湖沼の脅威
そこも見通せないほど深く暗い沼。その奥底で七対の目はじっくりと、そして確実に狩ることの出来る獲物を品定めしていた。
「あった!……でも少し遠いな。ソウジ、何か無い?」
ロジェスさん(ちゃん)が僕の方へ振り向いた時、黒蓮が咲いていた沼から大きな何かが飛び出した。黒蓮の花をまき散らし飛び出したそれは僕ぐらいを一飲みにできそうなぐらい大きな蛇の頭だった。ヒドラは花を取りに来た獲物を丸かじりするつもりだったらしい。
「げへぇっ!ヒドラだ!」
「ダ、ダニエル、あんな大きさのヒドラは初めて見るわ。」
「俺も知らねえ、どうする?」
あまりの大きさにダニエルたちは驚きのあまり咄嗟に動けない様だ。運よく難を逃れたロジェスさん(ちゃん)も口を開けてその場にへたり込んでいる。そんな目の前の獲物を逃すほどヒドラは甘い魔物ではないはずだ。
(このままではロジェスさん(ちゃん)が危ない!)
僕は持っていた鞄を放り出すとロジェスさん(ちゃん)の元へ急いだ。運動部ではないので足はあまり早くないが、幸いヒドラの図体が大きいので動きが少し緩慢だ。
「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
ヘッドスライディングの要領でロジェスさん(ちゃん)に体当たりをする。
ブォンと音が鳴りさっきまでロジェスさん(ちゃん)のいた場所をヒドラが頭を手の様に使い薙ぎ払う。ヒドラの頭は恐ろしいほどの迫力で僕の頭の上を通過した。
「ひゅー、危ねぇ!ロジェスさん(ちゃん)大丈夫?」
「ソウジお兄さん……。」
無理やり地面に押し倒した格好だが、ロジェスさん(ちゃん)に怪我は無い様だ。
「よし走るぞ!」
僕はロジェスさん(ちゃん)を助け起こすとダニエルたちの方向へ駆け出した。ダニエルたちはヒドラを迎え撃つべく盾を構え臨戦態勢になっている。
(よし、あそこまで行けば助かる!)
そう思った次の瞬間、
「シールドバッシュ!」
ライスが構えた盾が白く輝くと僕を強くヒドラの方向へ強く弾き出した。僕はガンと言う大きな衝撃と共にヒドラの頭の近くに転がってしまう。その体を目掛けヒドラが頭で薙ぎ払った。
硬いガラスを爪で引っ掻いたような甲高い音共に着ていたローブが引き裂かれ鎧の一部に白い筋が付いた。
「ラ、ライスさん一体何を!?」
「へっ!荷物持ちのこいつはこんな時の為に連れてきてるんだよっ!ロジェスお前もああなりたくなかったら俺達に協力しなっ!」
「そ、そんな!でもソウジお兄さんは僕を助けてくれて……。」
「ちっ!つかえねぇ!シーラ!いつものアレで押さえて置け!」
「あいよ!」
カカカカカカ
シールドバッシュの影響で地面に倒れた僕の周り、手や足の影の部分に針の様な剣が突き刺さる。
「これは?!体が動かない!」
「影縫い、投げ針の技だよ。これでアンタは指一本動かすことが出来ない。」
シーラはそう宣言するとニヤリと笑う。その横でダニエルがいつものにこやかな微笑みを見せた。
「いやはや、ソウジくんだったっけ?すまないね。そこで君がヒドラの餌になっている間に僕たちは逃げることが出来る。まぁ、計画通りとも言うけどね。」
「計画通り?」
「そうさ、君を餌にしてヒドラの注意を引いている間に黒蓮を採集する。実に合理的な方法だよ。だが残念なことに今回は黒蓮は手に入らなかった。代わりに君の鞄を形見に持って帰るとするよ。達者で、クハハハハハハハハ!」
ダニエルたちは僕を犠牲にして去ろうとしている。いや、僕を犠牲にするのは当初の計画通りなのか?問題は影縫いの効果で僕は指一本動かせない。手や足の影の部分の針を取り除けば動ける様になると思うが手のひらもダニエルたちの方向へ向けるので精いっぱいだ。
「お兄さん!」
ロジェスさん(ちゃん)が心配そうにこちらを見ている。僕を助けに来ようか迷っている様だ。そうだ、僕が対処できなくてもロジェスさん(ちゃん)なら出来るかもしれない。
「ロジェスちゃん頼む!この周りの針を魔法で撃ってくれ!」
僕の願いを叶える為、ロジェスさん(ちゃん)は杖を構え魔法を使おうとした。
「ロジェス!何をやっている!ぶっごろされたいのかっ!」
ダニエルの狂暴な声にロジェスさん(ちゃん)が硬直する。その瞬間、集中していた魔力が切れ魔法が僕自身へ向かって飛んで来た。
「ひぃっ!……ご、ごめんなさい!」
僕に誤ってぶつけたと思ったのかロジェスさん(ちゃん)は脱兎の様に走り去った。
だがそれでいい。おかげで何とかなりそうだ。
僕は銀の円盤を展開させロジェスさん(ちゃん)の魔法を反射させた。




