさん。その槍の重心の位置とか持った感覚は?」
「問題ないよ……それにしても。この槍の手触りは良い、手に吸い付くようだよ。それに穂先から手元にかけても細かい模様も美しい。ソウジ君は名工でもあるんだね。」
僕はこの槍に細かい模様を施していた。赤金色の槍の表面は細かい模様と光が相まって幻想的に揺らめいて見える。
ロムスさんが言う通り、僕の製作スキルのレベルが8に、手業(どうやら細かい作業をすると上がるようだ。)のレベルが7まで上がっていた。
この世界の人の最大が5だから隔絶の腕前のはずなのだが、製作でガンテツさんを上回っている気がしない。
ガンテツさんの作品とはもっとこう……言葉では表しにくい違いがある。
いったい何故なのだろうか?
と、僕が考えているとロムスさんからの注文が来る。
「ソウジくん。ここの部分に少し引っ掛かりがあるような気がするんだ。何度か槍を振っていると少し気になってね……。」
ロムスさんが示すのは槍の中ほどの部分、あまり手を加えていない部分だ。槍の柄が同じように丸くなっていないのだろう。
「わかりました。少し削ってみます。」
僕はロムスさんから槍を受け取ると手のひらで言われた場所の形状を確かめた。確かに言われてみれば丸が歪になっていて少し膨らんでいる様な気がする。
僕は膨らんでいる部分を慎重に削る。
微調整と言っても現状槍を削ることでしかできないので調整は慎重に行わなければならない。
“極わずかに削って感覚を確かめてもらう“の繰り返す地道な作業だ。
「ロムスさん少し削ってみました。感覚を確かめてください。」
「ああ判った。」
ロムスさんは槍を受け取ると再び一心不乱に突いたり払ったりしながら手に伝わる感覚を確かめる。
こうして時間は過ぎていった。
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場所は変わって、”聖天心流”の道場でハームが人の良さそうな男から報告を受けていた。
人の良さそうな顔のこの男、名前をネオと言いラグーン商会の会頭をしている。
ラグーン商会はフリューゲル東部、スザーホン近辺で商いを行う商人であった。
「それで、ネオ。話を聞こうか……。」
「はい。ハーム様のご要望の通りにあの槍をロムスに売り渡しました。そしてその代金としてあの道場の権利書を手に入れてまいりました。」
ネオは懐から道場の権利書を取り出しハームに手渡した。
ハームはその権利書を広げ中身を確認するとニヤリと笑う。
「クククク、これでスザーホンの主な道場は手に入ったのも同然だな。」
「良かったのですか?計画を前倒しにして?」
ネオのいう事も尤もなものだ。事が発覚した場合、タダで済まないのはハームも理解していた。
「問題ない。それに今だ、フリューゲル王国の監視の目が緩んでいる今しかチャンスは無いのだ。それで、例の槍は間違いないのだな?」
「はい、万事抜かりなく。鑑定スキルを阻害する効果もある為、あの槍が魔道具であることを見破られることはありません。」
「ふむ。最初の数回の攻撃は耐えることが出来るが時間と共にその効果が減衰する。実によくできた魔道具だな。よく騙しおおせる事だ……。」
「大抵の者は人の良さそうな顔をしていると善人だと誤解してくれるので楽なものです。」
「そんなものか……どうだネオ。最後の試合、一つ胴元として参加してみては?」
「御冗談をハーム様。最後の試合の賭け率は100対1、胴元として参加しても参加手数料で足が出てしまいます。最初の興行からなら考えますが?」
極稀に100の側に掛ける者がいるがその金額は微々たるものである。胴元としての参加手数料を賄えるほどの金額ではない。
「仕方がないの、胴元は何時でも参加可能だからいつでも言うがよい。……しかしネオ……お主も悪よのぉ。」
「いえいえ、ハーム様には敵いません……。」
ハームとネオは明日の事を考えるとほくそ笑むのであった。
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更に所は変わって闘技場。
闘技場で行われるのは人対人の戦いだけではない。古代ローマがそうであったように、人対猛獣(スザーホンの場合は魔獣だが)の戦いも行われている。
当然、闘技場には戦いで使われる魔獣を入れるための檻がいくつもあり、それらは闘技場の地下に並んでいた。
その中の大きな檻の前でインデムドは檻の中を確かめていた。
「こ、これだ、こいつなら問題は無い。丁度いい具合に飢えている。この魔獣ならあの黒髪を懲らしめることが出来る。後はあいつをどうやってここに連れてくるかだ……。」
檻の中には飢えた魔獣の爛々と光る眼があった。