城塞都市ユーフォニアムの冒険者ギルド
その石の壁で囲まれた街の入り口の前にジャッキーさんが立ちこちらを向いた。
「ようこそ、フリューゲル王国の辺境城塞都市ユーフォニアムへ。」
石の壁に守られた街、城塞都市とも言うべき街の名は“ユーフォニアム”といった。
ユーフォニアムが城塞都市なのは“深き魔の森”からわずか五日の場所にあり、魔物の集団に襲われても耐えることが出来る様に四方を石の壁で囲まれた城塞都市になっている。
城塞都市ユーフォニアムの石壁は10mぐらいの高さがあり、四隅には見張り台があった。これで接近する魔物を見張っているのだろう。
入口はアーチ状になっていて、分厚い鉄の扉が取付けられている様だ。その鉄の扉の片方を開いて出入りする者を検査している様だ。
「よぉ、帰って来たぞ。」
ジャッキーさんが門番の人に手を振って挨拶をする。
「何だ、ジャッキーもう帰って来たのか?予定ではあと1週間はかかるんじゃなかったのか?」
「ちょっと事情が変わってね。ある意味幸運とも言えるかな?」
「ふぅーん。まぁいいか……で、そちらの少年は?」
門番の人は僕を指さしてジャッキーさんに尋ねた。
「途中で一緒になった。彼は俺が保証する。」
「そうか、なら大丈夫だな。通ってよし!」
ジャッキーさんを先頭に城塞都市ユーフォニアムの中にはいた。入ると目の前の道は門を中心に十字路になっていた。門の幅より広い道が中央の城のような物に向かってまっすぐ伸び、城壁に沿ってもう一つの道がある。
「この道はぐるっと壁沿いにあるんだぜ。なんでも、軍隊を素早く動かすためにこうなってるんだと。王都では壁の近くにスラムが出来ているけど、ここユーフォニアムにはスラムは無いんだ。それと……」
タイタスさんが楽しそうに話す。この手の事に詳しい様だ。
「はいはい、観光案内は良いから先にギルドへ行くよ。」
長くなりそうなジャーメイさんの話をジャネットは遮り、中央に向かう道を歩きギルドへ向かう。ギルドと言うのは冒険者ギルドと言う奴だろう。異世界転移物の定番でもある。
そう言えば、異世界転移物では冒険者ギルドは中世ぐらいの政治形態なのに、国際的な機関と言う変わった組織だったり、国際機関と言う割に権限が低かったり、高かったりよく判らない組織が多い。
「冒険者ギルドは国ごとに冒険者や探検家を管理するための組織だよ。」
タイタスさんの説明どうやら冒険者ギルドは国ごとにある様だ。
「このフリューゲルでもそうだけど、基本的に冒険者ギルドに所属しているもの以外は迷宮に入ってはいけない事になっている。破るときつい罰則があるよ。」
迷宮探索の為には冒険者ギルドに所属しなくてはならないのか……。まてよ、“深き魔の森”の先の“落ちた王国”自体が巨大迷宮だと言っていたな。その周囲を囲む“クリフ・ウォール”は迷宮なのだろうか?
「大丈夫、基本的にと言っただろう。フリューゲル王国の中にある迷宮は冒険者以外の立ち入りが制限されているけど、国境や他国にある迷宮に対してその制限は無いよ。と言うより出来ないからね。」
タイタスさんのよると国境の迷宮へその制限をフリューゲル王国が行えば紛争の火種になるし、他国の迷宮について制限を行えば内政干渉になる。だから、国境や他国は例外だといっていた。
「よし、着いた。ここが冒険者ギルドだ。」
冒険者ギルドは城塞都市ユーフォニアムの中央の城の近くにある。入って来た門(北門)をまっすぐ進むと左手にある建物だ。建物は古代ローマの建築物を思わせる頑丈な石の様な物で作られていて間口が広くとられている
「そしてあの城がこの地を治めるユーフォニアム辺境伯がいる城だよ。辺境伯は元冒険者で冒険者については理解のある人さ。」
どうやらユーフォニアムは冒険者にとって住みやすい街のようだ。
冒険者ギルドの中に入ると一階の半分は酒場、もう半分に受付などのカウンターがある。この辺りも定番の冒険者ギルドと同じ作りだ。
酒場と併設されているのは冒険者からなけなしのお金を搾り取る為と邪推してみよう。
「ははは、違うよ。冒険者ギルドに併設されている酒場は冒険者が仲間を集めたり相談したりする為のものさ。冒険者ギルドが経営している分、料金も安いし飯も旨い。マスターが怖いのがあれだけどね。」
ギロリッ!
