ひと悶着
僕やブライさんがギルドへ入るとインテムドが受付の机を叩きながらギルドの職員にがなり立てていた。
辺りを見回すとインテムドと一緒にいた剣士や魔法使いの三人は酒場の椅子に座っている。その中に一人、僧侶の方は桶に入れた水で手を一心不乱に洗っている。何か変な物でも触ったのだろうか?
後の二人は椅子に座りこちらの様子を窺っている様だ。辺りを見回した僕と目が合って軽く会釈してきた。
「ギルドはランクの高い冒険者を優先するのか!ダンジョンの階層の低い場所で高ランクの冒険者が魔物を横取りすれば低いランクの冒険者はやっていけないではないかっ!」
「はい、はい、そうですね。インテムドさんがおっしゃっている事はもっともな事だと思います。」
「だったらなぜすぐに対処しない!これはギルドの怠慢だ!」
「はい、そうですね。当ギルドも状況を鑑み判断する所存でございます。」
インテムドの対応にあたっているのは白髪で眼鏡をかけた初老の男だ。
綺麗に手入れされた白い口髭を上唇に蓄え、白いシャツにサスペンダー、濃紺のズボンと言う格好だ。一見すると何処かの会計士か設計士の様に見える。
「おお、ちょうどブライさんが来ましたね。彼らからも話を聞きましょう。カトレアさんよろしくお願いします。」
「判りました。ギルバート主任。……ではブライさん達はこちらの方へ。」
カトレアさんは受付から急いで離れる様にそそくさと僕達をギルドの別室に案内した。
チューバのギルドでもあった部屋で部屋の真ん中に長机がありその両脇に長椅子が置かれている。壁などの内装も似たような物だ。
何故かカトレアさんは長机の端に立ち、手に持っていた書類を机の上に広げた。
「ではブライさんにお伺いします。まずはブライさん達がインテムドさん達に遭遇した際の事ですが……。」
カトレアさんが僕たちに当時の経緯を訊ねようとした時、入り口のドアが勢い良く開き大きな音をたてた。
「何故こそこそと話をするんだ!」
インテムドだった。
僕やブライさんがギルドにやって来た時には気が付いていなかったのだが、このタイミングで入って来るのは野生の感だろうか?(戻ってきた時に気がついていないのだからそれは無いか……。)
しかし、その問題が解かれない内に解決した。
「いやぁ、すみませんな。ついうっかり“ブライさんが先ほど帰ってきて奥の部屋へ行った”と言うなり、インテムドさんが……。」
「ギルバート主任……仕方がないですね。」
カトレアさんはため息をついているが、がっかりしている様には少しも見えない。長机の端にギルバートさんが当然の様に立っているところを見ると、ここまでの行動が予定の通りの様な気がする。
インテムドは僕たちの反対側の長椅子に座りこちらを睨みつけている。
「それで経緯を……。」
「それは我が先ほどから……」
言葉を遮られたカトレアさんが立ち上がったインデムドを睨みつける様な目で見た。
「インテムドさん。私はあなたには訊ねておりません。静かにしていてください。」
「ちっ!」
インテムドは舌打ちをすると太々しい態度で腰を下ろす。カトレアさんはブライさんの方へ顔を向けると小さく頷いた。
「我々が一層目の広間にたどり着いた時にはインテムド殿が一人ゴブリン共に囲まれておりました。我々は緊急事態と考えゴブリンとの戦闘に介入したのです。」
「ほら見ろ!ほら見ろ!ほら見ろ!我の言った通りであろう!我の言った通りであろう!」
「また、インテムド殿が助けを求める言葉を言っていたので……。」
「我は言ってない!断じて言ってない!」
インテムドは何故か顔を真っ赤にするほど力を籠めながらブライさんの言葉を否定した。否定するのに顔を真っ赤にするまで力を籠める必要があるのだろうか?
「……言っていないとなると、横取りのような形にはなりますね。」
「横取りの様なではなく横取りだ!それさえなければ我が華麗に反撃していたものを!」
「あの状態から反撃か……興味が湧くな。」
ブライさんは妙な所で興味を持っていた。そんなブライさんにカトレアさんは再度尋ねる。
「このままですとブライさんがインテムドさんから横取りしたことになりますが?」
「ああ嫌だ嫌だ。すぐにギルドはランクの高い物の方を優先する。ああ嫌だ嫌だ。」
長椅子の背にもたれかかりギルドに対する自分勝手な不満をまき散らす。カトレアさんはそんなインテムドを無視し話を続けた。
「それで、その時の状況を証明するような物を何かお持ちでは無いでしょうか?」
カトレアさんはそう言うと僕の方をちらりと見た。
!!
これはブライさんに訊ねているのではない。僕に対して訊ねているのだ。僕が録音できる物を持っている事はチューバギルドのグレースさんから連絡が入っていたのだろう。
僕は収納袋からスマホを取り出し長机の上に置いた。
「これはカトレアさんが言われたその時の状況を記録したものです。」
その場にいる全員が見守る中、僕はスマホの再生をタッチした。
録画は丁度、インテムドがゴブリンたちに突かれたところから始まっていた。
-糞ッ!こら!回復役!我を治さんかっ!-
-で、でもインテムドさん。周りにゴブリンがいるし……こっちに戻ってくれないと治せないですよぉ。-
-何だと!治すのがお前の役目だろう!誰でも良い早くしろ!-
「……」
「……言っていますね。」
「言っていますね。」
映像を見ていたギルバートさんとカトレアさんが頷く。
-何度も言わすな!お前の仕事は我を治すことだ!理由をつけてサボろうとするな!この愚図がっ!お前の代わりは何人でもいるんだ!ぐほぉ!-
「刺さっていますね。」
「刺さっていますね。」
-うわなにをするくぁwせdrftgyふじこlp-
その後はインテムドを治療しようとする僧侶をブライさんが止め、ゴブリンを撃退する映像が続いた。
「……こ……」
「「「「「こ?」」」」」
「こ、こんなものは捏造だ!偽造だ!」
映像を見ていたインテムドは必死になって否定する。そして立ち上がるとスマホに手を伸ばした。たしかに、無様な自分の姿は否定したいのだろう。だが、スマホを壊されるわけにはいかない。
僕は素早く収納袋にスマホを戻した。
「くそっ!それを寄こせ!我から隠すのは捏造したからに違いない!」
「それはありえませんね。ソウジさんがこの部屋に来たのはつい今しがた。映像を作り出す時間があったとは考えられません。」
主任であるギルバートさんが捏造だと言うインテムドの言葉を完全に否定した。
「……ち、畜生!憶えておれっ!」
インテムドは捨て台詞を残すと部屋から飛び出していった。
「あ!インテムドさん!待ちなさい!」
後を追ってカトレアさんも飛び出すが捕まえることは出来なかった様で数分後、とぼとぼと部屋に戻ってきた。
「申し訳ありません。捕まえることが出来ませんでした。」
「仕方ありません。……インテムドさんの処分はギルドへの虚偽の報告ですので“冒険者資格停止三ヵ月“と言ったところでしょうか。もっとも他に余罪があると期間を延ばす必要がありますが……。」
どうやら、インテムドは冒険者資格を停止されるらしい。