挿話:因果応報
ヨブ王国では数ヶ月に一度王国主催でオークションが行われている。
オークションに出品されるのは、美術品だけでなく魔法の武具や道具も出品されていた。ヨブ王国では最大規模のオークションと言っても良いだろう。ジャーマイはオークション会場の控室にいた。
国内最大規模のオークションの出品車の控室だけあって内装は豪華絢爛である。毛足が長く複雑な模様の描かれた絨毯、金銀をふんだんにあしらわれ微細な彫刻が施されたテーブル、その上に置かれているティーポットやティーカップも真っ白な超一級品である。
ジャーマイはこのオークションに魔法の短剣を出品しようと考えていたのだ。
通常、この規模のオークションでは事前に出品物の登録が必要だ。が、そこは蛇の道は蛇、担当者に袖の下を渡す事で出品できるようにしていた。
(予定より少し金はかかったけど、これで巨万の富は約束された様なものよ。いくらになるのか楽しみだわー。)
ジャーマイはこれから手に入れるだろう金貨の山を想像してウフフと中年男が言うには気持ちの悪い声で笑う。
と、そこへ数人の兵士がなだれ込んできた。その中の隊長格らしい男がジャーマイの前に進み出た。
「ジャーマイはいるか!」
この部屋にいるのはジャーマイだけなのだから目の前の男がジャーマイで間違いない。わざわざ尋ねるのは何かあるとしか思えなかった。
「あたしがジャーマイよ。何なのあなた達は!」
「我々はヨブ王国の兵士団の者だ。ジャーマイ!この服についてお前に聞きたいことがある。」
と言っても隊長格の男が突き付けたのは、総司から騙し取った彼の服だった。
(ちょっと何よ!なんでその服がここにあるよ!後でどこかの貴族に売りつけるつもりで店に置いていたのに!)
「この服はお前の店の店員が王都の店に売ろうとしていたものだ。覚えはあるだろう!」
この服の存在を知っているのはゲイルの他はゾラしかいない。大方ゾラが黙って持ち出したのだろう。
(くぅぅぅ!ゾラね!でも、おかげで助かったのかしら?何も知らずに貴族に売りつければ逃げられないところだったわ。)
「そうねぇ。その女店員が誰だかわからないけど、その服に見覚えはないわ。」
ジャーマイの言い訳を聞いた隊長格の男の目がキラリと光る。
「ほぉ、女店員ね。」
「そうよ!その女店員がどこからか仕入れたんでしょ。その女店員に聞けばいいのよ!こっちはいい迷惑だわっ!」
隊長格の男はニヤリと笑うと部下の一人に尋ねた。
「なお前、俺は女店員と言ったか?」
「いえ、隊長は店員としか言っておられません!」
「げっ!」
隊長格の男はジャーマイの肩をグッとつかむと、ゾッとするほど低く有無を言わせない声で囁いた。
「ジャーマイ。お前にはいろいろ聞かなくてはならないようだな。」
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場所は変わって薄暗い地下の尋問部屋。
天井からは小さなランプが一つ吊るされているだけでかなり薄暗い。灰色の石で作られている為かその石を通して冷気が伝わり肌寒い。部屋には鉄の扉の他、鉄格子のはまった通気用の小さな窓が一つあるけだった。
その部屋の真ん中には四角い木のテーブルが一つ置かれ、ジャーマイは隊長格の男と差し向かいで座っていた。ジャーマイの両脇には屈強な兵士が立っていてジャーマイを逃げることが出来ないように拘束している。
「いい加減吐いたらどうだ?お前だって楽になりたいだろう?」
「し、知らないわよ。私は正当な取引で手に入れただけよ。その後の事なんて知るはずないでしょ。」
「ふむ。まだ言うか……。」
隊長格の男がジャーマイの両脇に立つ兵士に目配せをする。兵士はジャーマイの頭を無造作につかむと机に何度も叩きつけた。隊長格の男も多少は加減していただろうが机に叩きつけるうちにジャーマイの鼻や前歯は折れ顔中がはれ上がっていった。
「なんドゥいわれデもチらないボのはヂらない。」
ジャーマイは”秘密の道”を使って邪魔者を消していることを言う訳にはいかなかった。
ヨブ王国が周辺国と敵対している分、周辺国へ関所以外から人を通過させるのはよその国に内通していると疑惑を持たれても仕方がないことなのだ。
そもそも、隣国への抜け道を教えるのはヨブ王国では重罪であり、財産を没収される犯罪である。
「では、もう一つの方だ。お前がオークションに出品したこの魔法の短剣、オークションの案内本には載っていない様だが?魔法の短剣と言うことを考えてもそれはあり得ないことだ。」
「いえそれはギュうきょうっデもだっダものなので……。」
「ほう!売ってもらった?この性能の魔法の短剣が?」
隊長格の男はジャーマイの耳元に口を近づけ淡々とした調子で言った。
「これだけ性能の魔法の短剣は奈落産のもの以外ありえない。言っている意味は分かるな?」
「ナンダッデェェェェェ!」
ジャーマイは驚きの声を上げた。今まで魔法の短剣の価値ばかりに目をやっていたのでどこで手に入れた者なのかは考慮していなかった。
ヨブ王国では全てのダンジョンが王国の管理下にある。そこで手に入れた魔道具はどんなに性能の低いものでも無許可で販売した場合は重罪なのだ。
場合によっては死罪になるだろう。高価値の魔法の短剣を売ったとなれば死罪になる可能性は高い。
「ぐぅぅぅぅぅ」
ジャーマイは悔しさのあまり歯を食いしばり呻いた。ジャーマイの悔しそうな顔を見た隊長格の男は嬉しそうに話し出した。
「そんなお前に朗報がある。」
「?」
「先ほどの、どこの抜け道を使ったのかを話せば魔法の短剣の販売の件は不問にしてやろう。」
ジャーマイには抜け道を話す以外の選択はなかった。