酒場の奥の方から僕でも判る殺気が飛んで来た。少し禿げ上がった頭で髭面の男がコップを磨いている。あれがこの酒場のマスターだろう。
「……ま、まぁ兎も角、僕らはクエストの報告に行くからソウジは冒険者の登録を済ませればいいよ。ジャネット、ソウジを案内してやってやれ。」
「はぁーい。じゃあ登録に行くわよ、ソウジ。」
僕はジャネットの後についてギルドの受付カウンターに向かった。カウンターには金髪の見目麗しいお姉さんが受付をしている。受付にお姉さんが多いのは男どもが相手だからだろうか?男なら大抵、むさくるしい男に受付をしてもらうより美人のお姉さんの方がいいと思う。(ツルペタストーンやおっさんがいい人がいるがそれは考慮しない。)
「はぁい、ジャネット。今回のクエストはすごく早く終わったのね。かなり難易度が高かったと思ったけど?今日は何?」
「はーぃ、キャシー。今回は幸運が重なってね。今日はこいつの登録の手伝い。こいつの保証は私達“ジェームズ・ファミリー”がするわ。」
キャシーと呼ばれたお姉さんはジャネットに指を指された僕をしげしげと眺めていた。
「へぇー、黒目黒髪ね。この辺りでは珍しい顔つきだし、結構遠くの人かしら?」
「ええ、ちょっと帰るには遠すぎて方法が判らない遠くです。」
嘘は言っていない。実際、異世界と言うのは遠すぎるし帰る方法が判らないのも事実だ。
「まぁいいわ。ちょっと待ってね。今用意するから。」
キャシーさんは紙とペン、そして水晶球の台座をカウンターの下から取り出した。
「必要な事を紙に書いてね。書きにくい事や秘密の事を書く必要はないわ。ただし、名前と種族、性別、年齢は真実を書くようにね。」
書類には名前と種族、性別、年齢、特技、スキル、経歴を書く欄がある。僕はペンを取り、書類に必要な事項、名前、種族、性別、年齢を書き込んだ。種族は人間で良いのだろう。
「えー!ソウジって“ソウジ・タナベ”って言うの!貴族か何か?それに17歳って……私より年上じゃん。」
「苗字はあるけど貴族じゃないです。僕の国ではみんな苗字があります。年齢は……まぁ、年齢より若く見られます。」
日本人は西洋人より若く見られがちだが、この異世界においても同じのようだ。
「じゃあ次に水晶に手を置いて。これで仮のギルドカードを発行します。」
「仮の?それに料金は?」
「冒険者の試験に合格するまでは仮のまま、冒険者見習いという地位です。それから実績によってランクがF、E、D、C、B、A、Sと上ってゆきます。料金はいりません。フリューゲル王国の取り決めでそうなっています。」
料金はかからない様だ。僕は言われた通りに水晶球の上に手を置く。そう言えばヨブ王国でも同じようなことをしたような気がする。確かあれは……。
水晶球がピカッと光ったかと思った次の瞬間、チーンと音がして一枚のカードが水晶球の台座の部分から飛び出した。
名前:ソウジ・タナベ
種族:人間
性別:男
年齢:17歳
スキル:収納、言語読解
水晶は鑑定の水晶と似た物だったのだ。僕はカードにスキルが自動的に記載されていて少し焦る。この様な事態になるとは考えていなかった。
「へぇ。なかなかいいスキルですね。この二つのスキルは冒険者向きと言えます。武器を扱うスキルが無いのは残念ですが訓練次第で習得することもありますのであきらめないでください。」
僕は少しほっとした。それほど珍しいスキルでは無いのかもしれない。あと、訓練でスキルを得られることがあるとも言っていた。ヨブ王国で武器関係のスキルの評価が低かったのは後から鍛えることが出来るからなのだろう。
「これで仮の冒険者カードの発行は終了です。あとは初心者講習を受けてください。そうすれば見習い冒険者としての許可が下ります。」
「初心者講習は何時から?それとどのくらいの間?」
キャシーさんは予定表をめくり確認をする。
「人数次第ですが初心者講習はニ、三日後ですね。講習は二週間にわたって行われます。後何か質問は?」
僕は少し考える。そう言えば収納袋の中の物を鑑定してもらっても良いのだが騒ぎになるとあまり良くないような気がする。
それに皮の方は僕の方で防具として使いたい。各種武器は重すぎて今の僕には使えないがこれこそ騒ぎの元になる気がする。
「えっと、取り敢えずは思いつきません。」
「そうですか。では、初心者講習の日が決まれば連絡するので泊っている宿を教えてください。」
キャシーさんはニッコリ笑って尋ねてきた。
「あ、宿だ。」
「はい、そうですね。当ギルドでも宿は案内できます。どの様な宿が良いですか?」
「ちょっと待ってキャシー。」
僕がキャシーさんに好みの宿を言おうとするとジャネットが横から口を挟んだ。
「こいつはうちの客人。という訳なので家でしばらく寝泊まりするから。」
キャシーさんは少し首をかしげたが、なるほどと納得したような顔をした。何か誤解されたような気がするがスルーしておこう。
「では、後日、“ジェームズ・ファミリー”経由で初心者講習の日時を連絡します。それではソウジさん。冒険者としての活躍を期待しています。」
こうして僕は冒険者としての第一歩を踏み出した。
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