深淵の革鎧
子鬼討伐の実習で初心者講習は終了した。受付のキャシーさんから預けていた冒険者カードを受け取った。カードは初心者講習修了の証明が記載されたカードに更新されている。(残念ながらランクはFのままだ。)
僕は更新された冒険者カードを受け取った後、ガンテツさんの工房に急ぐ。今日は頼んでいた革鎧が出来上がる日なのだ。
初心者講習の合間にも鎧の調整の為に何度かガンテツさんの工房に足を向けた。
その苦労?もあってようやく完成するのだ。どんな鎧になっているのか、それを考えるだけでも足が速くなる様だ。
革鎧を一週間で作るのは元の世界では考えられない位の速度なのだろうけど、この世界のドワーフにとって普通の速度なのだろう。
もっとも、その場合の革鎧は既製品でほぼ同じ形の鎧だと想像する。ガンテツさんの様にオーダーメイドで作る場合はもう少し時間が掛かるに違いない。
それを考えるとガンテツさんの製作速度はドワーフの中でもかなり早い方なのだろう。
ガンテツさんの家の前まで来ると家の中からハンマーで叩く音が扉の奥から鳴り響いている。
「ガンテツさん、鎧はできている?」
「おお、ソウジか、いい所に来た。見てくれ、何とか形に出来たぞ。」
そう言ってガンテツさんは形を整えた日緋色金の短剣を差し出した。僕が渡した時とは欠片とは異なり形が短剣らしくなっている。
「へぇー凄いな。欠片が短剣の形になっている。いや、そうじゃなくて……。」
「うむ、判っておる。あれじゃろ。」
ガンテツさんが親指で指さす先に一揃いの革鎧が置かれていた。早速鎧を着てみる事にする。
脱いだ靴は収納袋にしまい鎧一式を装着する。鎧は意外にも軽く非力な僕でも簡単に切ることが出来る。関節部は柔らかく動きを阻害しない様だ。
外側には薄く普通の皮革を張り、一見すると普通の革鎧に見える様にしている。素のままだと目立ちすぎると言うジャネットの忠告からこの様な形にした。
「全く面白い特性を持った革だよ。革自体は柔らかいのに刃物を通さない、魔力を通すと再生までする。」
「再生?」
「ある程度の傷なら自動的に修復されるのじゃよ。切断されればその限りではないのがの。」
何とも便利な能力がある様だ。しかし、魔力を通すと言うことが判らないのと魔力を通し過ぎて鎧が元の形、キマイラの姿にならないのだろうか?
「再生の能力については心配ない。鎧の形に戻る様にワシが調整している。魔力を通すと言うのは魔石を組み込んでいるのでそこから調達する様にしている。」
ガンテツさんが胸の鎧の一部をめくると、そこには透明な水晶のような物がはめ込まれていた。これが魔石なのだろう。
「後は着ていると能力が幾つか上昇するが全て%上昇だ。だからお主が強くならない限り大きな差は出てこない。」
聞けば聞くほど凄い鎧になっている。こうなると製作代金の方が心配だ。
「わしの最高傑作とも言える鎧になったからのう。半端な金額では済まない。」
僕はゴクリとつばを飲み身構えた。どう考えてもワイバーンの卵の収入で買えそうにないと思える。
「それでじゃ。物は相談なんじゃが、残りのキマイラの皮とこの日緋色金の短剣でどうじゃ?」
僕はガックリとして力が抜ける。残りの皮を返してもらっても使い道は無いし日緋色金の短剣も材料ならまだある。僕にとって全く問題の無い支払い条件だ。
「うむー、何ならもう少し色を付けても良いがどうじゃ?」
「いえ、いえ、皮と短剣でお願いします。」
「おお、そうか!うむ、良かった、良かった。他に何を要求されるかと思うてヒヤヒヤしたぞ。」
少し粘ればもっと良い条件になった様だが、そんなに欲をかいても良いことは無いだろう。第一、何を貰えばいいのか判らない。
「こうして見ると、ひよっこのお前さんも一端の冒険者に見えるの。」
「……まぁ見習いだからね……。」
「まぁその鎧があれば致命傷を負うことも無かろう。冒険者稼業を続けていればそのうち一人前になれる。」
そう言ってガンテツさんはガハハハハと大声で笑った。
注)鎧の製作について
ガンテツは魔法を併用することで規格外に早い時間で鎧を作っています。
ソウジはあくまでRPGの鎧制作の基準で考えており現実の製作速度を知りません。
この世界でもフルオーダーの鎧は魔法を使わない場合、早くても三か月はかかります。
あと、柔軟な革鎧とは言え服とは違うために何かと動きは阻害するはずなのですが、
異界人の隠し特典としてスキルの習得難易度が極端に低くなっています。
そのおかげで革鎧習熟のスキルを着るだけで手に入れ、違和感なく普通の動きができる様になっています。