斧槍と両手剣
昼の三時を回るころになると闘技場やその周辺が更に活気づく。
剣闘士や闘士の試合が始まるのだ。
軽食を取っていた店も人で溢れかえり酒を飲んでいる者が目に付き始める。三時からのメニューに酒類が追加されている様だ。
試合は一日に三から五つ組まれ、その全ての組み合わせが賭け事の対象になっている。
駆けの倍率は試合ごとに変わり大抵が1.2倍や1.1倍と言った数字だ。実力が拮抗している者同士の試合では1.05倍と言う試合もあるほどだ。
それを考えると最終試合の20倍と言う数字はいかに実力差があるかを表しているようにも思えた。
ロムルスさんの案内もあって闘技場での席は少し遠いが全体を見渡せるいい席だった。
<第一試合、“鉄拳のガウエル”対”駿動のドリム“の試合を始めます。>
拡声の魔道具だろうか、大きな声が闘技場内に響き渡る。
朝、予想屋が言っていた“鉄拳”と“俊動”の試合だ。確か予想屋は鉄拳の方が有利と言っていた。
<太陽の門から“鉄拳のガウエル”の入場です!>
太陽の門、日の昇る方の門から筋骨たくましい男が入場してきた。かれが鉄拳のガウエルと紹介された男だろう。
<続きまして月の門から”駿動のドリム“の入場です!>
太陽の門とは反対側の門から若干スマートな男が入場してきた。かれが若手の有望株の”駿動のドリム“なのだろう。よく見ると入場門の周囲には何人かの女性が固まって黄色い声を上げている様だった。
試合は下馬評通り拮抗した勝負だった。
そして予想通り、”駿動のドリム“の経験不足から“鉄拳のガウエル”への対応が遅れ手痛い、ドリムは打撃を受けてしまった。
しかし、ガウエルがドリムにとどめを刺しに来た時、起死回生の一撃を放つ。
結果、ガウエルとドリムの試合は両者相打ちとなり二人はそのまま医務室へ運ばれていった。
続いて、二試合目、三試合目と試合が続いて行った。どの試合も実力はほぼ拮抗しており実に見ごたえのある試合が続く。
そして本日最終試合である四試合目が始まろうとした時、闘技場は席を立つ人が多くなった。
「……まだ一試合残っているのに帰る人が多い?」
「みんなこの後の試合には興味がないからね。もう勝負が決まったと思っているんだよ。」
最終試合は“聖天心流のメナス“と”陽心一刀流のニコル“の試合だ。
「陽心一刀流は斧槍を扱う流派だよ。その中でもニコルは屈指の腕を誇ると言ってもいい。僕も彼に勝てるかどうか……。」
身の丈以上ある斧槍を縦横無尽に振り回しながらニコルが太陽の門から登場する。ロムルスさんの言う通りかなりの腕前のようだ。
それに対し次期当主とか名乗っていたメナスはゆったりとした調子で月の門から登場した。背中に両手剣を背負っているが、長さはハルバートの半分ほどしかない。
何故この広い闘技場で戦うのに勝つ可能性が低いと判断されているのだろう?剣と斧槍では剣の方に勝ち目はないと思うのだが?
その答えは試合開始の直後に分かった。
「唸れ“聖天心流”奥義大切断!」
メナスが叫ぶと持った両手剣から炎が噴き出す。
噴き出す炎の長さを含めると通常の剣の長さのおよそ三倍。斧槍の間合いよりもはるかに遠い間合いになっている。メナスは炎が噴き出す剣を大きくブンブン振り回し始めた。
メナスの攻撃は剣技とは言えない粗雑な物で力任せに腕を振り回しているだけの攻撃だ。しかし、メナスの剣は伸びている部分が炎なので攻撃をその部分では受け止めることが出来ない。
剣の長さは噴き出す炎の長さを含めると、通常の剣の長さのおよそ二.五倍。ニコルの斧槍の間合いよりも遠い間合いからの攻撃だ。
ニコルは長柄武器である斧槍を巧みに扱い一歩踏み込んでメナスの剣の先を弾いていた。
「ロムスさん、あれは問題無いのですか?」
「闘技場の見解だと、メナスのあの攻撃はスキルの発動なので問題は無いそうだ。“聖天心流”曰く“スキルの使用を否定することは初代国王の偉業を否定する事だ”とかなんとか……。初代国王は闘技場で無敗を誇っていたからね。一説によるとスキルを使っての事だと言う話がある。」
「初代国王の偉業を盾にしたのか……。」
流石に初代国王を引き合いに出されると認めざるを得ないのだろう。
“初代国王はスキルを使って無敗”という可能性がある限り、スキルを使うのを禁止には出来ないのだ。
「仕方が無いのかもしれませんね……って、ここの闘技場はフリューゲルが出来る前からあるんですか?」
「そうだよ。ここの闘技場はフリューゲル王国が出来る前の国の時代に建てられたものだからね。その国の首都はここだったと言われているよ。」
ロムスさんと話している間に試合は決着が着きそうになっている。
長時間高熱に曝されたニコルの斧槍の一部が曲がり始めたのだ。よく見るとニコルさんの持つ斧槍の斧頭を接続する部分が赤くなっている。その部分が柔らかくなったので斧槍は剣と打ち合う衝撃と重さで曲がってしまったのだろう。
その様な状態になっては十分に斧槍を使うことは出来ない。だが、メナスの対戦相手のニコルはあきらめたようには見えなかった。
「もはや勝負は決したと思うのだけど、ニコルさんはなぜ敗北を宣言しないのですか?」
「……おそらく、体力の浪費によるスキルの使用不可を狙っているのだろう。」
たしかに、剣を振るっているメナスの方がニコルさんよりも疲れている様に見える。
やがて長々と続いたお粗末な試合は終わりを告げる。
ガン!ガン!ガラン!ガラン!
メナスの剣を弾こうとしたニコルの斧槍は衝撃に耐えきれず斧頭の部分がちぎれ飛んでしまった。
「……私の負けだ。」
ニコルさんはその場にがっくりと膝をつき敗北を宣言した。
「クククク、これで”陽心一刀流”は”聖天心流”の配下……と言うことだな。」
「仕方あるまい……。」
僕は彼らのやり取りを聞きロムスさんの方に振り向いた。
「ああ、”陽心一刀流”と”聖天心流”はお互いの看板を掛けての戦いだった。そして、次はこの私の”月閃流”の番だ。」
「勝ち目はあるのですか?」
「攻撃するのと攻撃を受けるのとでは受ける方が体力を使わないからね。ただ問題は長時間受け続ける事のできる武器があるかだ。そうだな……出来るかどうか判らない。精々あがいてみるさ。」
別れ際にそう話すロムスさんの表情は少しキリリとしていた。
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宿に戻る帰り道の間、ロムスさんや闘技場の事を考えてみる。
ロムスさんが言っていた“ 長時間受け続ける事のできる武器“つまり”火炎の熱で曲がることはない金属の武器”を実は僕には心当たりがある。しかし、当事者ではない僕がそこまで彼らとかかわって良いのだろうか?
答えの出ないまま僕は宿のたどり着いた。
「あ、ソウジさん!ギルドのカトレアさんから伝言です。“明日、ギルドまで来てください。”とのことです。」
明日か……ギルドが混んでいない時間に行ってみるか。