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「脱走した勇者の足取りが判っただと!」
「はい、陛下。勇者は我々の目を欺き東に逃げたと見せかけて、ダンジョン奈落を攻略。警備が東へ集まったのを見計らって西へ逃げていたようです。」
ヨブ王国の王宮ではダンジョン奈落が攻略されて問題になっていた。
と言うのも、ダンジョンのボスが倒され攻略されると約一か月の間、ダンジョン内での魔物や宝箱の出現や緩やかになる。これは迷宮の力を全てダンジョンのボスを再生にまわしている為と言う説もある。
魔物の出現が緩やかになると、迷宮の魔物を当てに訓練を計画した場合その計画を根本から見直す必要がある。
勇者たちの訓練計画に大幅な遅れが生じていた。その為、戦争に実戦投入できる時期が大幅にずれ込むことが予想された。
「西か……ラスタクから先には幾つか町があったな。その先には関所もある。最悪そこで捕まえることができるな。」
「恐れながら陛下。件の勇者はその先に進んでおりませぬ。」
「何?では何処に?国内にいるのならさっさと捕まえよ!」
「いえ、それが”深き魔の森”へ踏み入ったようなのです。そこからフリューゲル王国の方へ抜けたと思われます。」
「何!フリューゲルだと!あそこは不味い。我が国が”勇者召喚”を行ったと知ればそれを理由に攻め込んでくるぞ!」
「陛下、幸いなことに脱走者はフリューゲルに到着していない様です。国境の関所にその動きは見られません。」
「ならばすぐに追いかけて捕まえるのだ!今ならまだ間に合うかもしれぬ!」
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そのワイバーンたちは朝から気が立っていた。それもそのはずである。絶対的な強者な気配がなくなったので巣に戻れば巣から自分たちの子供になるはずの卵がいくつか消えていたのである。
ワイバーンの知能が低いとはいえ、六以上の数を数えられないゴブリンとは違うのだ。
”我々の大事な卵をとった奴がいる!”
そのぐらいのことはすぐに理解できる。その上、強者の匂いに紛れて餌である人間の匂いもする。奴らは餌の分際で、我々の卵を盗むことがある。
”目には目を歯には歯を”卵を盗む奴には同じ報いを受けさせなければならない。
盗まれた卵は全部で五つ。しかし同じ数では我らの卵と等しくならない。
倍以上の人間も盗むべきだろう。
そう考えるワイバーンの鼻に忌々しい人間たちの匂いが漂ってきた。
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「そんなの無理よぉ!この森に入って生きているわけないじゃない!きっと死んでいるわよ!」
兵士たちの前をジャーマイ、ゲイル、ゾラの三人が歩かされていた。何日も体を洗っていないのかすえた臭いを漂わせている。
文句の言えるジャーマイはまだましな方でゲイルやゾラは疲れ切った顔をしていた。
「うるさい!さっさと歩け!入口に焚火の跡があったから森に入ったことは間違いないのだ!」
総司が森に入ってから半月以上過ぎている。その間に雨も降ったので足跡などは消えているが焚火の後はわずかながら残っていた。
ジャーマイたちは後ろから兵士たちに槍でつつかれながら前に進んで行く。
「隊長、下草が不自然に切られている場所があります。ゆうし……彼は間違いなくこの場所を通ったものと思われます。ただ、今のところ戦闘の跡はありません。ただ、“クリフ・ウォール”のワイバーンの様子が騒がしいようです。」
少し前方を偵察していた斥候の兵士が隊長に報告する。
「ワイバーンの?それはまずいな……しばらくこの辺りで待機するか。」
だが、一向にワイバーン達の騒ぎは収まりそうにない。このまま進んでも全滅は間違いないだろう。
「やむを得ん。撤収だ!」
隊長は危険を考え部隊を撤収さえる事にした。
「ふひひひひ、隊長さんこれで魔法の短剣の販売の件は不問ですよねぇ?」
ジャーマイは隊長に対して念を押すように確認する。
「ああ、魔法の短剣の販売の件は不問だ。」
「そう、よかったわぁ。これでまた商売に戻れるわぁ。」
ジャーマイは隊長の言葉を聞きホッと一安心する。しかし、隊長の目は笑ってはいなかった。
(確かに魔法の短剣の販売の件は不問だ。だが、他の事は不問になっていないのだよ。)
その何日か後、ジャーマイは薦を被って王都の道端に座っていた。
「くそう!何で王都なのよ!服も!持っているお金も全て没収するなんて!これじゃラスタクに帰れないじゃない!」
ラスタクまでの旅は一週間の旅であり、ジャーマイにとって遠い距離ではない。だが、遠い距離ではないと言っても盗賊が出ないわけではないのだ。
ジャーマイが騙した者の中には盗賊に身を落とした者もいる。万が一、その様な盗賊に出会った場合、ジャーマイは無事で済むとは到底考えられなかった。
盗賊を避けるためにラスタクまで馬車に載せてもらおうと考えていた。だが、ジャーマイはどの馬車も断られてしまった。当然である、薦を被った怪しい男を乗せる馬車は無いのだ。
そしてゲイルとゾラの二人は農奴として貧しい山間部の開拓地へ連れて行かれた。これは鉱山とどちらを選ぶかの二択だった。
(今に見てなさい!絶対にラスタクに戻ってやるんだから!そうすれば何とでもなるわ!)
だがジャーマイはラクタクの店は国家に没収されている事も、残った屋敷や中の美術品が従業員たちに持ち出されて何もなくなっている事も知る由はなかった。
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