冒険者としての心得
“深き魔の森”を出てから半日ほど進むとジェームズさん達が今回のクエストの拠点としている村についた。村といっても開拓中のため、村に名前はまだない。村になる予定の村だ。
そんな村でも宿泊施設や道具屋(何でも屋)は存在する。僕やジェームズさん達は補給して宿に部屋を取った。部屋と言っても僕とジェームズさん達六人がまとめて泊まる大部屋だ。
ベッドが十個並べて置かれており布団が各ベッドに備え付けられている。当然のことながら、ベッドの布団にはダニ、ノミの住処になっていた。
僕は当然のように毛布の時と同じ方法でベッドの布団の虫を追い払った。
毛布の時ほどではないが虫の塊ができる。塊は後で燃やした方がいいだろう。僕は収納袋からビニール袋を取り出し虫の塊を放り込んだ。
「ちょっとソウジ。今のは何?」
「?スキルで虫を追い払っただけだけど?」
「スキルって……ちょっと来なさい、ソウジ。」
何か今の対応に不味いところがあったようだ。ジャネットはて僕を咎めるように眉間にシワを寄せていた。
「あんたねえ、人前で気楽にスキルを使うものではないわ!誰が見ているか判らない場所で自分の手の内を明かすのはそれを利用されても仕方がないことなのよ!」
ジャネットの言う通り自分の持つスキルは切り札にもなる。おいそれと人に見せる物では無いのだろう。
「確かにその通りだ。これから気をつけるよ。」
「判ればよろしい。じゃあ、他のベッドもよろしくね。」
「え?」
疑問を呈する僕に向かってジャネットはニッコリ笑った。
「授業料よ。」
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全てのベッドのノミやダニもとい虫などを合わせると結構な大きさになる。集めた虫全てをビニール袋に放り込み口を縛って鞄の中に入れておく。初め収納袋の方へ入れようとしたが入らなかった。生き物は駄目とかの制限だろう。手とかは大丈夫なのに虫は駄目なのは何故だろうか?
翌日からの旅は馬車……ではなくて、当然の様に徒歩の旅になる。
意外に思うかもしれないが、徒歩と馬車では一日の移動距離に差があまりないのだ。両者の違いは輸送量である。馬車での移動なら人の倍以上の荷物が運べるのだ。
しかし今回は収納袋を持つ僕がいる。その輸送量の差は収納袋という存在のおかげで無かったことになる。だから徒歩の旅になるのだ。
村を出てからの旅の間も僕はいくつかの失敗をした。その度にジェームズさん達にそれとなく注意を受ける。
その中でも特に長い間注意を受けたのは銀のトレイを使った時だ。
村に泊まった時は村の食事(異世界の食事に興味があった)を食べていたが、流石に野宿の時に差し出された保存食(干し肉と干しブドウ)では僕の口は満足しなかった。
袖口に隠した収納袋から銀のトレイを取り出すとその上に手渡された干し肉と干しブドウを乗せた。
「お?銀のトレイか干し肉を乗せて何か意味があるのか?」
「綺麗なトレイですね。周りに施されている模様も素敵だ。立派な物の上において貧相な食事を良く見せる作戦か?」
「やめれ、貧相言うな。悲しくなる。」
「まぁ、僕たちは収納袋を持っていませんからね。」
「うむ。アレになれるとなくなった時に問題が出るからな。」
ジェームズさん達が口々にいろんなことを言う。彼らが興味深く見守る中、僕は合言葉を唱えた。
「腹が減った」
今回は干し肉と干しブドウと銀のトレイが輝き出した。その光はキラキラ光って眩しいぐらいだ。しばらく輝いていたかと思うと、銀のトレイの上にはステーキとブドウパン、サラダが載っていた。
どうやらこのトレイ、一緒に載せたものによってメニューが修正される様だ。
「「「「「「なんじゃそりゃ!!!!!」」」」」」
「今日はステーキ定食か。ご飯じゃなくてブドウパンなのは干しブドウの影響かな?」
「この間も注意したわよね、ソウジ。」
ジャネットの方を見ると眉間にしわを寄せて仁王立ちでいた。
「え、えーっとなんでしょう?」
「人前で簡単にスキルを使うなと言ったわよね?」
「いやー、これは魔道具でスキルじゃないし……。」
「同じことよ!」
それから空腹のまま一時間以上お説教が始まった。
ジャネット曰く、空腹時に必ず食べ物が出せる魔導具はその存在が知れるだけで各国が争って手に入れるような物だ。この“銀のトレイ”があれば兵糧の量を極端に減らすことが可能だ。そしてそれは軍の長期遠征が可能になる事を示している。その為、使う場合は慎重の上に慎重を重ねてもまだ足りないぐらいだと言われた。
「ふぅ。まあ済んでしまったことは仕方がないわ。……そうそう、その銀のトレイ、ソウジは魔道具と言っていたけど違うわよ。正しくは、秘宝というべき物ね。そうでしょランディ?」
「ああ、間違いないよ。これ一つで爵位が買えるほどの価値がある。」
「爵位が買えるほどの価値……。」
僕は便利な冒険の為の道具と考えていたがその考えを改める必要があるようだ。
普通の魔道具でそれならな収納袋に数多く入っている武具はどうなのだろうか?ひょっとしたら親切な彼らにさえ収納袋の中の物を見せるのは止めた方が良いのかもしれない。
そして残りの旅の間中もジェームズさん達の冒険者講習は続いた。その甲斐もあって多少はマシになっているのだろうと思う。
旅も五日が過ぎた頃、石の壁に囲まれた街が見えてきた。