聖天心流
僕が”聖天心流”の冊子をぱらぱらとめくっているとカトレアさんが申し訳なさそうに謝った。
「ソウジさん、申し訳ありません。今回持ち込まれた薬草の量があまりにも多い為、カード更新のための鑑定機が使えないのです。薬草の買取査定も明日になると思いますがよろしいでしょうか?それと、その冊子は持ち帰って良いですよ。」
カトレアさんによると薬草の買取に少し時間が時間が掛るらしい。チューバとは違い一つ一つ精査する決まりがあるようだ。
「それなら仕方がないね。じゃあ、買取金の受け取りとカードの更新は明日と言うことでいいですか。」
「はい、では買取票を発行しますね。ソウジさんは今日はどこにお泊りでしょうか?」
「特に決めていませんが、どこかいい宿がありますか?」
カトレアさんは町の地図を広げると宿の場所を示す。
「ギルド推薦の宿はここと、ここと、ここの三つです。それぞれ……。」
カトレアさんは朝食と夕食が出る宿を紹介してくれた。冒険者だとある程度割引が効くらしい。
僕はギルドに紹介された宿の一つに泊まる。この宿は恰幅のいい(ここでも)女将と糸杉の様な亭主が経営する宿だ。食事もオーク肉のソテーが出てきてなかなか良かった。(ポークソテーより肉の味か濃かった。)
僕は食事を済ませると宿の部屋でギルドで手に入れた”聖天心流”の冊子を読んでいた。
-聖天心流-
そのルーツをさかのぼればフリューゲル初代国王であるホルン一世に行き着くと言われている。
フリューゲル初代国王ホルンの出自については諸説ある。現在のところ判っているのはホルン国王陛下が当初所持していたスキルが最底辺のとても役に立たないスキルとみなされていた。
ホルン国王陛下の持っていたユニークスキルは追加射程と言われ射程を1.5mほど延ばすスキルだった。
”スキルだった”と言うのは正確ではない。射程を伸ばすスキルと思われていた。
元々ホルン国王陛下は弓術で名を成した家だったらしく追加射程はたいそう喜ばれた。
だが、ホルン国王陛下には弓の才能と言うより飛び道具の才能は全くなかったらしく極めて下手だったと記録にはある。
しかも追加射程がわずか1.5mほどしかないことが判明すると手のひらを返したように冷遇し勘当されたと言われている。
そんなホルン国王陛下が冒険者となるのは必然であったと言える。もともと弓術を鍛えていた手前、冒険者になっても後衛、弓兵として活動していた。
しかし、前述の通り、ホルン国王陛下に飛び道具の才能はなかった。その為、パーティから解雇されることが何度もあった。
そんな中、運命の出会いがあった。後の”落ちた勇者”と言われたイェルブの初パーティに入ったのだ。
当初はホルン国王陛下の低い能力でも何とか対処は出来ていたと言う。
その頃のイェルブは駆け出しの冒険者であり、それなりの長い時間鍛えてきたホルン国王陛下の方が上であった。
しかし、イェルブの冒険者としての技量が上がるにつれホルン国王陛下の弓の腕のあまりの悪さに辟易しだし事もあろうかダンジョンの下層でパーティ追放を行ったのである。
これは一説によるとホルン国王陛下のスキルの真の能力について感づいたイェルブが己の地位を守るためにホルン国王陛下を謀殺したと言われているが真偽のほどは定かではない。
ホルン国王陛下のスキルはダンジョンの下層で魔物に囲まれた時にその真価を発揮した。
事もあろうか周囲を幾重にも取り囲む魔物をたったひと振りの剣戟で壊滅させたのである。倒れた魔物の中にはホルン国王陛下から剣の間合い以上に離れていた魔物もいたが、それら全てをまとめて倒したのであった。
それまでホルン国王陛下のスキルは飛び道具の射程を1.5m延ばすスキルと思われてきた。
事実は武器の射程を1.5m延ばすスキルであったのだ。
このスキルのおかげでホルン国王陛下は窮地を脱出し、遂には“落ちた王国”と言われる大迷宮を踏破したのである。
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ここまで読んで目が点になった。
“聖天心流”のルーツがこの国、フリューゲルの初代国王ホルンに遡ると言われているのはまぁ良いだろう。
しかしその後の文章がホルン国王の事ばかりで肝心の“聖天心流”について書かれていない。
どう言う事だろうか?
それとももっと読み進めなくてはならないのだろうか?
「取り敢えず読み進めるしかないのか……。」
僕はため息をつきながら冊子のページをめくる。冊子の多くのページがホルン国王の冒険譚となっているが、どれもこれもスキルに任せて大剣を振り回し、敵を倒すだけの脳筋ホルン国王になっている。
(脳筋が王国を建国できるとは思えないのだけどなぁ……。)
最後の方まで読み進めると、ホルン国王の引退後の話になった。
その中でホルン国王の剣技を再現する者が現れたとあった。その者が流派“聖天心流”を名乗ったとある。
どうやら“聖天心流”と言うのはホルン国王の戦い方(物語の中だけだと思う)を参考に作られた流派らしい。
実にはた迷惑な存在ではなかろうか?