挿話:三人衆のその後
ロジェスちゃんが驚きの声を上げていた頃、冒険者の資格を剥奪されギルドから叩き出された三人、ダニエル、シーラ、ライスは町はずれにある定宿の部屋に集まっていた。この宿屋はある事で有名な宿屋なのだが今のところは関係ない。
時刻は日も傾きそろそろ酒場が騒がしくなるころ合いである。部屋の中のランプはまだ点けておらず少し薄暗い。
「……冒険者カードが無くなったのは痛いわね。」
「はい。もう少し大丈夫かと思っていましたが、ここのギルドは意外に目端が効くようで失敗しました。」
「ダニエルは見積りが甘いかななぁ。で、どうしますシーラの姉さん。」
驚くべきことに、この三人のボスはダニエルではなくシーラであった。とは言えシーラに絶対の忠誠を誓っているわけではなく利害関係が一致しているから手を組んでいるようだった。
「今回の獲物は古びた鞄一つかい。中は何が入っている?」
「ちょっと待ってください。ん?これは何だ?」
ダニエルが取り出したのは透明な袋に入っている黒っぽいものだった。
「……他には……布っ切れと何かの魔物の爪か……時間がたっているのでお守りの効果は切れているみたいですね。」
ダニエルが爪を取り出すとその場でボロボロと崩れ砂の様になってゆく。
「こうなると魔除けには使えませんね。もっと早く処理すれば使えたのですが……。」
「素人が偶然持っていた魔物の爪をダメにしたと言うことかしら?」
「はい、そう言うことです。」
「で、他には?」
「そうですね。お?これは短剣か……おお!これはすごい!」
「どうしたダニエル?何がすごいんだ?」
ダニエルの驚きの言葉にライスは身を乗り出す。
「ええ、見てください。これは魔法の短剣です。おそらく何らかの効果があるはずです。どこかの町の解除屋にイニシャライズを解除……。」
ダニエルは言葉途中で言いよどんだ。ダニエルの目に映るそれは全く信じられない事実だった。
「どうしたんだい、ダニエル?」
「シーラさん……この魔法の短剣はイニシャライズされてません。」
「「なんだって!」」
彼ら三人の前にはイニシャライズされていない魔法の短剣がある。言い換えればこの魔法の短剣はイニシャライズした者の所有物になると言うことだった。
「……」
「……」
「……」
三人は同時に押し黙る。しかし、頭の中はいかにして他の二人を出し抜くのかで大忙しだ。片方の手を何やらゴソゴソ動かしている。
「ここはリーダーたる私が!」
「やはり第一発見者として俺が!」
「私の予備武器にちょうどいい!」
三人がほぼ同時に魔法の短剣ダガーに手を伸ばした。三人の伸ばした手の指先には血がにじんでいる。彼らの指が魔法の短剣の紋章に触れた途端、イニシャライズの光が輝く。
「三人同時?誰のものになったんだ?」
「何だい!あなたたちが手を出すことはないんだよ。」
「それを言うなら姉さんもですぜ。」
魔法の短剣をしばらく眺めていたダニエルはその魔法の短剣が自分の物であり、他の二人の物でもある事に気が付く。
「結局三人の所有物かよ。まぁ、いいか。」
「まぁ、いいじゃないの?とりあえずは……。」
「ふん。仕方あるまい。」
口々に問題はなさそうに言っているがいかにして他の二人を出し抜くか頭を回転させていた。
「ところで、この袋は何だ?何やら黒いものが入っているし、こんな袋見たことが無いぞ?」
ライスは鞄の中から出てきた袋を指さした。透明なビニールに包まれたそれは周りが薄暗いこともあって彼等の目には薬の様なものにも見えた。
「何だろう?黒いな……もしやこれは!そう考えればあのガキが一人で旅をしているのも頷ける。」
「何か知っているのかい、ダニエル?」
「これは……」
「「これは?」」
ダイスとシーラの二人はごくりとつばを飲み込む。
「これは黒胡椒かと。だからあのガキは一人で秘密裏に運んでいたのだと思います。」
