武術の街、スザーホン
次期当主とやらは更に僕を睨んできている。
だがアビス・キマイラや多頭竜の威圧に比べで小さなお子様が睨んでいるような物だ。
服の胸をつかまれていた男は既に手を離されその場で尻餅をついている。僕は早くこの場から立ち去るように手で合図する。
すると、その合図に気付いた女の人が尻餅をついている男の手を取りその場からこっそりと逃げ出した。
立ち去る時にペコリと挨拶をした顔は結構な美人だったと思う。
「ギリギリギリギリムムムムムムム」
強く威圧するためか次期当主は奥歯をかみしめ目が血走って来た。
その暑苦しい視線を受ける僕は“視線を切ったら負けとかそんな下らない事でも考えているのだろうか?”とぼんやり考えていた。
「おいお前!どういうつもりだ!」
「どういう?」
僕は首をかしげる。人に言いがかりをつける連中は訳の分からない事を言ってくる者が多い。この次期当主もその手合いと同じ系統の人間らしい。
次期当主は背中に背負った長剣の柄に手を置き僕をさらに威嚇してきた。
「俺サマが交渉している邪魔をするとはどういうことか?」
「交渉って……その相手なら……ほらあちらの方へ逃げて行きましたよ。」
僕は彼らが逃げたのとは反対方向を指さすと鏡の盾を次期当主の少し前に出す。
「ぐっ!あやつら!」
逃げて行く二つの影は丘の向こうに行き見えなくなりつつある。僕は頃合いを見計らって次期当主の気を引く。
「で?どうするんです?交渉の邪魔とかなんとか?」
「あん?」
次期当主がこちらを向いた瞬間、鏡の盾を消す。これで次期当主の頭の中には反対方向へ逃げて行ったと考えるはずだ。
「ち!今はそれより……。」
と言うと男が向かった先とは逆方向へ次期当主は走っていった。
しばらく探し回るだろうからあの男は無事に逃げ出すことが出来るだろう。そうでなければ運が悪い。流石にそこまで面倒は見ることは出来ない。
僕は次期当主が男の後を追いかけて行くのを横目に橋を渡って町を目指す。
スザーホンの街はそれから半時ほどで到着した。この辺りはあまり開発されていないようで耕作面積が狭い様だ。
都市の収入を闘技場などでも賄っている為だろう。
スザーホンの門をくぐるとまっすぐ冒険者ギルドを目指す。
武術の街だけあって、武器や防具が所狭しと居並んでいる。しかも、剣専門店、槍専門店だけでなく、スリンング専門店やレザーガード専門店などと言う変わった専門店もあった。
「ひえー。すごい店の数だな。某電気街の裏道みたいだ。」
とあるところの電気街には裏道にいろいろな店が並ぶ。今ではお目にかかれないような電気部品もその場所では売っている事があるのだ。
「さて、ギルドの位置は何処か?……誰に聞こう。」
右を見ても左を見ても長剣を背負った人が多い。あれは何かの流行りなのだろうか?連中は肩を怒らせて道の真ん中を歩いている。流行りでも良いがガシャガシャと邪魔になる連中だ。
僕が苦々しく見ているとその視線に気が付いたのか防具屋のオヤジが話しかけてきた。
「あー、あれは“聖天心流”の連中ですね。かかわりあうと面倒なことになりますよ。」
「やはりそうか……といっても、ここに来る時の橋の近くで“次期当主”とやらが絡んでいる現場に出くわしただけだけどね。」
「次期当主というとメナスか、あんたは運がいい人のようだね。あいつに絡まれて無事なんだから。」
次期当主は予想通り碌でも無い人物の様だった。