見習いの子鬼退治
討伐実習で退治する魔物は子鬼だ。森などによく住みつき農家の牛や豚を狙う子鬼である。
幸運なことにこの世界の子鬼は女性を拉致監禁する狡猾な子鬼ではないし寿命が極端に短いわけでもない。
まして、子鬼王が超カッコいい美形の歌手であるという事は無い。
いたって普通の初心者冒険者にはうってつけの魔物だと言える。
初心者向けの魔物を退治するにも子鬼についての情報は必須だ。弱いからと言って油断は禁物だ。
第一、この世界の住人でない僕が子鬼を見た事があるはずがない。
退治する相手を間違えない様にする上でも、姿かたちの他、活動時間などの生態についても知る必要があるだろう。
そんな情報は何処で手に入れるのか?となれば、冒険者に聞くかギルドに聞くしかない。
「えー、そんなことをわざわざ聞くのか?ソウジはまじめだなー。子鬼に一匹や二匹、見つけたらバッサリ斬ればいいんだよ。」
初心者講習の受講者の一人、ケニーはすぐにでも退治に行きたがった。戦士である彼の話も分からなくはない。
しかし今は初心者講習だ。依頼を受けた後の事を学ぶための場でもある。どんな依頼を受けてもケニーの様にバッサリ斬ればいいと言う物ではない。
「ケニー、場所は調べないとだめだろう。それに依頼主に会わないと。」
クインシーは癒し手だが自らも戦えるタイプの癒し手だ。ケニーと同郷らしく彼のフォローをすることが多い。
「場所、調べてきた。依頼主、ダリルさんとジョンさん。彼らの牧場に子鬼が出たらしい。」
これは斥候のシーラ。どうやらいち早く依頼主を調べてきたらしい。
「こっちは用意がもう少しかかりますー。」
魔法使いのダイアナは、初心者講習受付の時に入り口でウロウロしていた子だ。
ケニー、クインシー、シーラ、ダイアナの四人に僕ソウジが加わった五人が今回の子鬼退治のメンバーだ。
「兎も角、僕は子鬼についての情報を集めるよ。」
「「「「はぁーい。よろしくー。」」」」
彼らは揃って気の無い返事をするが彼らは情報収集の重要性を判っているのかなぁ?
討伐実習の責任者
僕は受付のキャシーさんへ子鬼についての資料は無いか尋ねてみようと思う。受付は他にもいるのだが他の人とは面識がない為、キャシーさんを選んでいる。決してあのスタイル(特に胸部)に引き寄せられた訳ではない……たぶん。
「子鬼の資料ねぇ。場所は?」
「たしか、ダリルさんとジョンさんの牧場だと言っていました。」
「D&J牧場ね。確か資料が……。」
キャシーさんは資料を机の上に取り出した。前もって用意していたらしい。やはり、資料をギルドに尋ねる事も実習に入る様だ。
本当の所、僕はユーフォニアム周辺の土地について全く知らない為、冒険者ギルドの受付に聞くしかないのだが……。
「詳しい事はこの資料に書いてあるわ。仲間とよく読んでおきなさい。」
僕は資料一式を持って初心者講習を受ける仲間の元へ戻る。
「おーい。資料を貰って来たよ。中身を確認してくれ。」
「えー。俺そんなのめんどくさいからパス。」
「資料ですか……子鬼程度に必要ないと思うのですが?」
「(コクリ)」
「………」
なぜかみんな資料を見ようとしない。子鬼とは言えちょっと舐め過ぎじゃないのか?
まぁいい、とりあえず先に見て問題がありそうなところを聞いてみよう。何かあるかもしれない。
僕は資料の最初のページを見て杞憂では無かったことを確信した。
「なぁ、ケニー。子鬼は何匹退治するつもりだ?」
「え?牧場に来る子鬼を退治するのだから一匹か二匹、多くても三匹だろう?倒すのも奴らが行動する夜中だろうし、何か問題があるのか?」
「いや、資料によると子鬼は近くに集落を作っているらしい。だから退治するのは十匹以上だそうだ。」
「十って、おい、おい、何だよ、それは?」
「え!本当ですか?よく見せてください。」
「(ガシリ)」
「………」
全員が資料を食い入る様に眺めている。どうやらみんな軽いピクニック気分だったのだろう。今は皆の顔が少し青くなっているような気がする。
「ふん、ひよっこ共。どうやら理解した様だな。」
「「「「「「ブルースさん!」」」」」」
ブルースさんは今回の討伐実習の責任者である。その人がこのタイミングで出てくるという事は初めから僕達を見張っていたのだろうか?
「取り敢えず。俺に指摘されずに気付けたのはよしとしよう。だが……。」
「ケニー、クインシー、シーラ、ダイアナ、お前たちの査定はマイナスだ。」
「査定?」
何やら聞いたことの無い言葉がブルースさんから聞こえた。いったい何を査定するのだろうか?ひょっとしたら査定次第で冒険者に成れない事がありえるのだろうか?
「ん?ああ、一応、秘密だったか……。まあいい、知らない奴の為の教えておくと、最初の冒険者ランクへの補正だ。この査定によってはEランクからのスタートとなる。まぁ、滅多にいないがな。」
秘密と言っていたのに話して良いのだろうか?一応と言っていたから公然の秘密という所だろう。
「さて、話を戻すぞ。今回のお前たちへの依頼は子鬼退治。退治数は最低十匹だと思え。どうも子鬼共の集落が思っていたよりも大型だった。そのため大規模討伐を行う。その際、討伐から逃げ出した子鬼が必ず出る。お前たちはその取り逃がした子鬼共を退治するのが今回の依頼だ。」
それを聞いてケニーたちは肩の荷を下ろした。直前までとても出来そうにない子鬼退治を提示されていて思い悩んでいたのが嘘みたいである。
「あぶれ子鬼の討伐なら楽勝だな。」
そう言うケニーの言葉に一同は頷く。だがその言葉を聞いてブルースさんの目が光った事に気が付いていなかった。
―――――――――――――――――――――
「誰だよ!あぶれ子鬼の討伐は楽勝だって言ったのは。」
言った張本人のケニーが愚痴をこぼす。ケニーが愚痴をこぼしたいのも判らないではない。
子鬼の集落への大規模討伐が開始されてから次から次へと子鬼がやって来るのだ。
その合計数は既に三十匹を越えている。子鬼討伐は十匹以上とあったので間違いはない。
その上、途中で雨が降り出し泥だらけになりながらの討伐になっていた。
「よし、倒した。」
槍を突き刺し子鬼を退治するがもう既に次のゴブリンがやって来ている。
僕はゴブリンの粗末な棍棒を盾で受け止め、槍を突き出すが腰が引けているので、チマチマとしたダメージしか与えられない。
それでも子鬼はあまり強くないので、僕の攻撃でも時間はかかるが倒すことは出来る。
まぁ、僕の役目は盾を使い子鬼を後ろに行かせない事なのでこれでも問題は無い。
子鬼の攻撃を盾で受け止めチマチマ突いていると後ろから火炎弾の魔法が飛んできて子鬼を焼き尽くす。
ケニーは時々一刀の元に子鬼を倒している。クインシーは前衛にバフと回復をかけパーティが崩れない様に補助を行い、シーラは弓矢で後続の子鬼に先制ダメージを入れている。
即席のパーティでもあるが各自が自分の領分をきっちり行う事で子鬼退治の仕事をキッチリこなしていた。
結局、明け方から始まった子鬼退治は夕方まで掛かってようやく一段落ついたのだった。
僕は疲れた頭の中である事を思い出していた。
(そう言えば明日は鎧を取りに行く日だったな。)
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