「黒胡椒だって!」
ダニエルは慌ててライスの口を押える。
「しーっ。声が大きい。誰かに聞かれたら事だ。」
「でもそんなものを一人で運ぶなんて考えられないわよ。」
「はい。だからそこが盲点なんです。まさかと言うものに運ばせるのが一番安全なんです。ガキ一人じゃ実入りが少ないので盗賊も狙いませんし。」
黒胡椒と言えば一粒が高値で取引される超貴重品である。当然ダニエルたちはそんなものはお目にかかったことはない。うわさで黒い小さな粒の様なものだと聞いているだけだった。
それが災いした。
「で、どうするのかしら?」
ダニエルは少し考えるふりをした。うまいことやって自分が多く手に入れるように画策するつもりだった。
「ここで山分けしましょう。なに、この袋と鞄、あと一つは俺の袋を使えばいいでしょう。」
そう言って袋の結び目を解きだした。当然、他の二人も黙ってみているつもりはない。ダニエルが不正をしないか目を光らせていた。
「硬い結び目だな……よし、開いた……?」
「なんだ?ダニエル。黒胡椒てのはどんな匂いなんだ?」
ライスが匂いを嗅ごうと鼻を近づけた。
ピヨーン
ライスの鼻の穴に黒い粒の様な物が飛び跳ね入る。
「なんだ?鼻がむずむずするな、ふ、ふふぁ……」
ハァクション!!
ライスの大きなくしゃみは袋の中の物を辺り一面に飛び散らせた。
「何をするのライス!せっかくの黒……。」
シーラが言い終わらないうちに悲劇が襲う。
チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク、チク
「ウギャーッ!」
「か、痒い!痒い!痒い!痒い!痒い!痒い!」
「ブヘークション!なんじゃこりゃっ!」
三人の頭や体に黒い粉がまき散らされチクチクと無視に噛まれる痛みと猛烈な痒みが襲った。彼ら三人が黒胡椒だと思った物、それはソウジが何かに使えるかと思ってビニール袋に入れて置いたダニ、ノミ、シラミであった。その様な物が部屋にまき散らされたから大変だ。三人はどたばたと大騒ぎしだし、その音は宿中に響きわたる。
「うるさい!何をやっていやがる!」
あまりの五月蠅さに宿の主人が怒鳴り込んできた。その主人に向かって黒い物がピョーンと飛ぶ。
「ん?何だ?これは……ノミかっ!おまえらよくもやってくれたな!さては何処かの宿の手先だな!」
この宿、主のおかげでノミ、ダニがいない宿として冒険者の間でも有名な宿である。そのため冒険者は快適な睡眠を求めてこの宿に泊まるものも多い。三人のやったことはこの店に対する嫌がらせ以外の何でもない。三人は首根っこを掴まれ宿の外に叩きだされた。
「二度と来るんじゃぇね!このダニ野郎ども!」
その様子を見ていた冒険者がたたき出されたダニエルたちに気が付く。
「ん?あれはダニエルだ。」
「知っているのか?」
「ああ、初心者冒険者に取り付く害虫のような存在だよ。」
「という事は宿の親父が言ったようにダニ野郎か!」
「ダニエルだけにな。」
「という事は、シラミのシーラに蚤のライスって事か。」
この日以降、三人はそれぞれダニ、ノミ、シラミと呼ばれ忌み嫌われるようになった。実はこれも全て三人がイニシャライズした魔法の短剣の能力なのだ。
この魔法の短剣は逆境の短剣と言い、所有者に試練を負わせる。その試練に耐えた者にスキルの習得率上昇を与えるアーティファクトなのだ。(最終試練に耐えることが出来れば異世界人並みになる。)
試練を耐えるごとにイニシャライズの解除が可能になるのだが、今まで他人を利用してやって来た三人には簡単な試練にさえ耐えることはできなかった。この日から三人は何をやっても試練を受けることとなった。
そして今日も試練が始まる。
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